すでに
イヌもサルもキジも消されてしまったにちがいない、とおれは思っていた
鬼ヶ島を襲撃し宝物を強奪したおれたちには
昔話のようにシアワセな勝ち逃げは準備されていなかった
鬼たちの追跡は執拗で報復には容赦がなかった
三匹がさらわれた後、おれのもとに箱がみっつ届いた
箱の中にはそれぞれの身体の一部が入っていた
イヌは歯を、サルは指を、キジは眼を奪われた
三匹はとっくに殺されてるんだから、と、じいさんとばあさんはおれに懇願した、
宝物を持って逃げよう、しかし、
おれは宝物を鬼たちに返そうと思った
返せば、まだ、助かるかもしれない、おれは死にたくなかった
後頭部につよい衝撃を受けておれは昏倒し、目を覚ましたとき、
家の中にはじいさんとばあさんの姿はなく、宝物も消えていた
夜明け前におれは
顔を火で炙って家を後にした
以来、おれには顔がない
おれの顔は家に置き去りにされている
いま考えてみれば、三匹の肉片を箱につめて送りつけてきた鬼たちが
あの家を見張っていないわけはなかった
じいさんとばあさんだけであの莫大な宝物をこっそり持ち出すことなどできただろうか
そもそも、箱の中の肉片は三匹のものだったのか? 犬と猿と雉など、
他にいくらでもいる、おれは三匹と他の動物を見分けられただろうか
鬼なんて、ホントは、いたのかい?
なんだか、ばかばかしい話ですね
都の遊郭で下男をしていたおれの前に元三匹が現れたとき、三匹は三匹ではなく、
獲物の喉元に食らいつく歯と風となって樹々を渡る手足の指と蒼穹から地上を走査する眼
をなくした三匹は代わりに
よく利く鼻、ひょうきんな面、通りやすい声を持ち寄ってひとりになったと言った
じっさい、こちらの方が商売向きです、きびだんごの製造販売で業績はあがってます
おれはうなずいた
そんな昔のことより、こんど、桃の缶詰を売り出すんですが、その
イメージキャラクターにあなたを起用したい、あなたがCMに出るんです
おれはうなずいた
引き攣れた顔の皮膚はおれに表情をつくらせず、おれは
表せない感情を覚えるのが億劫になっていた
皮膚移植で顔を戻し、おれは自分の顔をずいぶんひさしぶりに鏡で見た
他人には自分の顔はこんなふうに見えていたのかと思った
五月人形のような衣装を着て片手に桃の缶詰を持ったおれは
カメラの前に立って台本どおりにせりふを言う 足元の
犬と猿と雉の置物がにやにや笑っている
カーット! 監督がメガホンを振り回す
あんた、本物のあの人なの? 元スターが大事故から奇跡の復活
ってドキュメンタリーともカップリングしてるんだから、ちゃんとヤレよ
ほらあ、こんなふうにさ、監督はおおげさに身振り手振りする
じいさんとばあさんをどうにかして宝物を独り占めにしたんじゃないかって
疑惑、ありますけど、これね、週刊誌がね、ほらほら
監督の振り回すメガホンはいつのまにか金棒に変わっていた
視線を巡らせるとカメラマンもタイムキーパーも鬼だった
宝物はどこに行ったの?
回せ、本番!
桃から生まれた、アッ、もーもーたーろーぅ、ちょん!
ト、
ta、
ha、いよ〜う
スタジオの半分を仕切っていた暗幕が勢いよく左右に引かれ
その向こうには鬼ヶ島のセットが組まれていた
ももたろう、みぃーつけた
鬼たちが張りぼての岩場の陰からぞろぞろと姿を見せる
おれは言った
てめぇら、もういっぺん痛ぇ目にあいてぇようだな?
桃缶を投げ捨て、腰の刀を抜く
ばかやろう、しつこいんだよ
おれは作り物の鬼ヶ島に突撃する
元三匹はスタジオの片隅に置かれた椅子に座り
キセルをふかす
あららー、自分らしさにこだわれるなんて
なんとも楽しげでいいですね
スタジオは血の海だった
床の上に落ちた笑顔を踏むとずるりと滑った
選出作品
作品 - 20110604_540_5269p
- [優] 木曜日 - ゼッケン (2011-06)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
木曜日
ゼッケン