選出作品

作品 - 20090910_722_3776p

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衣替え

  りす

夏と秋のあいだを
くぐりぬけていく
こんなに狭いすきまを
つくった人の気が知れない

左手は夏に触れ
右手は秋に触り
温度差があれば
気はどこまでもうつろう
人はどちらかに傾いて
重さを小水のように漏らす

体をあずけるのなら夏
信用のおける夏がいいと
耳打ちした人は戻らない
脱ぎ捨てた衣服を跨いで
行ってしまったきり
固い夏の格子が
がらんがらんと落ちる

くるぶしの高さまで
過去は来ている
歩くと小さな渦が生まれ
渦のひとつは口になり
渦のひとつは耳になり
足元で問わず語りをひそひそと

 記憶のしっぽに化かされて
 肥溜に落ちた愚かもんがぁ
 糞尿に溺れながら改心してさね
 記憶のしっぽにつかまってぇ
 命からがら助かるっちゅうね

改心したのは記憶のほう
助かったのは記憶のほう
そう言いかけた渦が
大きな渦に飲まれて
くるくると死んだ

愚かもんが
夏の首を絞め上げる
いらないものを
吐かせようか
いらないものを
吐かせまいか
愚かもんの両手
両手の愚かもん

いまはむかしの前で
むかしはいまの後ろで
燃え尽きる
燃え尽きている
点々と
点々と
汗のように
血のように
脱ぎ散らかした衣服を
拾い集めながら身に付け
他人の匂いに袖を通す

焼け爛れた足首から
くるぶしが
胡桃のようにころんと
転がって坂道を行く
冷めた火種を固くにぎって
夏と秋のあいだを
くぐりぬけていく

こんなに狭いすきまを
つくった人の
気が知れない