選出作品

作品 - 20071029_042_2414p

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実験的舞踊(1)「神話〜my・thol・o・gy〜」

  葛西佑也

人身事故で
大幅に遅れた
電車の到着
ぼくたちは明日
生まれたらよかった
性器がぬれ始める前に
それは宗教的に
間違えでしたか
ねぇ?

考えよう 気がつけば、一つ前の駅で降りてしまったから、これから死のうと思った。その前に絵本を描きたいと唐突に思い始めて、ルーズリーフを取り出した。適当に線を描きこんでいく きんちょう で 手が震えた。思いのほか、美しいギザギザがあらわれたので、カミナリに関するお話にしようと思います。考えよう? 一生に一度だけ、ほんきで線という線すべてへの悪意に満ちていた日、その瞬間、きみは何かつぶやいた。考えてしまったら負けなのだと、ぼくたちはただ、あの人を愛した、見返りなんていらない。

カミナリ
空間は繋がる
ことはない
赤ん坊がふたり
土手の上
自らがうまれた理由
について語り合う
(指と指で触れ合う)
前日は雨でしたから、
泥濘
足をとられ
身動きはできない

数百年昔に、この土地を耕したであろう農夫は、傷だらけの拳を天に向って突き上げて、
「お花畑はどこですか? ワタクシにも神話を教えてくださいな。 ワタクシは空腹なのですよ。」と叫んだので、次の日はやはり雨なのでした。

赤ん坊が積み上げた、世界の誕生にいたるプロセスはすべて流されてしまったから、ぼくたちはカミナリを知らないし、知る術も持たない。赤ん坊を抱くこともなく、神話から削除された たくさんの母親たちは、それが世界からの虐待だと知ることもなく、見てくればかりが鮮やかな花々の命を奪い、いつかは枯れてしまうアクセサリーを量産した。彼女たちは、自分たちが奴隷であるということさえも知らないで。

(ぼくたちは、それを生産性のある自慰だと信じてやまなかった。そのために眠ることさえもできないから、呪われているのか?)

どのような形でも
語られることのない
階段をのぼりはじめた
目的地へ辿りつくまでの
間に向き合うであろう
たくさんの生命は
カミナリによって
失われました
ぼくたちは明日また
生まれるの
でしょう


交差点では、飲酒運転男が罪のない子どもたちの人生を奪いました。それは嵐の日でした。形を留めていない子どもたちのからだは、ちに染められて、そのすぐ傍では、無数のアルミ缶が転がっていたのだろうか。昨夜の性交は決して、その子どもたちのためではなかったのだけれど。男の酔いは覚めることもなく、明日からは労働者として、子どもたちのいない世界へと帰っていくのですか。彼はカミナリのお話を知るはずもなかった。つづりはわかっていても、発音することのできない言葉を、いくつもの言葉たちを、駅のホームに落書きした。湿気を含んだ、チョークの粉は幸せの象徴ではなかったのですか。

神話は
ある日
知らず知らずのうちに
創り出された
それでもカミナリを
知る人はいない
(彼らは神話から
 削除されました)

世界でももっとも有名な神話の中のひとつでした。たしか、雨は止んではいませんでしたが、快速電車が、だれかのビニール傘を八つ裂きにした光景をぼくは忘れない。だから、思い出す必要もありません。生きるための方法など、なにひとつありませんでした。奴隷であることを認めること、認められること、それだけは忘れてはいけないことでした。

一家はみんな死んだので、あそこは空き地になった。だから、もうだれも住んだりしないでしょう?(生命は芽生えません、ね。)それが、カミナリの神話だった。カミナリの神話にはカミナリが一切出てこないらしいのだけれど、それは、思い出さなくてもいいからで、ちょうど快速電車のように。ぼくたちは、明日も生きているから。となりには愛する人がいて、それだけでじゅうぶんでした。ぼくたちはだれも神話を知らない。

* 掲載にあたり、原題の丸数字を「(1)」に置き換えました