選出作品

作品 - 20090731_817_3672p

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フランクフルト

  如月



本当の歌に喉を鳴らした
小学校の帰り道
どこまでも伸びていく影と
私たちの身長と
今日を数える指遊びを覚えている

 *

学校と家の間ぐらいにあった
スーパーの跡地がいつまでも
手付かずのまま放置されていた
その傍らに広い草むらがあった
「入るな危険」の看板が立っていて
フェンスが張られていたので
真ん中がどうなっていたのかは解らなかった

草むらの周りには面白い植物が沢山生えていた
その中でも特に不思議な植物があった
大人の身の丈以上の大きさの細い枝の先端に
ホワホワとした棒状の茶色い
綿のようなものが着いていた植物だ
私はその植物に
フランクフルトと名前をつけた

学校が終わるといつも友達と
「フランクフルト取りにいこうよ」と
草むらで寄り道をして帰った

 *

あらゆる身長が伸びやかに
屈伸を繰り返す夕暮れ
家に帰ると
左利きの姉が
いつも絵を描いていた
何を描いていたかはわからないが
いつもただ黙って
絵を描いていた

しばらくすると
母が仕事の合間をぬって
夕飯の支度に帰ってきて
姉と私の夕飯をテーブルに並べて
忙しなく仕事に出掛けて行く
姉はまだ
夕飯と出掛ける母に目もくれず
何かを描き続けている

私たちの食卓テーブルには
数の足りないお箸と
からっぽで
口の回りが塩分で固まった醤油さしが
いつも不揃いに並べられている

 *

土曜日
昼下がりの帰り道
くたびれた午後に音はなく
ただ静かに広がっている空の真下で
足りない私の身長が
屈伸を繰り返して
小さくなっていく友達の
遠い背中にいつまでも手を振って
またね
またね、って
声を落として唇を
固く結んで
運ばれていく友達の
帰る場所を
私は何も知らないのだと
少しの空腹の中で思う

 *

家に帰るとやはり
姉は絵を描いている
土曜日は学校の給食がなく
母は仕事を抜ける事が出来ないので
テーブルの上にいつも五百円だけがぽつん、と
冷たく置かれている

私が家に帰って来た事に姉は気付くと
絵を描く事を止め
テーブルに置かれた五百円を握りしめて
「今日、何食べる?」と
嬉しそうに笑いながら
一緒に買い物に出掛けた

左利きの姉が私の手を引く
私と手を繋ぐ時はいつも
姉は右手だった
閉じられた姉の左手が私に開かれる事がないのは
きっと
私の身長が足りないからなのだと思う帰り道
家の近くの空き地で
フランクフルトが不揃いに風に揺れていた
ここにもフランクフルトがあったのだと
私は初めて知った

姉の肩が目線の少し上の方で
ゆっくりと
屈伸を繰り返している

 *

母がいつものように忙しなく帰宅し夕飯を作る
姉はまた絵を描き始めていた

不揃いなお箸と
からっぽの醤油さしと
右利きの私と
左利きの姉が
忙しなくテーブルに並べられ
いっぱい笑いながら
いっぱい食べて
私たちは食器と同じように洗われて
おやすみなさい
おやすみなさい、って
今日を流し台に仕舞う夜の
瞼を閉じた時間だけ
開かれる夢、
のような夢の狭間で
壁の向こうから
父の声とテレビの音が
もごもごと聞こえる

隣のベッドでは姉が
左手でタオルケットの端っこを
大事そうに握りしめながら寝ている
姉の見ている夢がどんな夢なのかやはり
何も知らないのだと思う私の
閉じられた狭間で
草原のように風に揺られて
屈伸を繰り返している
フランクフルトの真ん中で
私の身長が
伸びやかに開かれていく