夜の道を、ゆく。
季節を愛おしむわけではない。
散歩のための、散歩だ。
ほの白い街灯を頼りに、ただ進む。
あたりに自分の歩みを散らしてゆく、散歩だ。
道の真ん中に、拳がひとつ落ちていた。
蛙だ。
怯えて、奴をそっと避けながら、ゆく道だ。
夜を、歩いた。
生まれ育った街ではなくとも、何年か暮らした街を。
そこかしこに、小さな地雷が埋まっている。
除去されていないことを、また確かめる。
ずれた靴下を、直しながら見上げたそこは、
覚えがある場所だ。
いたたまれず、逃げながらも振り返る。
逃げながら、小学校をのぞく。
誰もいない校庭が見えて、
銀杏の葉っぱの揺れる音に、
追い立てられる。
早歩きで、懸命に、逃れる。
月のない夜だ。
星も見えない街の中、電気の明りが空に反射する。
漆黒ではない、濃紺の空が、わたしの夜だ。
時折人とすれ違い、この世界の存在を知る。
朝も昼も、おおよそ社会でいきている自分は、
胡麻粒だ。
けれども、いまここにある自分は、胡麻粒ではない。
何かは未だ知らないが、
たしかなことは、
胡麻粒ではない、何かであると、いうことだ。
ジョキングのおじさんに追い越され、
ウォーキングのおばさんとすれ違い、
教会の前で懺悔をし、お稲荷様に手を合わせ、
神社の鈴を鳴らし、お寺の石段を登る。
よそ様の表札を一軒ずつ読む。
右足、左足、右足、左足。
進み、戻り、進み、戻る。
蛙がまだ、さっきの場所にいる。
濃紺の空の下、胡麻粒ではない自分を、
この夜の世界に位置づける。
散歩することで、位置づけてみる。
夜を歩きながら。
選出作品
作品 - 20080520_097_2774p
- [佳] 夜を歩く - ともの (2008-05)
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夜を歩く
ともの