じんるいはみなひっこしをしてください
ふいにラジオから流れてきた声
母は
食器を新聞紙でくるみはじめる
姉は
要らない洋服を袋に入れる
姉は
忘れていた写真をゴミ箱に入れる
わたしは慌てて
宝石箱をあける
父だけが
所在なさげに
釣り糸を庭にたらす
宝石箱のなかには
将来もらう結婚指輪や
蛙のブローチや
たくさんのロザリオ
そのなかでみつけてしまった
Dという刻印
じんるいはいっこくもはやくひっこしをしてください
墓場に置き去りにした
友達のことを考える
落とし穴に落ちたら
棺桶の遺体と入れ替わるのだ
そんなことを考えてしまい
気付く
置き去りにされたのは
わたし
はやくはやくはやくはやくひっこしをしてくださいはやくはやくはやくはやくひっこしを
ラジオが息絶えた
街には引っ越し先を探す
ひとのむれ
父だけが所在なさげに
アスファルトに倒れている少女の
ぽっかりあいたくちに
釣り糸をたらす
お父さん
それ、わたしなのよ
Dという刻印をもらってしまった
わたしは
それがほんとうのわたしの名であるのか
できそこないの印であるのか
頭を抱えて
釣り糸をくわえている
「わたし」の面影がぞろぞろ釣れる
そうしてからっぽになる
いきつくさきは墓場である
みんなてをつないでねむる
わたしはぽっかりと口をあけて
Dそのものになっている
選出作品
作品 - 20061204_752_1687p
- [優] Dという前提 - 三角みづ紀 (2006-12)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
Dという前提
三角みづ紀