ローサは表通りのブライダル用品店で
働きはじめて2年になる
頭上にそびえるオフィスビルの
硬質ガラスに跳ねかえる
朝日を見ながら、店の前の道路に水を撒いている
青ざめた空気の向こうに地下鉄
のランプが点灯している
オフィス街の谷間に残された
インナーシティには古びた
がらっぽのビルがいくつも
ならんでいる
そんなビルのうちの一つの
細長い壁面には
巨大なマラソンランナーがゴール
のテープを破っている
オリンピックの年に
つくられた壁画だ
最近、ハリウッドにある
夜間学校に通い始めた
そこは1学期3ドルという無料同然の
金額で、来たばかりの移民たちに
英語を教えている
木の床にならべられたイスに座り
夜の9時まで先生の課すテーマ
について英語で書く
朝、店の前を掃除しながら
ローサは「書く」ことに
ついて考ることがある
バスに乗って街のなかを
移動してゆくとき
目のなかのモザイクを
流れてゆく交通信号やテールランプの帯
あるいは
船底のようなスーパーのキャッシャーで
メキシコ人のパートタイマーたちが
ドル札をさばいてゆく指先
蛍光灯の下で削るようにペンを
走らせてゆくと
ありふれた風景の断片も
離れた土地に移り住んだ人々の生の表出を
いくつものレイヤーに
刻み込んでいることに気づくのだ
仕事を終えてバスを待つ時刻
日はかたむき、クレーンが吊りさがった空は
ファーストフードの広告塔や
ラジカセを持って歩く黒人たちを
鍋底のような闇夜のコントラストに
徐々に落とし込んでゆく
追伸
夜間学校で出会う日本人や韓国人は
感じのよい人たちで
ときどきスペイン語で話しかけてくれる
この国に来る前は
(アジア人といえば)
アルトゥーロの雑貨屋の
暗い棚の奥に座っている
無愛想な中国人しか知らなかったけれど
選出作品
作品 - 20060518_014_1271p
- [佳] ロシータ - コントラ (2006-05)
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ロシータ
コントラ