透明なトルソの確かな炎の樹の
冬の乳房から滴り落ちた無垢の棘達よ
一週間の街燈を
隈なく張り巡る電流の鳥たちへ
荊の醸造工場が叩き落とした
灰と煤と塵
瓦斯室の瞋りを
それも後ろめたき吐露が懺悔し
赤葡萄の様に壊滅した諸々の嵐を咀嚼として
倦厭と惑乱
錻力のミニチュア蒐集家
裸の靴
水滴を纏う劇場
聯想は想像に撤かれた一握りの包帯でしかない
しかし誰が覗くというのか
永続に亙り時間を
斃れた時計の背後たる運命の偶然と
宣告をする
受話器の裁縫と解剖を
諸々の風洞に惧れ慄く絹の草花の
死後の窓縁から攫まれた趨勢の石臼達よ
林檎樹の一時刻を
寡婦達の
昏く長い喪葬へと続く黒森の炎へ擱け
血の棘達よ
白い墓地の瞋りを出生として
/
横臥する花束
生きた霧鐘より滴る劇場
渦を巻く逆円錐の建築門
低く高い多翼の額装に縁取られた丘陵のうえの一台の楕鏡
真鍮の蛇を巡る炎
脆く研磨をされた現像を撒く
誰か過ぎ去った椅子
咽喉への編集
映像としてのヴィジョン
老嬢を花殻を印象を隔絶せよ
佇む壁の前の
ガーベラの軸芯に開く囁き声
地下隧道の私も知れぬ埋葬
黄昏の優麗なる翼人達
或は幽霊共のオペラ
望遠鏡に過去を与えたもう網膜
網膜を外に
鼓膜の内に
茫洋として海棲の百合の殻を眺めた
死の死たる趨勢のさなか
飽食を来す機械的季候
幾つか忘れやらぬ瞳の記憶
戦禍に次ぐ戦禍
破壊を免れた
小さな修道院の
胸倉の小さな鳩の鳩舎
エリュアールの呼ぶ自由と
私達の呼ぶ自由
二十一世紀間に亙る
それぞれの制約を越境し
死者と私達が繋がることはできうるだろうか
そして、安らかに静謐を迎え
すべての沸騰花が時間より離れ来るまで
*
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20161011_396_9178p
- 空転 :
体言止めが多くて辟易する文体だけど、修飾は面白い。
渋沢とか好きなの?俺は好き。 ('16/10/11 00:24:20)
- 鷹枕可 :
空転さんへ
拙作にレスポンスを賜りまして允にありがとうございます。
澁澤龍彦史の著述-視点は非常に好みでございます。
「幻想博物誌」を切欠に、所謂欧羅巴の奇想創物史の片鱗に触発されることも屡々、
と云いましても私の澁澤の著作物への知識量等微々たるものなのですが。
体言止めに附きましては意図的に試みたのですけれど、少々度が過ぎたのかもしれません。
今後に於いて参考にさせて頂きます。
本拙作に対し僅かでも興味を覚えて下さりましたならば本望でございます。 ('16/10/11 12:20:19)
- 空転 :
澁澤龍彦は俺も好きだけど、じゃなくて、渋沢孝輔のこと。
紛らわしい言い方をして申し訳ない。
もし渋沢孝輔の作品読んだことないのであれば、ご一読をお勧めしたい。
参考になるか分からないし、好みかも分からないけど。
広義でいうところの鷹枕可さん的な手法は、様々に取り扱われてて、例えば榎本櫻湖とかここにも一作あったよね。
http://bungoku.jp/monthly/?name=%89%7c%96%7b%9fN%8c%ce#id-20130729_614_6973p
もっともこれは彼(彼女?)のかなり古い作品だけど。
もっと昔でいうとVOU同人とかの作品とかさ。
こういった手法を現在も使い、さらに拓いていきたいのであれば、(もうされていることかも知れないけど)ご一読されると、詩作に幅が出るんじゃないかなって思った。
お節介ですよねー、失礼。 ('16/10/11 14:53:29 *1)
- 鷹枕可 :
空転さんへ、
ご指摘、ご薫陶をいただきまして允に恥しく。ただ己の無学を噛締めております。
渋沢孝輔史と云う一巨匠たる詩人を、全きに於いて知らなかったものですから。余りに不勉強で、愚かでございます。
詩を嗜む者として允に不徳且つ痴愚であったと言わざるを得ません。
本作の様な方向性は、多くの過去形、現在形が試み、挫折し迂回し復、越境して行ったものと、私にもおもわれますが、
とすると何をして此れからの独創と為し、復摸倣として諦念を来すのか、今、岐路に有るのでしょう。
復、榎本櫻湖氏の過去投稿作を拝見させていただきました。
息の根を絶たれる程に、圧倒をされました。広範に亙る語彙と着想と何よりも精神力、体力、
傾れを打つ程の博識、また心像の列挙に、只管めまぐるしく制圧され、感嘆の一語では済まぬ程に絶句致しました。
私などでは到底書き遂せない、凄絶の極致をお辿りになられ、
復これからもお辿りになられるであろう允の詩人の一季節をも、
