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紅魚

選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


  紅魚

 
水が流れるから
行かなくちゃ。
呼んでる、
哀切のジンタ。
秋風が運んできたんだよ
ご愁傷さま。

青い青い青い空の青い巻き上がるよな螺旋の感覚に頭の天辺から急速に絞られるようで泣きたいのだか笑いたいのだったかそれさえもう判らない其処にあるのは反作用の重力だけ。左廻りに浮遊する重力――。

秋の空は嫌い、
秋の空は嫌い、
何処かに行ける気になるからね、
本当は何処にも行けないのにね、

彼岸花が咲いてます。
空気に流れだす紅色がまるで焔みたいで
一等好きな花なのに
僕は恐くなってしまったりもする。
あのね、
ごんぎつねの葬列を思い出すんだ。
これは内緒の話。

風のゆるやかが髪を揺らすのが水に巻かれるのと酷く似ていてその重苦しい安堵にうんざりしそうな自分が嫌い飛ぶ夢を見なくなったあの日を思い出したくなくて必死で藻掻いている。喪失が僕を酷く不安にさせる――。

見世物小屋が出ている。
猫娘がしきりに手招き。
祭りの住人になりたくて、僕は、
カルメ焼きの馨で生きているつもり。
金魚と一緒に泳げる、つもり。
ペロリと出した舌先は
林檎飴の紅。

水が流れるから
行かなくちゃ。
あれはビイドロの音色。
真っすぐ行くんだよ、
間違うな。

見渡せ過ぎて怖かった。
烏瓜が揺れていて、
百舌鳥が啼いたりしていた。
右を向いても秋で、
左を向いても秋だった。
何処までも、秋、だった。
青い空と彼岸花と、
昼の月。  
 


思春期の梦

  紅魚

見えたのは白でした。
風が酷く温(ヌル)かったのです。
彼の人の背(セナ)は虚ろに細く
軟水のように緩やかで
そこで溺れることも出来ません。
有り得ない桃源の底
拡散の手足が百八つ

汽車の律動が遠くからやってきます。
ピィルリと軋むのは瑠璃鳥の聲です

意味もなく駆ける
水を得たように、はしゃぐ
あの背(セナ)に触れたら
呑んで貰えると夢想したのです。

静かに降るあれは何でしょう
何だかとても生きている心地がしないのです

何處かで萌芽の音がします
夜が明ける、
空には月二つ
尾鰭のある赤いのと
鱗のある白いのと
滴るようについてくる
まるで
そう、
眼球のようです
標本にしたいような。

口を開けば
りろりろと音がする
夢ばかり見るから
とうとう入り切らなくなったのです
困ったことにあたしは
雑音を抱えたまま
世界地図を指差して
彼の人に尋ねなければならない

「これはあなたの落とした卵ですか、」

彼の人の笑みは
きっとメサイヤのようです。

水滴が落ちて
空気に波形の動揺が押し寄せる
何處かで萌芽の音がします
砂時計とメトロノゥムが張り合えば如何なるのかを
あたしは知りません


九月童話

  紅魚


まずは、
背中の秋を追いかけて
レダの卵を採取しなくてはなりません。
(ゆめです。きづかれぬようにかくしてしまった、)

それは、此処からずっと北、
一つ長い橋を渡って弓なりに沿っていった先にありますから、
エノコログサのアンテナを
しっかりと立てておく。
(どじ、だからね、方向、見失わないように、だよ、)

左手はいつも海だから、
少し潮でべたつく風の道、
わざと押されるみたいに歩きます。
そのままぐらりと跳べれば好い。
長い髪がざわざわするので、
とたんとたんとステップ踏むあたしは、
きっと一心不乱のおばけみたいに見えます。

海面を跳ねるたくさんの白は、
海に棲む風兎です。
少年がいつか遠くの海で零した涙を呑んだ兎なので、
呼び寄せて、
一つ残らず抱きしめる、つもりで、
手を伸ばせば
凛、燐、と、
指先を呑まれる気配。
触れた先から青に還るその懐かしさに、
どうぞ?
と言われた気がして、
カラコロ瑪瑙の涙が一つ、
あ、あ、
零れた。
からり、からり。

あの体温が近付きます。
まちぼうけの半月がそこにはありますから、
呼び水みたいに、やさしい音の、空気の、波の、
それから夜の、
鼓動が鼓動が鼓動、が。
(可笑しいな。
ね、ぢつはrhythmでたらめ、でしょ、)

あすこに、
羽根雲の流れの先端辺りに、
石の鳥居です。
砂糖の焼ける匂いがする。
それから、
ぷ、ぺん、という、
チャンポンの音色と、おはじきのざらり。
喧騒は聞こえない振り。
白い幟の並ぶ、
ずっとずっと向こう側、
門の先、が、還る場所だと確認して、
小さく小さく手を振りました。
さよなら、
さよなら、
また、後で。

