血も抜けたのだろう、冬の空は乾いている。遠くで鳥の鳴き声がしている。車のデジタル時計を見る。空腹で気持ちがわるく、くらみを覚える。午前9時。いや10時だったろうか。もう時間など意味はないかもしれない。昨夜、車の周りにいた数頭の狼らはいなくなっていた。眼鏡のフレームを人差し指で上げる。ライターをジーンズのポケットに入れる。おぼつかなく、車の外に出る。荒れ地を歩く。だるい。ふらつく。空を仰ぐと、ただ青い。風が吹くたびに、荒れ地に点々とした錆びた色の草が波打ち、地平まで広がっていく。振り返るときのうまで、後方の草原という海原でひとり漂流していたのがわかる。空っぽの胸のなかまで、風が音を立てて、吹き込んでいく。
荒れ地を歩いた、スニーカーがこんなに重いなんて。石をふみ、小さな枯れ木をまたぐ。茶色い鳥の羽根が落ちている。ただ歩く、そのざわつく肺に、吐き気がして、腰に手を置く。頭が熱くなる、視界に光の尾がいくつも回り出す。身体が固いものに押しつけられたように傾く。意識が渦のなかにのみこまれる。ゆっくりと地にひざを付け、わたしは倒れてしまった。
寒い空の下で、わたしは汗をかいている。なにかの影が頭上を横切る。額から流れた汗がこめかみをつたう。幼子のように体を丸める。いだかれたい。枯れた草がわたしを包み込む。ずれた眼鏡の位置を直しながら、眠る。草の端が口の中にはいる。乾いた味だ。そのうちなにもわからなくなる、まぶたをとじた闇のなかで。
手で宙をはらい、仰向けになる。うっすらと目を開けた。ぼやけた視界がしだいに明らかになる。地べたから見上げる空は、透明な青い色。眼鏡のレンズ一枚分隔たっている、距離。手を差し伸ばしてみる。何もつかめない。薄ぺらい雲の隙間から、太陽が現れてくる。ゆっくりと。なにかの影に隠れる。風が地を這ってわたしの顔を撫ぜる。空には何もない、風の音。手をおろす。乾いた砂地に指が触れる。砂をつかんでみる。その手のなかの砂から、わたしは浸食されていった、目をつむる。のどが渇く。水を飲みたい。口を開ける。水の代わりに乾いた風が口のなかに吹きこむ。風にさらされ、わたしはゆっくりと冬の砂漠になる。
頭上で何かが鳴いた。片目を開く。わたしのまわりを旋回している。鳥らしい。大きい。その翼を見ながらも、身体は動かない。
(朽ちるのか)
そうぼんやりと考える。骨になったわたしを、乾いた風が遠く海へと運んでくれるのだろう。
両目を開けると、冷めたい太陽が空一杯に広がっていた。まぶしい。白い光の輪の中心から、斜めに光の槍がわたしに振り下ろされている。光の槍につらぬかれ、砂となったわたしの身体は、風に吹き飛ばされていく。
細胞一つひとつが、砂となり、宙に吹き上げられていく。わたしの意識が、舞い上がり、四散して、ふいに脚を前にだした鳥が勢いよく突き抜ける。
そしてわたしは、鳥の爪によって、地上に、叩き落とされた。
選出作品
作品 - 20070305_674_1898p
- [優] 砂漠となる(改作) - みつとみ (2007-03)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
砂漠となる(改作)
みつとみ