選出作品

作品 - 20071004_114_2365p

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地蔵盆

  兎太郎

さいごの地蔵盆に 少女はおかあさんにお化粧してもらい 
お地蔵さんになる
かのじょの宝の箱はいっぱいになったので 
しずかな感謝のきもちで 少女は鉦(かね)をたたき 
年下の子どもたちにお菓子をくばる

つくつくほうしの行列が 昼さがりをあるいていく、
二度とくることのない夏休みをとむらいながら
お地蔵さんの少女にささげられる
原色の女の子のわらう顔 仮面のヒーローの生真面目にゆがんだ顔
少女のこころはなぐさめられる、
プールがえりの子どもたちのけだるい影法師にも 
子どものまま逝ってしまった者たちの到来をつげる風鈴の音(ね)にも

「あれ、血がおちてる。いややわあ、夢みるわ」

踏みきりにたくさんのひとが集まっていた
ほんとうに線路にあったくろく泡だつものに 
そのとき少女は繋(つな)ぎとめられた
真夜中に遮断機がとつぜん目ざめ 
いのちのないまま もうひとりのおかあさんのように歌いだすのを
それから少女は何度きいたことだろう

その踏みきりのむこう側にならんでおられたお地蔵さん
おかあさんと日赤病院にかよっていた頃 かならずお参りしたものだ
白い顔を咲かせたお地蔵さん
おかあさんはその口に ひとつひとつ まっかな紅をさしていた
それからふたりで合掌した
とかれた手はふたたびへその緒のようにつなぎなおされた 

もうながいこと少女はその踏みきりをわたっていない
籠からうずらがにげて そのむこうの空にはばたいていったのは 
あれはなん歳のときのことだろう
いつのまにか募(つの)っていたあこがれが うずらの翼を鴇(とき)色にかえていた
まもなく少女は 
日赤病院の打ち棄てられた裏庭のひんやりした土の上
ひとつの鴇色のなきがらとなるだろう 

ひぐらしがけんめいに今日の暑さを終わらせようとしている
ラムネを飲みながら 携帯ゲームをしている男の子
友達になって。といっているその背中に 
お地蔵さんになった少女はしずかに 遠いまなざしをそそぐ