選出作品

作品 - 20101011_722_4754p

  • [佳]  正午 - リンネ  (2010-10)

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正午

  リンネ

 そこには、証明写真の撮影機が立っていた。ボックス型のよく見かける何の変哲もないものだ。奇妙なのは、それが設置されている場所である。なぜ公園の真ん中に置いてあるのか。

 私は昼食にいつもここを利用している。だいぶ早めに来ているので、自分の他にはまだ誰もいない。公園には一面、白い砂が敷かれていて、そのせいで日の光が強烈に反射している。だからだろうか、ここにいると、妙な陶酔感を味わう。きっと、足元から照らされて、その浮力をなんとなく感じ取っているからだろう。ただ、理由などたいした問題ではない、ともかく、それは心地よいのだ。
 その撮影機は円形の公園の、ちょうど中央に設置されていた。明らかに周囲の景色から浮いていて、見ているとなんだか居心地が悪い。なるべく気にしないようにしながら、隅にあるベンチに座ってそそくさと昼食をとり始めた。

 いつからか、思い出せないが、私は夢を見ている。窓のない窮屈な廊下。その先は暗闇に消えている。歩き続けていると、向こうからろうそくの炎が近づく。危なげで、消えてしまいそうな明かり。人だ。宙吊りになっている。ろうそくはその人に握られている。私に気がつくと、わざとらしくほほえんだ。だから私も笑おうとする。が、顔が引きつって、できない、その人は左右に揺れはじめる、ろうそくの明かりが半円を描く、私もゆらゆらと、静かに動き始める。
 さかさまの人と踊るのは初めてだ。お互い上下があべこべで、思うようにいかない。強引に相手を引っ張りまわす。すると顔が擦れ合い、とたん、いきおいよく炎が爆ぜた。まるでマッチだ、燃えながら、左右に揺れあう、そしてさかさまの愛撫。
 いきなり、私は落下した。いや、そうではなくて、相手が浮き上がっていく、気づけば天井が消えている、みるみるうちに遠のきながら、その人が何かを叫ぶ、それはほとんど聞こえない、オモイダシテ、と言ったような気がした、だが、私にはどうしようもなかった。

 はっと目を開くと、視界に光が溢れる。突き刺さるような目まいがし、視神経が耐え切れずスパークした、次の瞬間、私は、一枚の証明写真の中にいた。

 向こうに、ベンチが見える。男が力なくうつむいているが、眠っているのかもしれない。私は写真取り出し口の中で、これからのことを考えた。まさか、このまま写真の中にいるわけにもいかないのだ。しかし、どうやら写真には出口もなさそうだし、現状なす術なしというところである。そしてなぜか、頼れるのはあの男ぐらいしかいない、ということが分かっていた。幸い、かれは私に気がついたようだ。弁当を持ちながら、じっとこちらのほうを見つめている。おかしな話だが、かれとここで待ち合わせをしていたような気もする。  
 だが、一方でやはり私は不安である。どうしてもオモイダセないのだ、夢の中で踊った相手は「他人」だったか、それとも「私」だったか、もしそれが他人ならば、私はこう結論する、ベンチにいるあの男こそが現実の私であり、ここにいる私は単なる証明写真に過ぎないと、しかし、もしも踊った相手が私自身だったならば―――さかさまだったのは、どちらの私だろうか?

 私は、その薄っぺらな証明写真を手に取り、覗き込んだ。やにわに写真はするりと手から滑り出し、地面に落ちる間際、吹き消されたように無くなってしまった、思わず落ちたはずの場所を触ってみたが、砂が眩しくて、よく見えない、公園には一面、白い砂が敷かれていて、そのせいで日の光が強烈に反射している、ここにいると、妙な陶酔感を味わう、きっと、足元から照らされて、その浮力をなんとなく感じ取っているからだろう、……まだ、夢は続いているのだろうか。
 正午を過ぎ、公園には、ぞくぞくと人が集まってくる。
 私は気づかれないようにそっと、カーテンをあけ、撮影機の中に入った。