/紫陽花が咲き乱れている
そのなかでわたしは
喜田次という男とかさなって
白痴の赤ん坊を妊娠した
/月光にひたされ
みずみずしい夜だった
/十三分おくれている喜田次の時計
あいさつも情報も子守唄も
喜田次の耳にとどくのは十三分後、
十三分後のあたりでわたしは
あなたを待ち伏せしてる
/湾曲した喜田次の背中を
突き破ればあふれだす
淀みながらかがやく喜田次の内界
そこにはり巡らされた
とうめいな器官と器官に
ナイフをつき刺し
ばらばらにして
てきとうな大きさになった
あなたを毎夜、消費します
/分娩室で
裏か表か、助産師にとわれ
どちらでもない、と答えた
わたしと赤ん坊の関係はえいえんに
どちらでもないまま終焉をむかえる
誰のせいでもなく
赤ん坊が咲き乱れるみたいに
/揺れないゆりかご
赤ん坊が泣く
わたしのたましいは
喜田次の内界、を
彷徨していて、ね
すべて遠くのできごとのよう
だから、
/わたしの腕に絡みつく
ちいさな白い十本の指ゆび
それらが乳や唄を求めても
わたしのたましいは拒絶する
眠ってください
/いつかむかえるその日まで
たなびく霞の
やわらかな秩序に
包まれていたくて
/赤ん坊の鼻と口をふさいで
呼吸を止めた、
赤くなったり
青くなったり
酸性、アルカリ性
そして酸性度によって
いろとりどりになった
皮膚と皮膚と瞳が
わたしを告発する
/真夜中に浮かぶ六角形
そいつが欲しくて
はだしのまま
紫陽花畑のなかを駆けぬける
つややかな大地だ
母親たちの産声が
紺青のかぜとなって
子守唄をうたう
/さようなら/はじめまして
/わたしを受容した宇宙よ
選出作品
作品 - 20130406_955_6800p
- [佳] 赤ん坊の咲き乱れ - 深街ゆか (2013-04)
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赤ん坊の咲き乱れ
深街ゆか