選出作品

作品 - 20100803_443_4594p

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動物園にて

  yuko

それにしてもここは人が多すぎるかとおもうの、なんていいながらきみは象のおしりを眺めている。日曜日の昼下がり。やわらかい干し草が消えるだけあくびをして、スニーカーのかかとがきれいなきみは、まるで今ここで生まれたみたいに見えるよ。九月の動物園はまだむっと夏のにおいがして、順路を示すたて看板は現在地が剥げていた。揺れるしっぽの先は、たぶん懐かしい匂いがする。気難し屋の女の子、ねえきみがいつだって少しばかり足りない。

夜の果てるところに向かって旅立って行った友達が
知らない人に混じって僕の肩をたたく
こうやって生きてるのもそんなに悪くないよって
どこかで聞いたようなことをいって笑う

はじめてきみと動物園に来たけれど、好きな動物しか見ないなんてことは今までまるで知らなかった。「世界の猿たち」も、「鳥の楽園」もきみは横目に見ただけで、立ち止まるひとたちを尻目に、僕の手を掴んでぐいぐいと歩いていく。ペンギンのケージの前で、ようやく足を止めると、あの皇帝ペンギン卵を抱えてるよ、と歓声を上げた。どうして彼らは飛び降りるのを躊躇するんだろうと、ぼくは思ったけれど、考えてみればぼくたちも、そんなに変わりはなかった。彼らは水槽のなかで自由だ。

少しずつ骨がずれていく感じがするんだって
周りのひとたちがみんな同じ顔に見えて
交差点で信号が明滅すると死にたくなるんだって
そういえば煙草を吸っていない友達を見たことがなかった

順路に沿って坂を下りていくと、そこは開けた平原で、いくつかの動物たちが優雅に木陰で休んでいる。ここにいる全部の動物の名前を、僕はたぶん言えない。焼けたアスファルトの上を、ベビーカーが転げるように走っていく。その後を慌てて追いかける女は、たぶん彼女の母で(ベビーカーはピンクだった)、アイスクリームを持って呆然と眺めているのが、ぼくだ。きみはただキリンの首筋を眺めている。人間の首骨の数と、キリンの首骨の数は一緒だって、ねえきみ知ってた?双眼鏡で見たいの、ときみは一言呟いて、財布の中のコインを探す。

動物園に行こうときみが言って
その足でぼくたちはここへ来た
靴ずれしたかかとを持て余して
それでもどこへでも行けそうな気がする