まずは、
卵、を採取しなくては、なりません。
(あれは、あれも、くがつのおはなし、だったよね)

秋の原に出ました。
此処は、プ****海岸というのでしょう。
だって、
あの鯨座の下、
ο星が降りて来た先の揺れる燐光の中、
露湛えた菊花を抱えて
君が、
ほろほろと泣いていますから。

何処からか流れてくるこの水は、
涙ではないようです。
淡水。
ああ、あ、あ、
これは君が零した菊の露ですね。

泣かないで。

ごめんなさいはもういいから。
なかないで、
なかないで、

真水の密度の中で、
あたしは不意に尾鰭を、
泳げることを思い出してしまう。
君に向かって走るみたいに泳ぎだしてしまう!!

(きみもあきにのまれそうだ、が、せいかい、ですね、そうでしょう?)
手を、
どうか手を、
伸ばした触れた指先から、
懐かしい青の気配。
あ、あ、
あれは君だった、
と。
(まって/またれて、い、た)

でたらめの鼓動の更にでたらめ。
半分の月差し出して、
ください、を言わなければならない。
レダの卵は君の中。
夢、でした。
気付かれぬように隠して、しまった。

心いっぱいの卵(と、きみ)、
月、満ちて、蜜。
始まった。始まった。
さやさやと、秋をこえる童話です。
まるい、まるい、まるい、
(たまご、つき、まりも、くじらのあたま、きんぎょのおなか、それから、)
繋いだ手、
鳥居の向こう、
還る夏の音
二人、
出会って林檎飴を食べに行く、
次は、
そういう
やさしいお話。


神様

  紅魚


一.
あたしが眠りを忘れるよりも前、
教室の窓からは寂れた遊園地が見えていて、
微かに聞こえる場違いに弾んだヒーローショウの声やら何やらが、
酷い倦怠感と眠気を途切れる事なく運んで来ました。
とろとろと眠りに支配されたまるで夢のような日々は
あたしの声を急速に衰弱させ、
あたしはいつしか
まるでその空間に埋め込まれてしまったように
動く事をやめてしまう。

(色のはげた観覧車がきりりきりりと廻ります。
ピンクの8番が降りて来るまで
四分だけ待っていよう、ね。

ポルカポルカ、ポルカ。
自動演奏の音は二度ずれて、
バラバラに解けて風に散る)

その滅びかけの王国を夢の片隅に追いかけながら、
眠りはいつでもあったのです。

潮風が髪をべたつかせるのであたしはいつも苛立っていて、
それでもとろりとした温水の眠りに絡められるよに沈むのに、
抗えるはずなどない。

貴女方が貴女方の貴女方を貴女方と──。
教室を細切れの貴女方に変えていく教師の抑揚のない声は
遠くなったり近くなったり揺れたり旋回したりしながら、
いつも一つの合図でした。
貴女方、の欠片になったあたしは酷く無力で、
木偶の坊のように項垂れたまま、
次の進化を待つのです。

二.
鈍行列車がゆきます。
乗る人のいない遊園地前で虚しく扉を開け、
それから海の方へとゆくのです。
たたんたたんと線路の鳴き声は、
単調すぎる律動であたしをいつもぼんやりとさせ、
一つ処にとどまらせてくれません。
あたしはいつしか灼けた道を潮風に逆らいながら線路沿い、
海の方向へ向かいます。
長すぎる髪はやっぱり酷くべたついて
時折それで首を吊ってみたくなったりしながら、
ほとりほとりと歩くのです。

泳ぐみたいに逸る胸は
何かに呼ばれているような心持ちですが、
辿り着いたところで誰も待っていないし受け入れられもしない事を
あたしはとても良く知っていました。

やどかり、浜千鳥、蟹の穴。
うちあげられた海藻の、腐臭。
はたはたと風化していくビニルの残骸。

人気のない海岸は確かにあらゆる生命に満ちていて、
あたしは出来るだけ息を潜めて、
裸足になってこっそりと歩く。
足の裏に砂。
足跡の窪みは小さな海です。
船虫がこそこそと甲を這う。
そこではあたしは異質でしたから、
あたしだけ無機質に乾いていましたから、
水を吸い込むばかりでとてもとても肩身が狭いのです。
ひっそりとひっそりと、
潮の馨を呑み込みます。
涙を精製して、
いつか、還るためです。

三.
それは決定的な青。
掻き分けて歩く風の色合いに気付いた時、
あたしは楠の果実の馨に倦んでいて、
聖域からじりじりと敗走を始めるところでした。

弁天池の石の上で甲羅干しをしている亀が
きょろりとこちらを見たのです。
あ、
と思うまもなく、
空気が閉ざされて
その時からあたしは眠りを追うのをやめてしまいました。

