彼女は石膏で、ものを置く台座を作るのだ
バナナだとか、オレンジ、ブドウ
静物画の題材となるような果物を置きたい、と言う
四肢のないトルソを更に切り詰めた、女性の下腹部だけの形
そんな格好をした台になるの、と
秘密だけれど
部屋の椅子に裸で座って
自分の性器をじっくり見たのね、鏡も使ったのよ
指で
開いたりつまんだり、色々とやってみて
一番ぐあいの良いところを作ってみることにしました
おへそのだいぶ下、腰椎の終わる辺り、そこから体が器になって
皿状の浅い凹面にものを載せるの
色々載せて試してみたいな
尿道口か、膣口から
香油のようなものが滲み出る仕掛けができれば
面白いけれど
そこまでやったら、さすがにあざといかな
要は体から分泌するものと
載せてあるもの、果物などの匂いが入り混じった幻臭を
みんなに感じさせられたら、それでいいんです
アトリエの窓に引かれた白いカーテンから
春の午後の光が溢れている
彼女は椅子から立ち上がって
僕の周囲を歩き回って見せた
私とモノが繋がっていることが大切
石膏の台座を誰かが見ている間も
こうして動いている私の性器は
ちょっとずつ形や湿り具合を変えながら
日常の流れの中で老いていく
変わらない石膏を通して
変わる私のことを、みんなが見ているのね
それ、
どう思いますか
そんなふうに聞かれて目を覗きこまれた
もちろん僕は困ってしまう
僕は椅子に掛けたままだから
正面に立ち止まった彼女の
腰の辺りが、丁度
目の高さになっている
現実の肉体は襞の深いスカートと
その下に重ねたロングパンツに隠れているが
ペニスの勃起を、どうしても
僕は止められない
ただし
もうすぐ二十五歳になって
何人かの男性経験を持つのに
男たちは誰一人、彼女の体にその痕跡を残さない
透明な影だけが、通り過ぎてはただ消えてゆく
その体
僕と彼女が肉体関係を結ぶことは
一〇〇パーセントあり得ない
彼女は僕を愛の対象として見ていないし
僕も、そこをどうかしようとは思わないからだ
なんと優雅な
孤独とは本来こんなふうに
優雅なものなんだ
ルソーのジャングルへ行きたいな
赤っぽい熱をはらんだジャングル
果物や動物たちがみっしり詰め込まれた土地
その中を私、ひとり川船に乗って流れるの
私の子宮はからっぽで
月に一度の血を落とすだけですけど
バナナやオレンジやブドウや
この世のものならぬ果実の甘さが
快感となって渦巻いています
気持ちよさに絶息して漏らしたおしっこが
たらたらと床を流れるような川
目をつむって横たわったまま
快楽の川をボートで下ると
岸辺では
黄金の猿が鳴くんですね
僕は立ち上がって
アトリエの窓辺に立った
カーテンを少し引いてみると
暮れかかった陽射しに
数本のサクラの木が枝を広げ
まだ固い蕾を光らせているのが見えた
庭の向こうにコンクリートの塀があり
その向こうは崖になっていて
遠い海の方角へ
この街の家並みが延々と続いている
僕の後ろには
作業台に乗った粘土像があり
陰唇の半ば開いた女性器が形になりつつある
その脇に彼女が立ち止まっているのがわかる
アップした髪のあたり
彼女の首筋の細い後れ毛は
今金色に輝いているのだろう
僕はそのまま目を閉じてみた
もう一度言うと
孤独とは
こんな優雅なものなのだ
僕にも
彼女にも
選出作品
作品 - 20130309_508_6757p
- [優] 静物の台座 - 右肩 (2013-03)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
静物の台座
右肩