灰色の岸辺にトキが/折れた首を砂浜に横たえて、尻を/突き出してるから俺は、ジーンズのチャックおろして陰茎をしごいた/突き入れてやるんだ、今から/カタくてぶっといのを、一発/「いっ、ぱつ」。そう呟いて目が覚めた。6月の湿気と寝汗が入り雑じった臭いがパンツ一丁の俺の身体を横たえている水色のシーツの黄ばみの象徴みたいにたちのぼってる。心なしか、部屋んなか全体が靄ってる。最近、高いLEDのやつに替えた蛍光灯が天使の輪っかみたいに柔和に靄ってる。俺は夢の中の出来事を思い出して身震いしてる。鳥に欲情した己が情欲に戦慄してる。でも許されてる気がしてる。天使みたいに優しいLEDの蛍光。あの黒ずんだ鶏頭、後頭、と前頭があべこべに捻れ転倒した顔面の、朱色、全部。全部、漂白してくれる。その蛍光剤で、清潔に。黄ばんでないから安心。
安心。それはティッシュの白にも、ある。スコッティの柔らかいやつを二、三枚、敷き布団の脇に抜いて撒いて、健全で健康な女の子の出てくるエロ漫画一冊(ただし、女の子は褐色肌オンリー)を枕元から引っ張り出してオカズにしてオナニーする。この漫画に出てくるエジプト娘が好きなんだ。額にトキの頭を模した飾りをつけているけど美少女でしかも褐色だから安心して使える緩衝材なんだ。トキ×トキ=非存在なんだ。あとには安全に漂白された褐色の少女しか残らないから安心して俺は陰茎をしごく。しごく。しごく。仮性包茎の皮が擦り切れるほど。しごく。「トッキーって草食系だよねー」知らねーよアバズレ!
萎えた/俺の茎(ステム)が/ならば、俺は植物を食む植物/草食系植物なのだ
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俺はいる/神田の、こんな、真っ昼間のカフェーに/パラソル付きの屋外席に/チェス盤みたいな模様の/実際、チェス盤を一回り大きくしたくらいこじんまりしたテーブルの前に縮こまりながら/向かいの、作業着のおっさんが右手に掲げたケータイの液晶画面を前にじっとしてる/背中を、俺は見てる/なにか、不穏な手つきで親指が滑った気がする/ノリタケの、よくある映し絵の、ロイヤルクラウンのカップから/ジャスミンの香りが、薄曇りの/風の強いレンガ通りまで乗って漂う
おっさんの、取っ手に、触れた指が/カップをひっくり返し、/損ねる、そこには通りすがりの/空気のようなジャグラーが、得意気に笑っている/安心、チェス盤模様のテーブルにはいつものように、ロイヤルクラウンが/中身のジャスミンティーだけは零れてしまったけど、お見事!