教師の声、遊園地の日々。
ポルカポルカポルカ、
さようならの王国、
とろり、とろり、たたんたたん、
かさかさの船虫と、
波の音波の音波の音。
動けないあたし鳥居の向こう。

眠らない日々はひそやかに蓄積されて、
あたしの中の眠りの記憶が少しずつ爛れてゆきます。

清涼な水が必要です。
涙を落としても濁らない、
それどころかゆらりと発泡するような、
海洋性の水です。
眠りの記憶を取り戻して、
あたしはきっと還らねばなりません。

その為ならば総てを許すと、
確かにあたしの神様は言いました。


夜ヲ泳グ。

  紅魚


【序幕:東ヘ向カウ】
呼ばれた気がしたから
振り返る、
ソラミミ。
カイヅカイブキのうねるような影に怯えて、
足が竦んでしまったのです。
バスの接近知らせるランプが、
少女を酷く不安にする橙色の点滅で急かすから、
彼女は、
揺られる眠りを諦めてしまった。
東向き、
ふらりのお散歩。
背中の空が紅い、なら、
振り返ったかも知れない。
助けて、
と、
呟けたかも、知れない。
けれど刻限は、手遅れ。
いくら睨んだところで、
烏は隠れてしまった。

【第一幕:星ヲ呼ブ】
青い、青い、
星座の夜です。
水瓶の少年。
あふれる水に魚は泳ぎ、
魚尾の山羊が葦笛を吹く。
天馬の羽ばたきに不思議の星は揺れて、
金の羊は、雨季に溺れる。
(あ、あ、おぼれて、しまう、よ)
囁きは海風に散って、
少女は、さみし、かなし、と俯く。

南の夜空に手を伸ばして、
掴む仕草。

(あれ。あのほしが、ほしいの)

彼女には空が高すぎて、
両脚揃えて少し跳ねてみたり、する。

(でねぶ・かいとす。くじらのしっぽ、)

光、包んだつもりの両手、
大切に、胸許。
尻尾掴んで引き寄せたら、くじら、降りてくるのじゃないかしら、と、
幼い空想に少し楽しくなって、
少女は、ふ、ふ、と笑ってしまう。

進路、変更。
くじらを追って、
南へ。南、へ。

【第二幕:星ノ弔イ】
金木犀の垣根、延々。
むせ返る馨に酔って少女はしゃがみ込んで。
あ、あ、の声。
足許、一面、
花、花
花。
(きんもくせいって、あきのそらのみずにおぼれた、ほしの、しがい。たくさんたくさん、ふる、のね)
指先、馨染めながら、
一つ、また一つ、
拾い集めて、ハンカチに包む。
(ねぇ、あたし、ないて、あげても、いいんだよ、)

仮装の子らがゆきます。
ゆらゆらとランタンを下げてゆきます。
楽しげな声、声。
(おかしなんか、いらないわ、いたずらが、したい。あぁ、ちがう、ちがう。そう、あれはきっと、そうれつ、なのです。)
光まとう電波塔へ向けて、子供らはゆきます。
ゆらゆらと、ぼわぼわとゆきます。
後をゆきながら、少女は、
集めた花をぱらぱらと散らす。
踏みつぶして、歩く。
散華。
星の、埋葬。

【第三幕:夢ノ月ノ水】
月。
半分より少し大きい。
(あれはきっと、きみにあげたぶん、ね、)
泳ぎ疲れた少女は、
車窓から、ぼぉやりと見上げている。
きっと、あの水気を含んだ象牙色は、
口にすれば蜂蜜の味なのだと信じている。
いつしか、微睡み。
(みちたこれは、やさしいやさしい、つきのみず、かしら、つつむみたいな、こえ、が、)
柔らかな声を、夢に聞いて眠る、とろり、とろり。
あんまり夢が幸せだから、
終点告げる声まで、
彼女はいったりきたり、
ゆらり、由良、由良。

窓の外、
海も、眠っています。
粘性のとぷりの底に、
哀しい魚を閉じ込めた海。
濁った水の底にも、
と、いつだったか、彼女に呟かせた、海、です。
水面のぎらぎらを見たくないから、
少女は、醒めても目を開けません。
睫毛を微かに震わせながら、
額を窓につけている。
振動が優しく頭を揺さぶるので、
そのまま、また、
とろとろと眠りに落ちてしまうのです。

【終幕:夜満タス燿】
雲の白。
いつの間にかふるふると。
雨は降らせない雲です。
流れながら淡く光る、
夜空の水母。
月と、遊んでいます。
少女は細く、細く、歌を唄いながら、
眠たい顔。
さみしくなって
わ、と走ってみたり、
不意に立ち止まって、
月に手を振ったりしている。
ブランコに乗りに行こうか、と考えたり、
こんぺい糖を、しゃりり、とかじったりする。

