(車輪をつめてゆく土手で)
水面を繊毛が波うっている
よく見ればそれは日に焼けて日だまりをすいすいと持ち上げて
後ろからついてくる
船べりは岸辺に乗り上げてしまって
「腹減ってない?」と独り言を私は言った
このとき地元の青年団は結婚式を終えたばかりで
豊満な黒目から
たのしみがつきないように
少しずつ残されてきた男たちをあやし
立派な箱に入れられた杯をうけとらせていた
*
これでもう安心立命大丈夫
地表から払いのけられたのだな私
すこしでも
「わらいたいところだが」
こんなことだったらそそくさと筋骨隆々たる男たちをつれてきて
殺すために持って行かせればよかった
(スカートにこびりついているよ塩が)
大写しにされた塩が
何かひとつでも疑問をもちかけてくると
私はふんふんと頷いてやった
電信柱に貼られてあるこれらのチラシには
電話番号と時間が記載されており
ほんとうのことは教えない
ちょっとでも郊外に出て行くと通過して行く
自動車は無数に
尽きることがない
スニーカーに泥がこびりついていて
私はそのことも知らずに橋桁のそばにしゃがんでほおっと上を向いていた
陸橋の上を細い腕があらわな女たちが素通りし
船底を抜けてくる海水みたいな音がして
私は落ちていた雑誌を傘の先に引っかけて手繰り寄せていた
顔をあげると背骨がぱきぱきした
隣にいたまだ若い男が降ろしたザックからガスコンロを引っぱり出してお湯を沸かしはじめ
石と石のあいだの雨水が溜まっているペットボトルにぽつぽつと
再び雨が降り
それはどこまでも足をのばして
「死んだか死んでないかはわからないけどさ(と男は会話する
明日のこの時間には
単独登攀するんだ
俺もどこまでもついてくよ
だからおまえにもとっといてほしい(と男は私のしゃがんでいるそばにコーヒーを置いた
「最後くらい軽やかに決めてくれ(と私は橋の裏を仰ぎながら言っていた
いつしか私たちは浮かばれるんだろうか
と聞かれ
私は頷いた
(それはいつなのかわからない、時間との約束だった)
選出作品
作品 - 20060424_321_1193p
- [優] 「インスタントクラブ」と記されたチラシ - 樫やすお (2006-04)
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「インスタントクラブ」と記されたチラシ
樫やすお