ちょっとした出来心で 神様のおやつを盗み食いしたとして 罰を食らい 蛙は重い皮膚病にかかった 全身が白くなり 粘膜が無くなり 皮膚科の病院に行って 塗り薬を貰ったが 全く効き目が無かった 蛙が何度も病院に通う内に 次第に医者は神様に対する恐れからか 邪険に振る舞うようになった 最終的にはろくに診察せずに 処方箋だけ出す始末だった 皮膚呼吸の蛙にとって 皮膚病とは致命的なものだった 蛙は仲間達と共に 建設が中断された住宅の コンクリートの土台の中に住んでいたが 皮膚病がうつると言って 皆蛙から逃げていった 蛙は太陽の光を浴びると全身に激痛が走るので いつもじめじめとした日陰に隠れ かさかさの皮膚に 絶えず塗り薬を塗ったくって じっと孤独に暮らしていた
この蛙は冬眠しない種族だった 年が変わり 繁殖時期に差し掛かると 至る所で 求愛の鳴き声が聞こえてきた その蛙も雌を求める為に 求愛の鳴き声を発した すると数匹の雌が目の前にやって来たが 蛙の皮膚の色を見て 顔色を青くして 一目散に逃げていってしまった それ以降 幾ら雌を呼んでも 誰も蛙の傍に寄って来なくなった
蛙の皮膚の病態は悪化し また 皆蛙から疎遠になっていったので それらに耐えきれなくなり 折角三浪して入った大学を中退した 同級生は既に定職に就き 家庭を持ち 幸せに暮らしていた 以来 大学の学費の返済の為に 夜間の工事現場でのアルバイトに励んだ その仕事は 蛙にとって 陽の光を浴びずに済むので 大変都合が良かった しかも現場の監督達は 蛙が皮膚病を患っていることを全然気にしなかった 収入の殆どは薬に消えていった 蛙は時々思うことがあった このまま独身で死んでいっても悪くはないな と 住処で浴びる 月の光は蛙の精神にも すぐに乾く皮膚にも優しかった 蛙は 草を咥え ドビュッシーの 「月の光」を 鼻歌で歌いながら 堤防で頭の裏に両手を組んで 星空を見て眠るのが大好きだった
しかしある時 工事現場で 砂利を載せたリヤカーを運んでいる時 突然蛙は意識を失い 救急車で運ばれ 病院の集中治療室で 十数時間にも及ぶ手術が行われた 末期の皮膚ガンだった 意識が朦朧とする中で 神様 あんたのおやつを勝手に食べたことは謝る けど この罰はいくら何でも酷すぎはしないかい? やはり死の間際に直面すると 何者でも 微かな希望に縋り付きたくなるのは 当然のことだった 心電図の波が直線になると 執刀医は手を止め 電気ショックを与えた が 何度やっても全く脈が戻る気配は無く やがて心拍数がゼロになると 執刀医は首を横に振り ご臨終です と一言呟いた
蛙の遺言書通り 葬儀は行われなかった だが蛙の同郷や大学の同級生や仕事仲間達の要望が強かったので 密葬が行われた 蛙の皮膚病を嫌悪して 疎遠になっていた同郷や同級生は皆涙を流して 蛙を弔った 仕事仲間達は彼らに対して罵倒雑言を飛ばし そして蛙のぼろぼろの皮膚を撫でて 永遠のお別れを告げた 遺体は 遺言書の最後にあった 希望通り ドビュッシーの墓のある パリ十六区のパッシー墓地に埋葬された
選出作品
作品 - 20080805_704_2936p
- [優] 蛙 - 丸山雅史 (2008-08)
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蛙
丸山雅史