#目次

最新情報


如月

選出作品 (投稿日時順 / 全12作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


夜の帳

  如月

行き交う車のヘッドライトが流れていく
川に流されている
小さな魚のように

遠ざかる
約束、と言う傷口に
そっと触れる街灯り

コンリートのビルは冷たく
けれど
かがり火のように優しく

*

道路工事の標識が立ち並び
夜警の赤いランプを
誘導員が揺らし始める

真夜中ではない真夜中で
労働が生み出す
白いため息が消えていく
そのほころびを結びつけて
私たちは満たされていくのです

煙突の煙が彼方
骨はここにはありません

*

光を帯びて散り敷かれた
夜の袖がはためく雲の隙間

願うすべを知らない
山々に消える
密かに響く鹿の鳴き声

ねんねこよ ねんねこよ

手のひらの中、
 母の歌を探しています

誰も知らない記憶の底で
誰も知らない秘密の歌を

*

いつもの公園を通りすぎる
相も変わらず人気はない

冬と呼ばれるお前が
そろそろ来る頃合いですか
枯れ葉はすでにつむじ風の仕草にまかれて去ってしまったよ

まつ毛をふるわせ
爪先まで染み渡る風に
ここが秋だとやっと知る

電灯で照らし出された木々が
音も無く
さやさやと揺れている

波打つ池は煌めいて
どこか海に似ていた

*

街のかがり火の向こう側
夜警の赤いランプが
 ゆらゆらと
真夜中ではない真夜中に
夜の帳が私へと開かれていく

ねんねこよ ねんねこよ

母の歌を探す手のひらに
やはりあの頃は見つからないから

せめて夢を、と願うのです

 指先でなぞるようにして


12月の雨

  如月

どんぐりたちが
屋根を踏み鳴らす遊びをやめたのは
いつだったか

秋の荷物が届かないまま
木々が、ほの暗い空へと
細い腕を伸ばしている

 *

街はいつの間にか
切り絵のような
会釈で溢れ返っている

おはようございます
 おはようございます

そうやって
いくつもの切り絵が
切り立ったビルの窓に
貼り付いていく

 *

12月の雨が、
降ることを止めようとしないから
秋の荷物は置き去りにされている
もう届く事はないだろう

冬の言葉を知らないまま
雨に触れる指先は
初雪の夢を見ている

伸ばした腕の先には
空、ばかりが続いて

 *

街はいつでも
いつの間にか
いくつもの
切り絵でいっぱいだ

お疲れ様です
 お疲れ様でした

そう言って
いつの間にか
私の切り絵が街の片隅に
貼り付けられていた

剥がれる事も
剥がされる事も、
ないだろう

 *

母の手の温度で
染み渡っていく夕日の中
はたはたと舞うコウモリを
追わなくなったのは
いつかの夏、の事

12月の雨が止む頃には
春の歌は歌えない

子供の頃の折り紙が
続いていく、空を
舞っていく
追いかけなくなったのは


春に流れる

  如月


草の香りを織り込んだ風が
優しく空を広げていく

あたたかくつもる雪の
内側から開く胎児の呼吸

どこまでも昇る手に
さしのべられた太陽が遥か

 *

水がすくわれていた
どこからか流れついた水が
泥まみれで遊ぶ子供らに

紫外線を照り返す川で
いくつもの
私たちがせせらいでいる

名前も知らない花
知らされる事もない花

すくわれなかった私の指先から
てんとう虫が飛び立とうとしている

 *

沈んでいく今日を
許していくような夕暮れに
溢れていた声が
いっせいに帰っていく

コンクリートに跳ね返された
声たちだけが
置き去りにされている

知られる事もなく
知らされる事もなく
そっと

 *

たんぽぽだけは
ちゃんと区別が出来る子供

流れていった水
すくわれなかった声
過去も、また現在も

風に吹かれて
羽ばたいていく
たんぽぽの種に憧れている子供

いつまでも
種だけを見つめ続けている
私たちが
風が無音として
響かせている空へ
ゆっくりと
いっせいに流されていく


五月 断片

  如月


