日曜日にわたしは、レジャーランドで、クリスタルのユニコーンを買い求め、夜のバスで家に帰る。窓の外は、暗がりの裂け目。
窓には夜の空。自宅の浴室でうっすらとしたヒゲをそり、黒いセーターに着替えた。まだ肌が乾かないうちに、わたしは、部屋の窓から外を眺めていた。駐車場に、広く雪が積もっている。街路樹がわずかに揺れて、雪が落ちる。遠く、馬のいななきがある。近づく、ひづめの音は、雪に消されるかのように、静かに。明かりに照らされる馬の背から、だれかが降りる。ほかにひとのいない道に、影が歩く。ゆっくりと、下まで来て、止まる。影は上を向き、わたしに向かい手を差しのばす。冷たい窓ガラスを通り抜け、わたしの手の甲に、指を置く。
ゆっくりと甲から内側へと、指をすべりこませ、温かい。握りしめる。
(−−落ちる)
わたしの体が、ガラスを突き抜ける。下の駐車場は、森に一変する。声を出せずに、わたしは影に抱きとめられる。弓のように、影はわたしを迎える。手を回す、影の背は、細い。その顔にかかる髪に、わたしは顔をうずめる。甘い香りがする。白い光がわたしと、女を照らす。金色の、ウエーブした髪に、白い肌の、大きな目が、深い。わたしは、女にもたれかかったまま、息は荒い。額に汗がにじむ。
素足の下には低い草が生えている。森の開けたあたりに、馬がいる。白いその馬にわたしたちは近づく。女に身をよせる馬の頭には、角がある。
(わたしはどこに行くんだろう)
先に女が馬に乗り、わたしは女の手に引っぱられ、その馬に乗った。
地を見下ろし、ゆっくりと、白いユニコーンは進む。
地平を揺らすのは、深い森と、ユニコーンのひづめで、わたしを揺らすのは、女の背中だった。
女はわたしの手を自分の胸に持っていき、
頭上で/鳥が/鳴きながら飛んでいく/発音した。
わたしの喉は渇いている。
泉の前で、ユニコーンから降り、深い緑の葉の上で、わたしたちはもたれあう。女が縁の濃い目で見上げる。女はわたしを見つめ続ける。わたしはそっと視線を落とす。
自宅の前に立っていた。戸を開けて、息をひそめるように部屋に戻り、あるもので朝食を済ませる。薄いカップに紅茶を入れる。湯気は見えない。母は田舎に帰っていることを思い出す。リモコンでテレビをつけるが、ミュートにして音は出さない。低い音が蛍光灯から聞こえる。窓ガラスのそばにある水槽で熱帯魚が一匹、水草を背景に泳いでいる。テレビには森が映されている。一人の女が歩いている。女は、森の開けたところに立ち、こちらを振り返る。女は無言のまま、その目が痛い。
カップをそのままにし、わたしは洗面所に行く。指を鼻の上にすべらせる。歯を磨き、それからテレビを消し、わたしはアルバイトに出かける。雪の残る道を、自転車を走らせる。風が吹く中、空は電線で区切られている。白い風景が次第に、固いアスファルトと、コンクリートの色彩に変わっていく。手の冷たさに、コートのポケットに片手を入れる。駐輪場の前で、自転車を降りる。いつもの場所に置いて、わたしは駅に向かう。歩いていると、首が寒いので、手を当てると、金色の長い髪が指に巻き付く。わたしは、そっと、髪を風の中に、落とす。
わたしの前を車が走り去る。
冷めた街で、わたしは、胸のポケットから定期入れを探す。深い緑の葉がでてくる。わたしは、ゆらりと改札口を抜けた。女の名前を頭の中で繰り返す。あごを、一人さすり、ホームの人混みにまぎれる。乗車位置に立つ。わたしは、斜めに空を仰ぎ、待つ。
白けた街並が続いている、その裂け目に、ユニコーンのいななきが聞こえる。鳥が/ホームの上で羽根を散らす。その小さな羽がズボンにつく。触れると、ゆっくりと落ちていく。ズボンのポケットのふくらみ、手を入れる。中から白い紙に包まれた、クリスタルのユニコーンをだし、手の平で、陽にかざす。
白銀の景色、降り注ぐ金色の/
女の髪の中で目覚めた、その朝に−−。
選出作品
作品 - 20070503_087_2042p
- [優] ユニコーン - みつとみ (2007-05)
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