海を眺望するために
首筋の汗をタオルで拭き、
どこまでも蝉の声に染まる山道を、
ふたり まだすこし歩く。
水気を含んだ草の色にさわぐ虫たち
土の匂いの蒸す、マテバシイの並木がつづくと
ゆるい勾配に散らばるのは
落ちた枝葉や いつかの木の実。
細く切りとおした山肌の途、
涼しげにゆらめく葉蔭に身を寄せて
丸太椅子に座る妻へと
背負いのリュックからとりだす
双眼鏡と 水筒。
そのとき、風がトンビのように滑空し
奪おうとした、夏の記憶
海に狂い咲く、入道雲たちが
白く 眩しく もくもくとカタチを壊しながら、
出鱈目な しかし堂々とした姿で
図太く あからさまに浮かんでいた。
「おべんとう、幕の内だからね
「あー 待ち遠しいな、おべんとう
先行く子どもたちは、
きっと今ごろ 山の頂きに立ち、
とうに江ノ島と富士を臨んで
海にうかぶ 沢山のヨットを数えている筈だ。
水筒にいれたカルピスを 僕も飲み、
双眼鏡を仕舞う
お楽しみは あと暫く我慢、
さぁ、ふたたび歩こうか。
(註 マテバシイ―ブナ科の常緑高木。実はどんぐり。
選出作品
作品 - 20060715_378_1415p
- [佳] 入道雲 - atsuchan69 (2006-07)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
入道雲
atsuchan69