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作品 - 20100129_193_4121p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


初夏をどこまでも

  浅井康浩

作ってくれたデザートを、クリームとか舌触りのなめらかさでおぼえていないあなたには、
せめてモノクロ写真のようなあたたかさをあげたい。ジャムを煮るような、とまではいか
なくても、あなたにはいつだってくちどけのよい時間をあじわっていてほしい。だからこ
そいつも、セロリやナツメグの葉をプレートの端っこに添えて、ホワイトラムには気づか
れないよう、ねがいをかける。まいにちが、あたためたミルクの表面に生まれる膜のよう
なものに翻弄されてしまうあなたになら、生クリームやバターそのもののさわやかな口当
たりこそがふさわしい。



いつだってそう、はなす物語はいつだって誰かのはなしと似ているけれど、それでいて弱
火で煮始めるあんずのシロップのそのどれもが甘い香りをひろげてくれることを、わたし
はとても、ありふれた時間とはおもうことができないでいる。晴れた日の午後の、とろと
ろとながれるような陽ざしのやわらかさを、このジャムのなかにこめられますようにと、
焦げ付かないよう、時折、おもいかえしたようにホウロウの鍋をゆすりながら、わたしが
こしらえるひとさらのデザートも、あなたがはなしてくれる可笑しな童話も、せめて、心
をこめてつくられるものであってほしい。



初夏をどこまでも感じていたい。すぐりのはえた裏庭から、低気圧がひろがって南岸方面
の降雨の開始を早めてゆくのも、出掛けるうえでのたのしみにしたい。ふわっとした雨の
においを待ちながら、海岸をさくさくあるいて、フランボワーズもつまんでみたい。そう
やって過ごしながら、てのひらにつつまれたような、発酵したパン生地のような匂いに、
ふわっとからだをすくわれてみたい。気がついたころにはもう、雨の匂いにつつまれてい
て、ひとあしとびに、食卓へと歩をすすめている。あしどりはあかるく、あたたかな雨域
をやさしくよければ、生クリームとさっくり混ぜるころあいのような、そんな感じで木イ
スにすわってひといきをつく。そのようにして、誰からもわすれられていたようなオーブ
ンの水跡のように、しずけさを添えてたたずんでゆきたい。

文学極道

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