夜の道端で 外灯に照らされた
ほんの少し吸いかけられた『CASTER』を拾った
人差し指と中指でそれを挟んで
激しく揺らして弄んだり
埃やゴミを払って口に咥えたりしていたが
生憎火が無かったので
コートの左ポケットに突っ込んで
そのまま歩き続けることにした
ひっそりとした高級住宅街の外れの片隅で
炎を探している
体は闇に溶け
人の顔の判別もままならないぐらいの暗さだ
犬達さえも眠り込んでいる夜の淵で
ただ炎を探すことに神経を使っている
光じゃ駄目なんだ
炎を探している
一文無しの状態では
コンビニでライターを買うことも
バーでマッチを貰うこともできなかった
自分がこれ程強く炎を欲していることが
自分にとって初めての体験だったことに自分でもとても驚いていた
大都会の中を歩き回り
光はこんなに溢れ返っているのに
どうして炎は見つからないのかと思った
そして突然脳裏に「マッチ売りの少女」が
思い浮かんだ
なぁ 少女よ 炎があれば
何だってできたじゃないか
森に入って動物達を捕まえて
売れ残ったマッチで暖かい炎を焚いて
美味しい肉を腹一杯食えたじゃねぇか
なんで幻想なんかみて死んじまうんだよ
泣けてきたよ それが作り話だとしても
お前にいい思いをさせたかったよ
その代わりマッチを1本くれよ
過ぎゆく人々の携帯電話のメインディスプレイが光り
コートの右ポケットの一升瓶の酒を
一気に飲み干して
朦朧と意識が薄れた
気が付くと建物と建物の間のゴミ捨て場で 大の字で寝ているのを
目の前のファミレスの店員らしき
美しい女性に揺すり起こされた
「こんな所で眠っていると
風邪ひきますよ?」
と声を掛けられた
こんなに人に優しくされたのは
果たしていつ頃振りだろう…
「…いやぁ、リストラされた中年オヤジが
こんな綺麗な人に優しくされるなんて
世も末ですねぇ…」
と
ポロリと本音を零すと
「お寒いでしょう? どうぞ中へ
お入り下さい」
と女性店員にふらつく体を支えてもらいながら
店内に誘導してもらった
24時間営業のレストランの中に入ると窓側の席を勧められ
女性店員は水を持って来て
「ご注文は如何致しますか?」
と
訊いてきた
「…いやぁ、実は、お金は一文も持って
いないんですよ…ははは…、
どうすればいいんだろうこういう時…」
「店長に内緒で暖かい御料理を
お持ち致しますよ、
私が黙っていればいい話ですし、それに…」
と言い掛けるとそれを遮って
「…じゃあ、“マッチ”を“1本”、下さい。
それなら店長さんにバレないで済む
でしょう…。願いします、マッチを1本、
下さい…」
女性店員からマッチを1本貰うと
コートの左ポケットから『CASTER』を
取り出して 煙を深く ゆっくりと肺に染み込ませた
窓ガラスから見える大都会の夜景が
ほんの少し自分に対して親和的で 霧がかかったように霞んで見えた
選出作品
作品 - 20091109_235_3927p
- [佳] マッチ - 丸山雅史 (2009-11)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
マッチ
丸山雅史