 一

鎮痛剤が開かれるように
始まる
アルコールの切れ端で拭う空が
落ちている影の片隅に
染み渡っていく


 二

雀が声を忘れていく道
そっと、置かれた言葉で
みたされていく三半規管


 三

溶けようとする
水とオリーブオイル

乳化しきれないでいる僕らが
揺られながら、揺れながら
きめ細かく小さな
気泡を擦り合わせていく

茹で過ぎたパスタだけが
いつも密かに
片付けられている


 四

子供の笑顔に壁が震える
突き抜けるような空に
くたびれている鯉のぼり

新聞紙の兜の折り方を
思い出せないでいる指先


 五

女の前髪のように
しなやかな影が伸びていく
忘れていた声を拾う帰り道

連れて帰るものは
少ない方がいい、と
背を向ける

染まっていく今日を
結べずにいる前髪


 六

いつまでも子供と
膝をおる男

とめどなく
揺れる三半規管で
きめ細かく小さな
気泡を作りあげ
溶け込もうとする


 七

窓枠に切り取られた空
なぞる手のひらが
探している歌
遠い日の声


胎動

  如月

 
海が広がり続けている
 
その細い指先で
海と空の間に
白い境界線をなぞって
あなたの鎖骨から
ささやかに流れる
沈みかけた太陽の裏側で
まぶたをとじている
星たちの、
さらさらとした温度で泳ぐ
木々のざわめく音によく似ている
波の揺らぎの
やわらかな呼吸で
結ばれていた、
ものたちの声とともに
遠くの海で
いつかまた
いつまでも
あなたの中で
眠っていたいと
 
広がり続けている
 
 
 


カナブン

  如月

「あ、カナブンが死んでるね」

夏に冷たく落とされた、
ひだまりのとなりで
もう、動かなくなったカナブンを見つけて、
君があまりにも淋しそうに言うものだから
命には限りがあるもんさ、と
ありきたりな事を言うと
君は背中を丸くして、
動かなくなったカナブンを見つめていた

例えば、
この手を繋いだ先で
小さく笑う君がいて
その後ろには、
大きく突き抜ける空が広がって
木々がささやかに揺れていて
木の葉がくたびれて紅く燃やされ
季節にそっと背中をおされ、
僕らは長袖を着て
君と小さな手を繋ぐ

そうしているうちに、
いつのまにか
僕の背中は
小さく丸くなって
くたびれた僕も燃やされて、
長袖を着た君の、
手を繋いでいるその先で、
きっと、
新しく産まれた君が
大きく、
笑っているだろう

夕日はいつも傾いて
足音も立てずに去っていく、
無数の影の先端で
ぶらさがっている僕は君に

やっぱり、
ありきたりな事しか言えないものだから
君はまた
小さく背中を丸めて
もう、
動かなくなったカナブンを淋しそうに
見つめるのだろうね


春の下

  如月


ゆっくりと舞う
一つ、一つのどこからか
流れついた春を滑る
雨のたおやかな
手のひらを泳いで

 *

垂直に立つ遠浅の空の真ん中を
黒い鳥が羽ばたいて尾をひく

痩せた桜の木の下で
発芽する
幼い夏の背中

まだ目を覚まさない
青い夕暮れ

 *

夜に浮かぶ送電線は美しい
絶えまなく
運ばれてゆく言葉は
暖かく降りしきる
ひとひらの花片

 *

去っていく春の横顔は
ふりかえらない
いつかの少女に似ている

 *

塗りかえられていく今日を
そっと見守る夜の窓辺は
果てしなく地平線のようだ

降りつもったいくつもの
春と呼ばれたお前を燃やして
幼い夏の丸い背中の
小さな呼吸で伸びやかに
新しいお前がまた一つ、

静かな産声をあげる


  如月


記憶の先端が
わたしを貫いていく
遠い、名前が
ささくれて
喉をふるわせる
空、は見ない
白い手首に確かな
透明で青い血管
があるから

 ・ 

街はパズルみたいで
まるで
はじめから何もかも
あったみたいに
新しい、が並べられて
錆びついた古い、の
隙間を
過ぎ去ってゆく声の鳴る
街が
いっそう
整頓されてゆくから
部屋は少し
散らかってるぐらいが
落ち着くの
白い手首をじっと
見つめていたら
確かに
血管は美しく
透きとおってるから