握り締めた手の内に、
やがて、鼓動。
夢に聞いた柔い声を思い出して、
嬉しくなって。
ふわ・り
少女、は、微笑む。
(おかえり、なさい。おかえり、)
淡い発光に夜道を透かして、
ゆっくりと家路を辿り始めます。
お散歩はおしまい。
この上なく優しい、夜の、始まりです。


七月、猫連れ。

  紅魚


そこは悲しみが悲しみのまま降る場所だったので、
あたしはあたしでしかなかったので、
猫を連れてきたのは正解でした。

ぬるすぎる水の底
金魚たちは丸くなって溜息を吐いています。
落としたヨーヨーが割れてしまって
小さな子供が、死んじゃった、と泣いている。
路面に張り付いた極彩色の残骸は
まるで、
轢かれた蛙の腑のようです。
わざと踏み散らして歩いてやった。

右手に齧りかけの林檎飴握り締めて、
あたしもぽとりと泣いてみる。
夢の世界のいきものみたいに
あたし、
優しくなりたかった。

ねぇ、猫、
双子の星ごっこをしよう。
あんたがチュンセ童子、
あたし、は、ポウセ童子。
星の千年があたしを駄目にする前にあたしは是非とも泣き尽くさなくちゃならない。

だからさ、つまり、
あたしには純粋がとてもとても必要だって、
そういうこと。
それだけ。

赤い鳥居はくぐりたくありません、
かざぐるまがカラカラ舞うから不可ません。
鬼さんこちらと狐が笑う、
翳した尻尾の先に赫の華一つ。
触れちゃあ不可ないよ、
指が爛れっちまう。
だってあんたの夢だもの、
とてもとても重いンだよ。
こんこん!

そこは悲しみが悲しみのまま降る場所だったので、
あたしでしかないあたしは酷く頼りなかったので、
猫を連れて来たのは正解でした。

さぁ、
星が出た。
あれがチュンセ童子
ポウセ童子はあっち。
遠くのお囃子は星渡りの銀の笛。

微かな祭りの喧騒が、
耳雨になって降り注ぐ。
ねぇ、猫。
きちゃったね。
こんな所まできちゃったね。
どうしてあんたのまなざしは
そんなに真っ直ぐなんだろう。

林檎飴はもうありません。
優しくなれる筈だったけれど、
林檎飴は、もう、ありません。
隣のあの子ももういません。

こんちきちん。
こんちきちん。
全て七月の出来事です。



***
チュンセ童子、ポウセ童子:宮沢賢治『双子の星』より。


砂の埋葬。

  紅魚


たいせつなものは
いつだって砂の中。
積み上げても積み上げても
ほろほろと崩れてしまう蛍光性の粒子の奥、
そろそろとうずめてしまいたくなります。
波打ち遠く、
ひっそりとひっそりと隠したその隣に
あたしもそうっと横たわって、
くるぶしを砂が掠める感覚に、
身じろぎしたり、してみたいと思うのです。

しゃがみ込んで、
あなたのつま先に、砂を、かける。
ぱらぱらと散るそれは、
大半を風に流されながら、
それでも、
辿り着いた幾粒かは
カチリとした長石のような爪に弾かれて、
きっと、
花火のように色彩を変えてゆきます。

(うごか、ないで、ね、
  こぼれちゃう、よ。)
あたしの要求に、
あなたは応えてくれるでしょうか。
くすぐったさをこらえて、
じっとしていてくれる、かしら。
いいえ、いいえ、
きっと、
無理だよ、って、
口許にしわ刻んで、笑うんでしょう。
あたしは、
その、やらかい唇から滑り落ちた、

  む。

   り。
  だ。

   よ。

の、優しい響きのひとつひとつにも、
丁寧に、丁寧に、
祈るよに、
砂を、かけてゆきます。

(あたし、
 ほんとうのさいわいを
 ねがったり、しません。
  あなたとの、あんねい。
  それだけが、ほしい)

ぽつぽつと散らばった、
小さくてまろやかな塊と、
苦労して、どうにかうずめた
あなたのつま先、と。

陽光と不可思議な風紋に彩られた、
白い一群は、
さらさらと静かに風化してゆく、
この上なくやわらかな、
あなたの、墓所。
つまんだ砂を
はらはらと零し続けるあたしは、
その忠実な墓守りに、なります。

波の音、波の音、

波の、音。

     内側に、あなた、内包した、
 温かな、砂に、寄り添い、ながら、

潮騒を子守歌に、
いつしかあたしも、
さらさら、と、
さらさらと風化、する
砂の眠りにつくのです。

文学極道

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