厖大に懐に収め乍ら屹立し已まぬ此の場所に、改めて畏敬、畏怖を覚えることも頻りでございます。
思い至りますに私は、愛想を尽かされる程に現代詩に疎く、興味に於いて消極的であったのでしょう。
遅きに過ぎる事ばかりではございますが、若し、是正に尽力を注がせていただき得る猶予を与えてくださりますならば。
此れからも容赦勿く、興醒めや酷評や、或は批評俎上に昇らしめるまでも勿いと断じる、洞察眼の程を下していただけますならば幸いです。
長々と言い訳めいた非礼の数々を陳述致しましたことを、如何かお許し下さい。
允に、失礼を致しました。 ('16/10/11 21:45:06)
- 空転 :
同好だと思ったから。
今度の文フリで俺も久々に言語派的な作品書いたから、今は頭が言語派なんだよねー。
手垢の付きまくった、古臭くて黴くさい手法だけど、好きだからしょーがないよね。
応援してます。お互いに頑張りましょー^^ ('16/10/11 23:31:25)
- 鷹枕可 :
空転さんへ
私は極端なマテアリストであったのですけれども。
詩の言葉は物象の様相描写などよりももっと底深く物象嘱目者たる人物精神の諸形態を記述し得るものだ、
等と考え鑑みるに至りました。
心像は科学的像の硬直を易々と超越し得ると、今は確信しております(抽象と現象の間で)。
現実は程々に苦く厳格なものですけれど。
応援してくださり、非常に嬉しゅうございます。
ともあれ、何やら何にやらをお互いにがんばりましょ。 ('16/10/12 08:02:43)
- 山田太郎 :
ものの見事に壊れている。
茫々たる無残なことばの残骸が、ここにあるわけだが、
興味をそそるのは、どうしてここまで悲惨なことばのむくろを、
平気でここにさらし、留めようとするのか、それが不思議でしょうがない。
一貫して言葉の廃墟が広がるばかりの詩。
もしそれを意図して、おのれのことばの無残さをさらしているのだとすれば
それはそれでおもしろい企てかもしれないが。
ここまでみてみると前作への評価は全面的に考え直さねばならない。
あれらもしょせんは、イメージの喚起力が叶わず、できあわせのことばを
タイルのように貼り付けただけのものであったような気がしてきた。
無残だ。それしかいうことはない。 ('16/10/14 09:54:03 *4)
- 鷹枕可 :
山田太郎さんへ
拙作にご講評を賜りまして允に嬉しく存じます。
google画像検索にてArmanと検索して頂けましたなら、
種々の使用性、意味を剥脱された道具の数々、
意図か無意味に基き毀され、再構成された鍵盤楽器、吹奏楽器、丸時計等を御覧になって頂けるかとも思われます。
用途の残骸としての不適格な「廃墟」、つまりそこには無益な美質の再発見と云う営為が作動していると、私には感ぜられるのですが。
それを創物の方法として私なりに――非常に拙くはございますが――摸倣した結果が、当作品の様な不出来にも附随していると洞察して頂けましたならば幸甚なのですけれども。
而して私の様な愚人に、詩的記述に於ける有用性や真実や現象が必要欠くべからざるものなのでしょうか。
私は無意味を認め、無意味を感受し、無意味に死にゆくだけでしょうが、それならば私の生涯の無意味をそれそのものとして記述する事は不条理たる条理に適ってはいないと、断ずることは相応なのでしょうか。
生意気にも程が有るとお思いになられるでしょうが、吾が廃墟を瞋り、復は無関心に過り去って行く皆皆様を、私は観客席で眺め、時には笑っていたのです。
>ここまでみてみると前作への評価は全面的に考え直さねばならない。
どうぞご自由に。私より投げ出されたあらゆる作物は――当然の事でしょうが――既に私の為の物ではないのですから。 ('16/10/14 12:07:30)
- 山田太郎 :
鷹枕可さん、真意がなにも伝わってないようですね。
わたしは言葉自体から受けた印象を語ったのです。
あなたが意図的に壊れたものや無益なものを描こうとしていたのなら
それはそれで必ず、無意味の美、無益の美が生じるはずなんです。
というか詩というのは本来そういうものでしょう。文学とは無用性のなかに
価値を置くのですから、ことさら
そんなことを強調しなくとも、いうまでもないことです。
あなたのいう無益な美質の再発見を意図したことが事実だろうとなかろうと
そんな意図通りに出来上がらないのが作品というものでしょう。
なんどもいうように、無意味の美であれ無益の美であれこの詩のどこにも
言葉として成り立ってないのですよ。それどころかことごとく壊れている。
じぶんで読み返してわかりませんか?