 ・

夜へ進化してゆく街の
瞬く中心は
パズルみたいに
おいしかったパスタ屋さんの
名前を思い出せないから
わたし
新しいお店の名前を
いくつか覚えたよ

 /
白い確かな、
手首に
血管が透明で
覚えてますか?
わたしの、消えない。
せめて
うまれたばかりの
からだのままで
どうか、
鮮やかに貫いて
 / 

見て、ほら
新しいお店が
また
いっぱい
できたみたいだから
今度、
一緒に行こうよ
 
 
 
 


花冷え

  如月

そして
指の隙間から
こぼれおちてゆくものの
行方を
わたしは知らない
目線よりも
少しだけ高くで
懐かしい声が遠い

 てのひら
柔らかく包みこむ
体温の空は
魚のように広く
なだらかに泳ぐ
浮遊する午後の岸辺

 声
寄せては帰す
波の狭間で
声の鳴る
燃やされた地平線の
向こう側の白く
あたたかな内陸

 夜
発芽する緑の呼吸
桜の裸体がいっそう
夜を美しく散らして
空に広がる
指先の凍えた隙間から
こぼれおちてゆくものたちの
かすれた声が鳴る
ざらついた四月で
あなたが
少しだけ遠くなる花冷え
 
 
 


フランクフルト

  如月



本当の歌に喉を鳴らした
小学校の帰り道
どこまでも伸びていく影と
私たちの身長と
今日を数える指遊びを覚えている

 *

学校と家の間ぐらいにあった
スーパーの跡地がいつまでも
手付かずのまま放置されていた
その傍らに広い草むらがあった
「入るな危険」の看板が立っていて
フェンスが張られていたので
真ん中がどうなっていたのかは解らなかった

草むらの周りには面白い植物が沢山生えていた
その中でも特に不思議な植物があった
大人の身の丈以上の大きさの細い枝の先端に
ホワホワとした棒状の茶色い
綿のようなものが着いていた植物だ
私はその植物に
フランクフルトと名前をつけた

学校が終わるといつも友達と
「フランクフルト取りにいこうよ」と
草むらで寄り道をして帰った

 *

あらゆる身長が伸びやかに
屈伸を繰り返す夕暮れ
家に帰ると
左利きの姉が
いつも絵を描いていた
何を描いていたかはわからないが
いつもただ黙って
絵を描いていた

しばらくすると
母が仕事の合間をぬって
夕飯の支度に帰ってきて
姉と私の夕飯をテーブルに並べて
忙しなく仕事に出掛けて行く
姉はまだ
夕飯と出掛ける母に目もくれず
何かを描き続けている

私たちの食卓テーブルには
数の足りないお箸と
からっぽで
口の回りが塩分で固まった醤油さしが
いつも不揃いに並べられている

 *

土曜日
昼下がりの帰り道
くたびれた午後に音はなく
ただ静かに広がっている空の真下で
足りない私の身長が
屈伸を繰り返して
小さくなっていく友達の
遠い背中にいつまでも手を振って
またね
またね、って
声を落として唇を
固く結んで
運ばれていく友達の
帰る場所を
私は何も知らないのだと
少しの空腹の中で思う

 *

家に帰るとやはり
姉は絵を描いている
土曜日は学校の給食がなく
母は仕事を抜ける事が出来ないので
テーブルの上にいつも五百円だけがぽつん、と
冷たく置かれている

私が家に帰って来た事に姉は気付くと
絵を描く事を止め
テーブルに置かれた五百円を握りしめて
「今日、何食べる?」と
嬉しそうに笑いながら
一緒に買い物に出掛けた

左利きの姉が私の手を引く
私と手を繋ぐ時はいつも
姉は右手だった
閉じられた姉の左手が私に開かれる事がないのは
きっと
私の身長が足りないからなのだと思う帰り道
家の近くの空き地で
フランクフルトが不揃いに風に揺れていた
ここにもフランクフルトがあったのだと
私は初めて知った

