選出作品

作品 - 20121001_641_6386p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


だいだらさんの沼

  深街ゆか



市営団地
5棟402号室

テーブルの真ん中の野菜炒めを盛った皿をかこむように、弟は茶碗と箸を並べた 、青い箸は父さん、黄色い箸は弟ので、赤い箸はわたしの箸、茶碗も箸も全部プラスチックでできてるから、どれもこれも簡単にぶっ壊せそう。はめごろし窓のすき間から、大きな目玉が覗きこんでいて、すぐにダイダラボッチだとわかった。晩ごはんをたべながら「最近あれをよく見かけるよ」と言うと「この辺りは昔大きな沼地だったからね」と父さん。それっきり会話は途切れてしまった。ねぇ父さん、隣の家から漏れてくる野球中継のほうが賑やかだね。
湯船の中でわたしの体が揺れている、白く、ふやけてゆく、輪郭を失ってゆく、柔らかく張りの無くなった皮膚に、ドジョウが穴を開け入り込んでゆく、17才少女、浴槽で謎の死、体には無数の穴、ふやけた妄想が頭から離れない、とくに、夜は



3棟204号室

もうすぐゆう太が、黒いランドセルを背負って、階段を一段一段登って帰ってくる。ねえ、ゆう太はどうして、ランドセルに石ころを詰めこんでいるの?教科書はどうしたの?筆箱は?ゆう太はうつ向いたまま、体をふらつかせている、窓の外をダイダラボッチが通りすぎた、湿った空気が髪に絡みついて鬱陶しい、きっと今夜は雨だ。
おかあさん、おかあさんがぼくを寝かしつけて、部屋をでていったあと、部屋は、まっ暗で音もなんにもない宇宙になるんだよ、ランドセルの中の石ころは、星くず、部屋の中をとびまわる星くずに、頭をぶつけてしまわないか、ぼくがこわがっているのを、窓から大きな目ん玉が見てるんだ、あれはきっとダイダラボッチだよ、むかし、この辺りは大きな沼地だったんでしょう?
私は黙ってゆう太を抱きしめた、難しい年頃なのだ、ゆう太の黒いランドセル、いじめで自殺をした子どものニュースが胸をよぎった。
おかあさん、おかあさんがぼくを生んでから、ぼくはずっと宇宙でひとりぼっちだよ



6棟103号室

観葉植物にベランダを占領されてしまってからは、洗濯物は部屋で干すようになりました。観葉植物の手入れをしているときには、よくだいだらさんに会いました。
私は3日前に死んでしまいましたが、今日もカルチャー教室へ行って、木炭でリンゴを描いてきたんですよ。カルチャー教室の帰りにはいつもこうやって町を見渡せる丘に登って、わたしが住んでいた団地や、誰かさんたちが住んでいる家の屋根を、眺めてから帰るんです。屋根が、ずらりと並んでいる様子は、見ていて、とっても愉快な気持ちになります。だいだらさん、あなたの姿もここから見えますよ、あなたはどうしていつまでもそこに留まっているんです?そこにあなたの沼は、もう無いんですよ。
だいだらさん、だいだらさん、あなたもこっちへいらっしゃいな