本当の歌に喉を鳴らした
小学校の帰り道
どこまでも伸びていく影と
私たちの身長と
今日を数える指遊びを覚えている
*
学校と家の間ぐらいにあった
スーパーの跡地がいつまでも
手付かずのまま放置されていた
その傍らに広い草むらがあった
「入るな危険」の看板が立っていて
フェンスが張られていたので
真ん中がどうなっていたのかは解らなかった
草むらの周りには面白い植物が沢山生えていた
その中でも特に不思議な植物があった
大人の身の丈以上の大きさの細い枝の先端に
ホワホワとした棒状の茶色い
綿のようなものが着いていた植物だ
私はその植物に
フランクフルトと名前をつけた
学校が終わるといつも友達と
「フランクフルト取りにいこうよ」と
草むらで寄り道をして帰った
*
あらゆる身長が伸びやかに
屈伸を繰り返す夕暮れ
家に帰ると
左利きの姉が
いつも絵を描いていた
何を描いていたかはわからないが
いつもただ黙って
絵を描いていた
しばらくすると
母が仕事の合間をぬって
夕飯の支度に帰ってきて
姉と私の夕飯をテーブルに並べて
忙しなく仕事に出掛けて行く
姉はまだ
夕飯と出掛ける母に目もくれず
何かを描き続けている
私たちの食卓テーブルには
数の足りないお箸と
からっぽで
口の回りが塩分で固まった醤油さしが
いつも不揃いに並べられている
*
土曜日
昼下がりの帰り道
くたびれた午後に音はなく
ただ静かに広がっている空の真下で
足りない私の身長が
屈伸を繰り返して
小さくなっていく友達の
遠い背中にいつまでも手を振って
またね
またね、って
声を落として唇を
固く結んで
運ばれていく友達の
帰る場所を
私は何も知らないのだと
少しの空腹の中で思う
*
家に帰るとやはり
姉は絵を描いている
土曜日は学校の給食がなく
母は仕事を抜ける事が出来ないので
テーブルの上にいつも五百円だけがぽつん、と
冷たく置かれている
私が家に帰って来た事に姉は気付くと
絵を描く事を止め
テーブルに置かれた五百円を握りしめて
「今日、何食べる?」と
嬉しそうに笑いながら
一緒に買い物に出掛けた
左利きの姉が私の手を引く
私と手を繋ぐ時はいつも
姉は右手だった
閉じられた姉の左手が私に開かれる事がないのは
きっと
私の身長が足りないからなのだと思う帰り道
家の近くの空き地で
フランクフルトが不揃いに風に揺れていた
ここにもフランクフルトがあったのだと
私は初めて知った
姉の肩が目線の少し上の方で
ゆっくりと
屈伸を繰り返している
*
母がいつものように忙しなく帰宅し夕飯を作る
姉はまた絵を描き始めていた
不揃いなお箸と
からっぽの醤油さしと
右利きの私と
左利きの姉が
忙しなくテーブルに並べられ
いっぱい笑いながら
いっぱい食べて
私たちは食器と同じように洗われて
おやすみなさい
おやすみなさい、って
今日を流し台に仕舞う夜の
瞼を閉じた時間だけ
開かれる夢、
のような夢の狭間で
壁の向こうから
父の声とテレビの音が
もごもごと聞こえる
隣のベッドでは姉が
左手でタオルケットの端っこを
大事そうに握りしめながら寝ている
姉の見ている夢がどんな夢なのかやはり
何も知らないのだと思う私の
閉じられた狭間で
草原のように風に揺られて
屈伸を繰り返している
フランクフルトの真ん中で
私の身長が
伸びやかに開かれていく
選出作品
作品 - 20090731_817_3672p
- [佳] フランクフルト - 如月 (2009-07)
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フランクフルト
如月