選出作品

作品 - 20100705_832_4520p

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a piece of

  yuko

雨の廊下/
翻ったスカートの端が、窓ぎわに咲いた紫陽花の憂鬱を掠めとっていく。放課後の学校。トランペットの練習の音や、野球部が階段を登る掛け声が、校舎を生温く満たしている。誰もいない教室はひどく静かで、昼間の喧騒を吸い込んだ黒板は、すこしだけ汚れたまま。雨の音に紛れて、袖口のホックがせわしなく瞬きを繰り返す。


 ―いやだよ。
 どうして?
 ―だって、。
 どうして?
 ―だけど、



/その日は雨が降っていたから、渡り廊下は封鎖されていた。いつもなら通らない階段の踊り場に、俯いた背中が残った。水浸しのグラウンドを、雨粒が激しく打ち続けている。いくつもの歪みが、あらたな歪みにかきけされて、側溝はいまにも溢れてしまいそうだった。


 ―違うよ。
 そうだよ。
 ―どうして、
 あなたは
 嘘ばかりつく。
 ―信じてくれないの。
 黙れよ。
 あなたは
 どうして
 そうやって僕を苦しめるんだ


/また、何もいえなくなる。いつもそうだ。本当に大切なことは、言えない。誰もいない階段に、足音がやたらと響いて、足取りを重くさせる。しらない女の子たちのかばんで、色とりどりのマスコットが揺れている。角においてある観葉植物には、白い斑点ができてしまっていたから、うなだれた葉に、霧吹きをひとかけする。


階段を、        (いったいそれは
一段          (なんのために
一段          (必要な
昇る          (プロセス
 ―足が震える     (であったのか     
一段          (わたしはあなたの
一段          (なんで
 ―繰り返す      (あったのか    


/プロセス ― すんだ湖のなかから、丁寧に、ひとつひとつさらっていくそれを、うすく広げて、太陽にかざして、幾重にも膜を、張って、わたし/あなた、は、生まれることができない、よるに、からだの先からすけていく、もう、区別がつかない、わたし/あなた、と、その癒着した、部位とが、透けてみえる、対岸に手を振る、けれどだれもこたえてはくれない、だれも、だれも、だれも、/


後ろ手にドアを閉めるわたしをみて、あなたはいつも嘲るように笑う。その瞬間にこわばったわたしの体を、あなたは壊すように、触れて、熱い
/のです。あなたは、いつも熱くて、わたしは頭から爪先まで透けていたはずなのに、いつの間にかからだじゅうが熱を帯びて、火をふく。そしてあなたはまた冷たい目でわたしに触れて、わたしはどうしようもなく謝りたくなるのです。泣きながら謝るのです。そしてあなたは、再び微笑を浮かべながら、わたしを抱いていなくなってしまう。


 ―あなたは何もわかってないんだよ。
 ―あなただけわかってくれればいいんだ。
 ―あなたは何を考えてるの。
 ―あなたは、
 ―あなたは、


 、
 わたしは、/


廊下を通り過ぎていく、幾人かの足音と、笑い声。学校の風景。ねじれた腕が空中で切り抜かれてそとへと開けていく。教室の真ん中でわたしはひざをついてぽつんと座っている。教室の出口が、遠い。あなたはもうどこにもいない。どこにもいない。どこにも、いない。/