姉の肩が目線の少し上の方で
ゆっくりと
屈伸を繰り返している

 *

母がいつものように忙しなく帰宅し夕飯を作る
姉はまた絵を描き始めていた

不揃いなお箸と
からっぽの醤油さしと
右利きの私と
左利きの姉が
忙しなくテーブルに並べられ
いっぱい笑いながら
いっぱい食べて
私たちは食器と同じように洗われて
おやすみなさい
おやすみなさい、って
今日を流し台に仕舞う夜の
瞼を閉じた時間だけ
開かれる夢、
のような夢の狭間で
壁の向こうから
父の声とテレビの音が
もごもごと聞こえる

隣のベッドでは姉が
左手でタオルケットの端っこを
大事そうに握りしめながら寝ている
姉の見ている夢がどんな夢なのかやはり
何も知らないのだと思う私の
閉じられた狭間で
草原のように風に揺られて
屈伸を繰り返している
フランクフルトの真ん中で
私の身長が
伸びやかに開かれていく
 
 
 
 


葬列

  如月


それぞれに
あらかじめ用意された
一本の葬列に並んでいる
傍らでは
一杯の水と花が
美しくお辞儀を繰り返している

 ・
何も語らない夜に語る
わたしの浴槽では
まだ名付けられていない一匹の魚が浮遊し
剥がれた鱗がひらひらとせせらいで重なる
静かに寄り添うその隙間を
いつか愛おしく思うのだ

 ・
そこにあるのは、ただ
あなたのようなあなただった
冷たい体温を手のひらですくうと
たしかな
あなたが開かれてゆく
言葉は
いつだってやさしく
あなたの来た道に降り注いでいる

 ・
いつまでも
何気ない会話を落として
過ぎてゆくあなたの横顔を
静かに見送った葬列に並んで
空の奥行きを見上げた
たしかめるように呼ぶ
いまだ名付けられないでいる
声が
どこまでも不在だった夜を
わたしの渇いた浴槽で
鮮やかに散りしかれた鱗の上に横たわる全てを
やがて迎える朝よ燃やせ
この用意された葬列とともに


帰り道

  如月

夕方
もうすぐ保育所が終わる時間なので
僕は支度を始める

テレビでは
低周波シグナルで腹筋が鍛えられるという
いかがわしいダイエットマシーンのCMが
いかがわしく流され続けて
どこかのアスリートが
素晴らしい腹をさらし続けていて

どこの家の犬かは知らないが
いつも鳴いている犬がいて
保育所の駐車場は
お迎えの車と家族でいっぱいだ
誰のお母さんかは知らないが
いつもすれ違う
黒髪がしなやかになびく
綺麗なお母さんの事だけは覚えている

さようなら
さようなら

息子のいる小さな部屋
(いや、子供らにとっては広いのかもしれない)
に迎えにいくと
いつも息子はおもちゃに夢中で遊んでいるのだけど
僕を見つけるにつけ
泣き叫びながら走ってきて
抱き付かれると
やはり嬉しいのだけれど

いつも手を繋いで帰る
帰り道には
サビついた鉄塔と
給水塔があってそれらが
夕焼けに照らされて
いっそう美しくサビついて見えるのは
どこか僕らに似ていて
息子が何故いつも泣き叫ぶのか
という事について考えている
僕のとなりで息子は
覚えたてのアンパンマンマーチを
懸命に唄い続けている

もうすぐ
不妊症、のはずだった妻が
素晴らしい腹を抱えて
産婦人科から帰ってくるというので
僕らは一斉にあらゆる支度を始めて
息子はいつも新しい
覚えたての唄を懸命に唄い続けて
廃品回収の声が鳴る道を
僕ら
手を繋いで歩いている
 
 
 

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.