選出作品

作品 - 20070710_937_2194p

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七月、猫連れ。

  紅魚


そこは悲しみが悲しみのまま降る場所だったので、
あたしはあたしでしかなかったので、
猫を連れてきたのは正解でした。

ぬるすぎる水の底
金魚たちは丸くなって溜息を吐いています。
落としたヨーヨーが割れてしまって
小さな子供が、死んじゃった、と泣いている。
路面に張り付いた極彩色の残骸は
まるで、
轢かれた蛙の腑のようです。
わざと踏み散らして歩いてやった。

右手に齧りかけの林檎飴握り締めて、
あたしもぽとりと泣いてみる。
夢の世界のいきものみたいに
あたし、
優しくなりたかった。

ねぇ、猫、
双子の星ごっこをしよう。
あんたがチュンセ童子、
あたし、は、ポウセ童子。
星の千年があたしを駄目にする前にあたしは是非とも泣き尽くさなくちゃならない。

だからさ、つまり、
あたしには純粋がとてもとても必要だって、
そういうこと。
それだけ。

赤い鳥居はくぐりたくありません、
かざぐるまがカラカラ舞うから不可ません。
鬼さんこちらと狐が笑う、
翳した尻尾の先に赫の華一つ。
触れちゃあ不可ないよ、
指が爛れっちまう。
だってあんたの夢だもの、
とてもとても重いンだよ。
こんこん!

そこは悲しみが悲しみのまま降る場所だったので、
あたしでしかないあたしは酷く頼りなかったので、
猫を連れて来たのは正解でした。

さぁ、
星が出た。
あれがチュンセ童子
ポウセ童子はあっち。
遠くのお囃子は星渡りの銀の笛。

微かな祭りの喧騒が、
耳雨になって降り注ぐ。
ねぇ、猫。
きちゃったね。
こんな所まできちゃったね。
どうしてあんたのまなざしは
そんなに真っ直ぐなんだろう。

林檎飴はもうありません。
優しくなれる筈だったけれど、
林檎飴は、もう、ありません。
隣のあの子ももういません。

こんちきちん。
こんちきちん。
全て七月の出来事です。



***
チュンセ童子、ポウセ童子:宮沢賢治『双子の星』より。