選出作品

作品 - 20090321_651_3412p

  • [佳]   - 右肩  (2009-03)

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  右肩

(硬直した舌を突き出す
 犬の頭。死んでいる。その横に立つ僕。
 夏蜜柑の匂いのする心臓を
 持つ僕。
 尖った敏感な陰核を
 若く健康な陰唇の中に隠し持つ君。着衣の君。
 ふたり。
 と
 たくさんの虫。)

楓の葉の失われた緑の属性が
この詩を読む君に与えられた古い記憶であるからか
午後四時の時報に合わせ、さあと秋霖が走り
僕が濡れる。この世界に何も残さないほど
大理石だけが美しい冬が来るという予感は
絶滅収容所の壁に錆びた釘の先を使って刻まれている。
その時既に定められていた陰惨な未来の線描。
だが、今はまだ何もかも鮮烈に赤い光が降る木の下で
大きな痣のある初老の男へと君がかつて
囁いた恋の終わりの言葉の尾から、ふと僕へ
逆流するそれとわかりにくい微細な官能の刺激、肌の匂い。
枝から飛び立った頬白が憂鬱な重さを
森から町へ左右の翼で支え、その運ぶ先の、
古い商家の、薄闇に落とし込んだ厨房の竈で
筍を煮ていた母よ瑪瑙石のようなわかりにくい思い出よ
小さな指輪が転がり子どもがひとり死に
羽のない哀れな虫が長い後肢をもがかせる
その有様と同様に身を捩らせ
逃れようとする君を強く抱いたまま
密林の湿潤が剥き出しになった君の唇を心強く吸おう
雨が降れば菰を被った川舟が下流に流れ
濡れている落葉を赤くまた赤く
孤立した無意識が浴びる抑圧の刺激
のように形の中に受けて
僕は君に囁くだろう、過去と未来の平らかで広大な
時の平原に紛れ込んだいくたびもの臨終の経緯を。
黒豹として走り抜けた幽界の密林の
その草葉が腹に触るときの
何ものかがわずかに匂うような
刺激を。