選出作品

作品 - 20130211_485_6689p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


LED(或いは「雪の砂漠」)

  右肩

 一人で車に乗ってショッピングセンターにやってきた僕。その僕と、僕に直接の関係を持たないが、僕とよく似た環境を共有すると思われる人々。ここにいる個々人を一括する、浅いが広範な関係性。
浅き心を我が思はなくに、と。
時間に映り込んだ影。それを覗くために、僕はここに立っている。
 僕は騒がしさを抱えていた。
僕は一人で歩き、立ち止まり、何も言葉を発していなかった。
しかし、センターの流す音楽や呼び込みの声、家族連れや友人、恋人同士の会話に紛れて、マクロな視点から見れば、確かに騒がしい群衆の一部をかたち作っていた。僕は僕自身の意識に関わりなく、非常に騒がしい僕だった。
 僕は切れてしまったベッドサイドの読書灯の電球を探そうとして、
(電球はないか、電球はどこだ)
と頭の中で喚き続けているのだから、自らそう規定してみせることに抵抗はない。
電球はこの広大な売り場の何処かに特定の位置を持ち、流通の関係性の波に乗って時間の海を遊弋している。つまり、空間的には安定しているが、時間的には不安定であることになる。今はどうしようもなくそこにあるものが、いつかどうしようもなく移され、売られ、捨てられる。
美しい。
「何だ、俺のことか、それは」
と僕の傍らを通り過ぎながら、数人の若い男たちの中の一人が言う。僕は動揺しない。それが僕とは関係のない、彼らの仲間うちの会話の断片であるとわかっているからだ。男はフリースの上から赤黒いダウンジャケットを羽織っていた。スニーカーの足元にソックスが覗くほど、丈の短いパンツ。
どこか非常に近いところで、固いものを噛み砕く音がする。フードコーナーから油の臭いがしてくる。昨日の淵ぞ今日は瀬になる。
飛鳥川。
ここからもう少し遠いところに、川が流れている。
 南の突き当たりは、嵌め殺しのガラス壁。僕がその前に立つと、僕の傍らの床に、一本の長い影が伸びている。それが周到に用意され、この世に送り込まれた奇跡の一つであること、そのことが段々とわかってきていた。
そういうふうに作られているからだ。
携帯電話のキャリアチェンジや、海外旅行の申し込みに来た人々が、一瞬その影に貫かれ、もちろん表情に何の変化もないまま僕の傍らを歩き過ぎて行く。奇跡とはそういうものだ。みんなもとへは戻れない。
それは木の十字架の影ではない。
銀色に塗られた金属製のポールの影であった。センターの前庭に立てられ、剥き出しのスチールワイヤーが二本、上下して張り渡されている。雪はそのワイヤーとワイヤーの間で降っている。それはここでこの時に降る雪ではないので、目を凝らしても見えてこない。「ワイヤーとワイヤーの間」、そんなものはどこにもないと言った方がむしろ正しい。
 だが、僕は逃れようもなく「ワイヤーとワイヤーの間」にいて、息もつけないほどの激しい吹雪に巻かれている。吹雪で遮られた視界に唯一、LED電球が煌々と光を放ち僕を導くのだ。僕は取りあえずここを離れ、電球を買いに中央エスカレーターを昇ればいい。(これでいいのだ。)
暗きより暗き道にぞ入りぬべき。

 だから、遙かに照らせ。