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作品 - 20100118_943_4091p

  • [優]  SENAKA - debaser  (2010-01)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


SENAKA

  debaser

田中、どうしたんだよ、さえない顔して

て、おまえだれだよ、おれ田中じゃねーし

え、おまえ田中だろ、どこからどうみても田中のはずだろ

田中のはずってなんだよ、おまえのこと知らねーし

じゃ、鈴木さ、おまえ久しぶりじゃん

手当たりしだいにありがちな名前で呼ぶのやめろって

なにごちゃごちゃ言ってんだよ、猪木

そういうことじゃねーよ、おまえのこと知らないから

知らないわけないだろ、おれだよ、おれ

いや、絶対おまえなんか知らねって

おれだよ、忘れたのか、おれだよ、猪木じゃないほうの

そんなのどっちでもいいよ、おまえのこと知らないから

あごのほうだぜ

猪木じゃないほうのあごのほうってややこしすぎるだろ

猪木じゃないほうのあごのほうを忘れたのか

いや、だからぜんぜん知らないって言ってるの

猪木じゃないほうのあごじゃないほうは忘れてないくせに

なんだよ、それ

いい加減、思い出せよ、おれだよ、おまえだよ、稲尾様だよ

途中からよくわかんねーし

おまえ、すっかり感じが変わったな、髪切れた?

髪は切れてねーよ

うそつけ、髪切れたでしょ?

切れてねーって

おまえ、どこで髪切れてんの?

しつこいって、

いい加減に思い出してくれよ、おれだよ、おまえだよ、八時だよ

全員集、って絶対言わないから

また、今度おれの家の風呂だけに入りに来いよ

絶対行かねーし、なんで知らねーやつの家に行ってわざわざ風呂だけに入らなきゃいけねーんだよ

親父の背中でも流してみるか?

流すわけねーだろ

親父の背中、めちゃくちゃきったねーぞ

余計いやだっての

親父のちんこくっせーぞ

ここにきて下ネタかよ

じゃ、親父にはうまいこと言っとくから

うまいこと言う必要ねーから

ごめん、親父がくわしい理由を教えろって言ってるから、ちょっと出てくれる?

いつの間に電話したんだよ

なんか親父ちょっと怒ってる

知らねーよ、おまえが勝手なことするからだろ、おまえで処理しろよ

まじで、まじで、やばいって

おまえが謝れよ

親父めっちゃ怖いんだって

知らないって

半殺しの刑だぜ

半殺しの刑かよ、やっべえな

だからやっべえって言ってるだろ、早く出ろ


  あ、初めまして、わたし息子さんの、息子さんの友、友、では、なくてその知り合いといいますか、その、つい最近知り合いになりまして、はい、それで、息子さんが、ぜひ家に風呂だけに入りにこいと、ええ、はい、さようでございます。はい、で、息子さんが、ぜひ、お父様の、はい、ええ、背中を、そのお父様の背中をですね、いえ、そういことではなくて、お父様の背中がきったないとか、そういうことでは、はい、まったくなくてですね、いえ、そういうことは申しておりません、風呂だけに入りにこい、と、ええ、息子さんが仰られましてですね、はい、さようでございます、はい、ぜひともに、お父様の背中を、はい、申しました、知り合ったばかりなのに、お父様の背中をわたしみたいなものが本当に、その流していいものかと、息子さんには、はい、申しました、ええ、息子様がですね、ぜひともに、はい、ひえっ、ひとこともそのようなことは、ただ、わたしは、その、背中流しについては、その、てめえどもの父親の背中を何度も、はい、やっておりましたので、お父様の背中においても、そそなくやれるのではなかろうかと、はい、考えておるしだいでありまして、はい、それは重々承知しておりまして、はい、見ず知らずのかたの背中を流すという、前代未聞といいますか、その、はい、仰るとおりでございます、ただ、息子さんが是非ともにと、半ば強引にといいますか、いえ、そういうことではなく、息子様のお気遣いで、わたしのようなものにお父様の貴重な背中を、ええ、ええ、さようでございます、とはいえ、わたしのようなものが、お父様のようなかたの尊い背中を本当に、ええ、流していいものかというのは、お父様のご気分もございますでしょうし、わたしどもとしましては、無理にとは、はい、いえ、今すぐにでも、わたしは今すぐにでもお邪魔して、お父様の背中を、はい、つもりでございます、お父様の背中様のお調子とも相談されてですね、はい、ええ、おります、息子様は隣でわたしどもの話をお聞きになっておられます、はい、とても真剣に、はい、立派なお子様にお育ちになられて、はい、わたしどもも、ええ、そうですね、ひとえにお父様の、仰るとおりでございます、子供というのものは、父の背中を見て育ちますから、わたし、息子様にお会いしたときにですね、はい、すぐに、はい、この人のお父様はきっと立派なかたであろうと、はい、思いまして、それで、こうやって電話で確認させて頂いている次第でございます、ええ、はい、素晴らしいです、わたし、長年、こっち方面に携わっておりますが、はい、これほどまでに立派なといいますか、はい、素晴らしい親子様とこうやってですね、ええ、はい、仰るとおりでございます、お父様の立派な背中様をですね、早く、早くお目にかかりたいと思ってる次第であります、はい、となりに、おられます、とても立派な面持ちであられます、背筋もきちっとですね、伸びております、ええ、お父様を尊敬されておられるのでしょう、はい、それは充分に伝わっております、もちろん、もちろんですとも、お父様あっての息子様ですから、はい、あ、さようでございますか、ありがとうございます、もちろんです、なにがあっても伺います、明日でございますね、お父様、わたし泣いております、こんな幸せなことがあっていいんだろうかと、はい、わたしのようなものが、ええ、お父様の背中様を、流してもいいのだろうかと、はい、ありがとうございます、明日、明日になれば、はりきって、はりきってお父様の背中様を流させていただきます!

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