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作品 - 20120420_275_6040p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


海(うみ)に至る

  泉ムジ

(女のにおいがする指を口にふくむ
 おぼつかないまま
 手繰りながら書きはじめる)
言葉は目印だ。名前も、墓も。灰に寝かせた線香の煙り。同じ姓が並ぶ小さな墓地にある祖父の兄の特異な名前。
ペットボトルの風車(かざぐるま)が潮風にからから鳴った。
ここでは、
耕人を失った畑(はた)に墓を植えていくのだ。
年の瀬の
昼に
ひとはなく、
(牛の糞と灰のにおい)
農道から林に逸れる。

(ベッドの中で女がこちらを向いた
 顔が触れ合うと気持ちよかった
 性交の間ずっときもちいいきもちいいと
 女は言った私は無言で動いたり止まったりして
 腹の上に射精した)
深く根を張ったまま
樹(き)は折れ、
先は
あやふやに土へかえり、
裂け目は
かわいた黒の空洞で、
何も見えなかった。
(蛇は冬眠しているだろう)
宙吊りの手の先でやみくもに掻きまわしても何も見えなかった。

(女の部屋でシャワーを浴びた
 ときの石鹸のにおいかもしれない)
農道から続く排水溝を飛びおりる。
砂浜は靴が埋もれるほどの骨片(こっぺん)のようだ。貝殻と穴だらけの軽石(かるいし)。色褪せた白が波に押し寄せられ
累積して。
私が子供のころ、
潮溜(しおだま)りから拾ったウニをかち割って食った。
とろけた精巣卵巣は
すすると舌で
海の味がした。
温(ぬく)められ冷やされ、
絶え間なく掻きまぜられた
海の。

(ふたたび口にふくむ
 指は女のにおいと煙草のにおいがまざる
 わかれるときいつも忘れた何か
 かけるべき言葉があった
 が手遅れだ)
小枝と新聞紙の燃え滓(かす)を蹴る。
ラベルが読めない
壜(びん)と、錆と日焼けで茶白まだらの缶は
どこから流れ着いたか?
ふりかえると遠く沖合に漁船が止まっている。祖父ではない。こちらは見えないだろう。
祖先たちへ
緩慢(かんまん)にのばした手を振る。
(宙吊りで
 私が揺れている)

ぷつり、
切れて落ちた。
(あなたとの結婚は考えたことがない
 と女が言った
 ときに
 例えば
 殺してしまうべきだったのではないか?)
煙草を
ひと月吸ってない
代わりに、
おまえたちの高い鼻を
噛みちぎる
ゆるしを得た、
気が遠くなるほどの孤独
で狂った
地軸に。
おい。
覚悟は良いか?

文学極道

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