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作品 - 20060207_671_956p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


「ラフ・テフ」の切符

  ミドリ



誰かが部屋のドアをノックしたのは
その町に引っ越してきて 3日目の日の朝だった
コンクリートで敷きつめられた 廊下に背の高いカンガルーが立っていて
「ラフ・テフ」行きの切符を 僕に差し出した

カンガルーはすぐに荷物を纏めるよう僕を促し
木製のドアにもたれて スモークを一本吸いだした
僕は図書館に勤める母に電話を入れ
カンガルーが「ラフ・テフ」行きの切符を持ってきたんだと伝えた
母は忙しいからと 折り返し「ラフ・テフ」へ直接連絡を入れると言って
「ガチャン」と電話を切った

すすけたキッチンを ぼんやり見つめていると
カンガルーがぴょこぴょこ部屋の中に上がりこんできて
僕のケツを蹴っ飛ばし
「グズグズするな」と尻尾をひん曲げながら言った

新しい町に引っ越してきたばかりで
これから彼女が部屋にやって来るんだと カンガルーに告げると
面倒みきれんなといった調子で 首を振り
30分だけ待ってやるよと言った

カンガルーはお腹のポケットから
スモークをもう一本取り出し
半開きのカーテンから差し込む 陽光に目を細めながら
プファーと煙たいものを部屋中に撒き散らした

彼女が部屋にやって来たのは
それから18分後のことで
「チャオー」なんて言いながら
いつもの調子でトートバックを ベットの上に放り投げると
「なんだお客さん?」と
愛らしくカンガルーを見上げながら言った

きっと いつもの習慣で
コンタクトレンズをし忘れているのだ

カンガルーは 横目で彼女を見つめると
「今からこの男を連れて行く」と僕を指差し
ドスの利いた声で言うと
「ほーお」っと彼女はカンガルーと少し 距離を置くように言い
「これからマイ・ダーリンと私はデートなのだ!」と 言うが早いか
コップとか皿とかトランプとかデッキチェアだとか
手あたりしだいにカンガルーの頭にぶっつけた

「オイ、このアマ!」と
カンガルーが体中でぶち切れた瞬間
僕の体中の血流がどこかへ流れ出し
重力に引っ張られていく感覚が神経を縛る

何分か後かにあとに
ゆっくりと目を開けてみたらば
きっと どこかの国の海辺に立つ
芝生のある大きな施設の庭の中にいた

庭では芝生でランチをとる
テリア犬やシャム猫や オウムやトカゲやなんかが居たりして
ハンバーガーやピザや チキンナゲットといった
ジャンク系の食べ物を
ひたすらパクパクと両手で口にしていた

僕の後ろの
すぐ背中の近くに立っていたあのカンガルーが
そっと僕の肩を掴まえて
「ここがどこだかわかるかい?」訊ねる
ゆっくりと 首を横に振ると
カンガルーは柔に笑い
「ラフ・テフ」だよと そう言い放った

「彼女はと?」
僕が刹那に彼に問うと
「探して見ればよいさ もし彼女が見つかれば”ここに居た”ということだ」
そんな謎のような言葉を残して
カンガルーは施設の入り口の
正面玄関のガラスの扉の中へと ひょこひょこと前つんのめりに
姿を消していった

ふと目を足元に落とすと
テリア犬のかかとが
僕のスニーカーのつま先の上に乗っかていた
そしてじっと彼女は
黒い眼差しで
僕の顔を覗き込んだまま正視している

文学極道

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