選出作品

作品 - 20051019_670_642p

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落下する、衝動

  葛西佑也

空気が抜けてしまって
フニャフニャの
タイヤ
自転車は思うように進まず
空だけが移動していく
ぼくは
取り残されて
夕日は
水平線に足を入れはじめた
秋は落下の季節だった

焦りを感じ始めると
向かい風が
妙に強く感じられた
幸いこの日は
雨ではなかったけれど
世界はどうしても
ぼくという存在を
認めてはくれない
世界に逆行していると
気が付いたときにだけ
ブレーキを握る

今か今かと
紅葉を
待ちわびているのは
何もない日常に色を
添えて欲しいという
ほんのわずかな
わがままで
移り行く日々は
季節感を感じさせはしない
雨に濡れたブレザーの
独特なにおいにも
季節感はなかった

雨が降ったときのために
自転車に挿してある
ビニール傘は
柄が錆びはじめて
穴が開きそうだった
通いなれた道は
いつになく
無味乾燥で
目を離している隙に
全て
落下していく

夢を
追いかけていたこと
本気で
恋をしたこと
孤独を
さみしいと
感じられたこと

すべてはほんの一瞬で
それも気が付かないうちに
日常に
溶け込んでいく

外れてしまった
天気予報を
恨みながら
穴の開いた
ビニール傘を
気休めにさして
落下してくる雨と
一緒に
あらゆる衝動が
落下していく