まばらに
するとよくみえる
僕たちは引越をした
線と線の重なりを逃れ
点描で溢れる
モザイクの町に
階段や坂道を
登ってばかりいた
たとえではなく
公団の五階で育ち
学校はいつも丘の上にあった
西向きの部屋に
角度のない陽が射し
よこたわる母は薄目をひらく
鉄錆色に染まる
手のひら
まばらだった記憶も、今は
新しい住宅地のように整備され
密集し
貧しく充足している
たどっていく
古い軒先や踏切
重層のマンションが混在する町
下りた遮断機に
指折って
数えられるものを数え
白い私鉄がひとつか
ふたつ程度ゆきすぎ
そのたびに
また一から数えなおし
数えていたものを忘れる
若い母親が
線路沿いの道に
ひさしのある
ベビーカーを押していく
赤ん坊は寝いっているのだろう
僕は娘と手をつないで
名づける、という行為の
傲慢さについて
答えられないでいる
「肝臓が、ね
もうだめなんだって
でも落ちこんでないから」
それでも
人の名を呼ぶ
まだ、顔を向けるだけの
淡いほねぐみ
人を呼ぶ声、僕たちの午後
僕たちの授受
途切れたものは
思い出せないから
僕の記憶を
浚ってほしい
でなければ
また一から指折って
数えなおして
その程度に貧しく
充足できる
その程度に
貧しく充足するために
くり返したどって
ゆきすぎるをみおくれば
遮断機は上がる
( ゆるくほどける線と
線と、マザー
人を呼ぶ声
薄ぐらい部屋に、目を覚ました )
モザイクの
町からのびる線路が
肝臓、を
つらぬくなら
僕はくだりのそれに
飛び乗って
まばらに
したらよくみえて
ベビーカーは残照の坂道に
さしかかって
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