8.死んでいる男
野づらの一本道を歩いている
雲は低く、雨は
降るとみえて降らない
行く手の道のわき
枯れた草地になにか横たわっている
近づくにつれ
男が仰向けに倒れているのだとわかる
寝ているのかとおもいつつ
見下ろす
素足の片足を溝の水に浸けている
顔から首にかけて
皮膚は艶を失い土気色
反応など期待したわけではないが
頬骨のあたりを靴先で小突いてみる
首は揺れない、固まっている
「死んでいる」 と
私ではなく、男がいう
シャツがはだけ、凹んだ腹が晒されている
草と地を圧している相応の重量、死んだ肉体
顔を見る
赤黒い口腔、乾いた目玉、濁った瞳孔
まじまじ見詰める
死が関係を単純にする
ヒクヒクと笑いがこみ上げてくる
なにが可笑しいのか
笑いながら自分を怪しむ
十五秒ほどつづいたとおもう
あまりに広い空と地の狭間では
笑いは孤独にすぎ、すぐ醒める
耳朶に風が絡んでいるのがかすかにわかる
ひとしきり雲の動きを眺める
「はやく行け」 と
男がいう
「ひとり死んでいたい」 と
男がいう
踵をかえし、先をいそぐ
雨の最初の一粒が
私の額にあたる
最初の一粒は彼にもある
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選出作品
作品 - 20120402_660_5982p
- [優] 道のはた拾遺 8. - 鈴屋 (2012-04)
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道のはた拾遺 8.
鈴屋