選出作品

作品 - 20120302_749_5911p

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りんく

  便所虫

ルームメイトが暮らしを物理的に把握するため/分割された区画ごとにめじるしのパーテーションを立てている/
パーテーションを折り畳む力を/有する者と有しない者との間に/やがて主従関係が生まれた/

 コスモは日夜、お気に入りのパッケージにブラシ掛けをしながら、サポートセンタに問い合わせている。人家にイエネコという小宇宙を実現するため、コスモは日夜、サポートセンタの小菅と連携を取り合っていた。
 小菅による『2/3の純情な快眠計画』は着々と進んでいた。それは、一日の三分の二を、真っさらな心で寝るための計画である。ちなみに“人家にイエネコ”は、“レンジでチン”と同じ処理であり、小菅はすべての案件をチンと呼んでいた。
「もしもし」
 コスモのルームメイトのヌシには、パーテーションを頻繁に開閉する癖があった。そのため、マーキングという暗号技術が採用された201号室には、あるコスモら側の取り決めがあった。印の付いたパーテーションが無断で開かれるたび、コスモが専用線を介して小菅に中継依頼を送信するというものだ。
「はい、どうぞ」
 パーテーションの向こうには、直近数時間ノーマークのかたまりがランダムに散らばっているので、コスモはそこから拾い上げたものを一つ一つ、はてなボックスに格納していかねばならない。それぞれ、[壁],[ベッド],[冷蔵庫]と名を割り当てていく。昼寝プログラムが組まれるのは瞬時だ。ウォークインクローゼットをパトロールしながら、コスモは小菅の応答を待つ。

 パッケージに覆われたMPUは、『マイマイ』の製品である。マイマイ製品は一様に、スプリング機能を内蔵している。メーカ円柱ビル内部は、フロア中央のエレベータを各部屋がぐるりと取り巻く渦巻き構造になっており、社名『マイマイ』は、このビル断面図がちょうど巻き貝そっくりであったことにちなんで命名された。
「実行します」
 のびやかな尻尾が正午を跳ねるとき、コスモは一本の円柱となる。まあるい寝息が、ぽちりぽちりと、シャボンのソファーを浮き沈みしている。長い尻尾の先にはわずかに胴があり、その様子は、垂直上方から見下ろすと“はてなマーク”のようにも見える。
 製品は巻き貝の記憶をたどり、しずかに計算している。しあわせの匂い、孤独のぬるみ、ヌシの弾力、皿の水より庭の水たまりの水がおいしいこと。手のひらをむすんでひらいて、小菅のチンを[愛]に格納する。そして、今日もマイマイ方式で回る。ヌシののりしろのような、もっとも安定した曲線に近づくため。

「おかえり」