途端に、店内席や、レンガ通りの通行人やがぽつぽつと、注目して、二、三人がぱちぱちと拍手した/が、当の向かいのおっさんは、ますます、背中を硬く猫背にする/ケータイを持った手を、地面に擦れそうなほど垂らして
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都内の某交差点に遂に発生する蜃気楼/路上で、ダチョウと柴犬三匹が対峙する幻影を前に、みんな、臨戦態勢/いったい、どっちが勝つんだろう/TKのダブルジップ・パーカーに、Levisのカーキ色のカーゴパンツ、黒地に白い王冠が、ほの赤い縁取りであしらわれたオリジナルブランドのTシャツ、極めつけのブーツはDr.Martin、絶対イケてる/青信号と共に×を描く人の群れ。そして視線の群れ。どいつもこいつも勝負は一瞬、目をそらすかドヤ顔して鼻膨らますかだ。オーケー、今日の俺はダチョウだ。地べた這ってな柴犬ども。
雨が降ってくる。胸のどっかに搭載されてる針がきゅるるる! と鳴いて大きく振れる/たまらねえ、このヒリつき。/非安全だから非安心地帯だけど、それが不快とは限らない。/さあ、路地裏に行こう、ヤツが待ってる
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「トキ、挿れるよ」/「馬鹿だなあ、トキは絶滅したんだよ、ホモ野郎が」
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意識を取り戻したのは病院のベッドの中だった。ごわごわして戸惑う清潔なベッドに白いシーツ、白い掛け布団、鼻をつく、埃と消毒薬を混ぜたような臭いの一切が不穏で、不自然で、しかし逆説的に安全で、結果的に安心なのだ。
「なんで俺、あんなこと」/声は、喉からは出ない。やすしに、凄い力で締め上げられたから。
あの時、都内のプレイルームで俺はいつものように素っ裸に目隠しをして、両手両足を柱に括って縛り上げて、口には猿轡のかわりに乾燥させた弟切草の茎をくわえて、まるで植物みたいだった。やすしも、俺の肋骨が浮くような痩せぎすとは対称的な筋肉質のガチムチボディをボンテージファッションで包んでいただろうし、鞭がわりにしている、弟切草のドライフラワーを束にして握ってもいたはずだ。事実、俺の太もも、脇腹、胸元、右の頬はそれに打たれたときの感触と痺れと、勃起するほどの熱さを覚えてる。 身を捻るほど四肢に食い込んでゆく縄の感触も、血が滞る末端のさざ波も、氷の粒みたいにきらきらしてくすぐったかった。「それが、どうして、あんなこと」
その日、俺はアナルに人参を挿れられることになってたんだ。それ自体は嫌じゃなかった。「トッキーって草食系だよねー」黙れよビッチ。いや、その通りだよ。俺は尻の穴から人参を食べるのが好きなんだ。草食系植物なんだ。「挿れるよ、トキ」やすしが耳元で、ねっとりした舌遣いで言う。目隠しを、しなければよかった。脳裏にフラッシュバックする昨夜の砂浜/尻を突きだして、折れ曲がった首をこちらに向けて、傍らに/チェス盤のテーブルが、パラソルもなく、雨ざらしのまんま置かれてる/ジャスミンティーの空っぽになったロイヤルクラウンのカップが静物のように置かれて、雨水に充たされてゆく/砂浜に横たわる、首の折れた作業着のおっさんの右手には、ケータイが握りしめられていて、まだLEDの液晶を天使のように光らせている/黒いさざ波を背に、あの、印象に残らないジャグラーが、のっぺらぼうの顔に口を“ひ”の字に赤く裂いて、トキの死体を持ち上げて、空高く放り投げる。“く”の字になって舞い上がり、“へ”の字になって落ちてくる。それをジャグラーが右手から左手に回して回す。気づけばおっさんの死体も一緒に回って、だんだん、両方が混じって、地面に落ちると、ダチョウの死体だったんだ。ドヤ顔のジャグラー/空から降る「トッキーって草食系だよねー」
「うるせーな」俺は笑ってた。「トキは絶滅したんだよ。もういないんだよ。馬鹿か、このホモ野郎が」/「トキ、どうしたん? なんか、嫌なことあったん?」/「キャラ崩してんじゃねーぞヘタレデブが。テメーの肛門にドライバー刺して血が出るまで掻き回してやろうか? 一生オムツ履いてろよ糞ニートが!」/「お前っざけんなや!」/首をギリギリ締め上げる、やすしの太い指の感触と、脂まみれの歯列から漏れる鎌鼬のような吐息の殺意に背筋がぞくぞくして、暗闇に、きんいろの優しい星たちが/天使のように、灯って、「先生ー、目が覚めたようですー」
あれから色んなごたごたがあって、とても面倒で、正直、あんまり覚えてないんだ。ただ、病院の白い天井についた、よくわかんない赤黒いシミが、トキの顔みたいで、泣いたのを覚えてる。
選出作品
作品 - 20120622_407_6167p
- [佳] 雑記 - NORANEKO (2012-06)
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雑記
NORANEKO