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作品 - 20120430_529_6060p

  • [優]  風習 - 泉ムジ  (2012-04)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


風習

  泉ムジ

 漂う部屋
 底に 横たわり
 行き着く先から曳かれ
 つめたい母の
 息が 透きとおるようになる

 瞼のそとは かぞえ尽くせない
 岸は火事
 カーテンを閉じても
 まだ 結露に濡れた窓の向こうで
 燃える

 +

 幾重にも
 折られ
 重なったしわをさすり
 丹念に おし開く
 若返らせようとして
 いるのか
 不明のまま 手はやめず
 一心にまじない
 めくれば不意に裂傷があり
 とび出した 舌が
 極楽、と
 よだれを吐く
 すでに
 母の目に 満月は移っている

 決められたとおり
 底をなくした舟の
 はらを蹴って 泳ぎ出した
 する筈がない声がしても
 聞き返さなかった

 +

 あけ方 庭へ
 灰ではなく 雪が
 ずっとふり続いている
 ぬれた裸足で 何を書いても
 自分では感じない熱が
 かたちを溶かして
 溺れてしまう
 としても
 ふたたび積もった位置へと
 つま先をのばす
 先から
 泥が垂れる

 +

 母と また亡父と
 血の繋がるものたちが
 寄せあう身を かざす火に
 細い白髪のひと房を
 放る
 かすかな音で
 水気が煙るなかから
 枝わかれを継いで 天に
 上ってゆく無数の腕
 仰いだまま
 遠くなる
 もう声がとどかないところ
 と、誰かがいう
 背中に
 かたい地面がぶつかり
 思わず 瞼を閉じると
 よく知った
 懐かしいものばかりが見えて
 このまま 開けかたを
 忘れてしまいそうだ

文学極道

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