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作品 - 20060217_806_981p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


触角としての、唇、の

  藍露

唇は生まれ変わる。触角としての。
研ぎ澄まされた輪郭をなぞって、
指がふるふると震える。めくれた
皮は粉雪のように舞っては、落ち
てゆく。夜明け。朝を感知する。
カーテンの間から射し込む光。赤
い突起物が鮮やかに浮かび上がり、
時間のお知らせがやってくる。生
まれ変わる、新しい感覚たちへと。
まるで剥きたての太陽みたいに。

触角としての、唇、敏感な、それは覚醒した惑星。

長い夜を超越して、渇いた空間を
潤してゆく。舞い落ちた粉雪は溶
けて、川になる。さらさら、と流
れる煌めき。眩しい、ひとつの線
になって。瞼の裏で反射する音を
聴く。唇は成長する。触角として
の。感覚、津波のように押し寄せ
る感覚。とめどなく、とめどなく。
ぴんと張ったバイオリンの弦。ど
こからともなく音楽が溢れ出す。

触角としての、唇、敏感な、それは眠らない楽器。

満月を齧る、朝。夜の足跡を掻き
分けて、きのうの忘れ物を拾う。
酸性の汁が飛び散る。クレーター
を舌で踏みならして、黄色い水滴
が垂れる。唇は変化する。触角と
しての。酸性とアルカリ性を分別
して、変色するリトマス試験紙の
ように、赤味を増す。口先を尖ら
せて、丸みを帯びたちいさな林檎。
じりじりと蟻の行列を呼んでいる。

触角としての、唇、敏感な、それは転生する果実。

文学極道

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