ずり落ちたキャミソールの、白い肩紐を直さない。
ナノの単位の動きさえ鬱陶しい今ならば、
砂利を食んでも眉さえ動かさずして、
泥水を飲んでも吐き出すことはないだろう。
生活時間の表層は、剥落する雲母片岩のようなもので、
行動様式という波状堆積は、はらり、はらりと落ちてゆく。
いなかの山、ひとり頂上を目指したことがあった。
高い木々に囲まれた細い道を、慣れない足取りで進んだ。
中腹に東屋を見つけて腰を掛ければ、
黒い大きな鳥が一羽、頭上を高く飛んでいった。
登りきった山頂には古墳の址があり、複製の埴輪が並ぶ。
そのひとつひとつを丹念に眺め、
戯れに蹴飛ばしてみるが割れはせず、
古代の人への冒涜が、疼痛となって撥ね返る。
この地における他人の不在がよろこびに思える。
大きな円筒形の埴輪に抱きつき、耳を当てて音を聞いた。
埴輪は黙っているばかりで、かわりに鳥が一声あげる。
覆うものは何もない山頂を、太陽がやわらかく炙っている。
拾い上げた石ころをひとつ放り捨てれば、
木の幹に当たり、その葉がはらり、はらりと落ちていった。
そのときわたしは、生への気概を持っておらず、
石棺の中の御仁に一緒に眠らせてくれと乞うたが、返事はなく、
埴輪の横に立ち続けたがそれもまた昼間の夢でしかなく、
あきらめて山を下った。
時に振り返り、山の木々を、山肌を見つめてみた。
ひとり歩く細い道の上で、みたび鳥が姿を見せ、声をあげた。
上滑りする人間の言葉ではない、動物の叫び。
黒い影が山道を、天から隠していた。
あの山の日は、いつのことだったか。
薄暗い部屋の片隅、壁にもたれてじっとしている。
カーテンの向こう、朝のひかりが薄く近づいている。
投げ出した両脚の剥げたペディキュア。
生への気概が、また今ここにない。
読み上げた字が声になって、耳底にまとわりつく。
くさったヘドロのように。
面倒さに目をつぶり、ペットボトルの水を飲む。
しばらく口に含み、おもむろに喉に通す。
飲み込んで首をゆすれば、前髪がはらり、はらりと落ちてくる。
掬い上げた時間がこぼれてゆく。
拾い上げた空間が転がってゆく。
掴めず。
封を切った封筒が、白い紙切れが床に横たわってこちらを見据えている。
選出作品
作品 - 20080623_965_2854p
- [佳] はらり (改) - ともの (2008-06)
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はらり (改)
ともの