想像力の枯渇がみられるんです。それをカバーするために、
いたずらに言葉に言葉を重ねるだけという醜態をさらしている。
どのような意図があろうと狙いがあろうと、ここに書かれた言葉が悲惨なほど
壊れていること。それがじぶんでわからないようでは、もうどうしょうもないですね。
批評するだけムダだとはおもっていましたが、やはりムダだったようです。
前作では無理をやめて、肩の力を抜いた自然な言葉の湧出があり、
これは期待できるかもと思っていたのですが、残念なことです。 ('16/10/14 13:23:27 *4)
- 鷹枕可 :
山田太郎さんへ。
私は文盲です。
生憎、私には私の鏡が見得ないものですから。枯渇したと受取っていただけますならばそれはそうなのでしょう。
醜態を晒すこと、辟易を産むも皆様の反応からして充分に解り切っております。
イカレタ脳髄が何を喋ろうとも、喜悦も一瞬、絶望も一瞬。承認慾に奔走しようとも如何なる成果をも得られぬことは自明でもあると、精神的存続を諦めた末期を過ごし。
鈍麻は疾うに創造性を離断しシナプスは断絶し、ダダ捏ねることすら暗澹たる鬱屈の余命-半生。いっそ縊死への意思は硬直し籬には木薔薇蔓薔薇の類が繁茂し、
仮に非在の批評者を謎の運営代理人と仮定致しますならば、一切の希望は脱輪した二輪馬車より先のきりぎしであり
総ては落ちるだろうと曰くゴヤの串刺しの諷刺画は黒く自嘲を哂いつつ。
支離滅裂の肋骨は畢竟精神病院の寝台に哂いながら横死するほかすべなくして、耄碌は何処ぞの他人事。そこのあなた、あなたも、あなたもあなたも自が死を見てご覧。
晩年は克明に刻銘に疾く奪われてゆくのだ。
莫迦は薬で飼い馴らせ。誰かこいつのクダラナイ饒舌を切り落せ。
等々。ありがとうございました。 ('16/10/14 15:32:42)
- 野良猫ニャンコ :
むしろこのコメントの方が詩的センス高いというwww ('16/10/14 15:43:13)
- 山田太郎 :
Armanという語彙をgoogle検索にかけたところ、なにやら
それらしいものが出てきました。
どうやらArmanというのはアーティストらしくて、
窮屈な空間に、ある方向性をもたせて、さまざまなモノを詰め込んでいる。
このようなものが生み出す感じを詩の言葉で表すのなら
なるほど鷹枕可さんのような、言葉の美が汚れされ、死滅した、
独特の言語表現の積み重ねもありかなと
思い直しました。
わたしなら鷹枕可さんのようには書けませんが、それはその人それぞれの
感受性の問題でしょうから、とくに異を唱えるつもりはありません。
失礼しました。
けっして美しくもないし、気持ちのいいものではないですが、
これはこれでひとつの世界を成り立たせているのだろうとおもいます。 ('16/10/14 18:56:07 *3)
- 鷹枕可 :
野良猫ニャンコさん、山田太郎さん、ご講評の程を賜りまして允にありがとうございます。
野良猫ニャンコさんへ。微妙なるご称讃を賜りましてありがとうございます。
山田太郎さんへ。
怪文書を送信して終いまして。こちらこそ失礼を致しました。
凡そ私の偏狭な嗜好、滑稽な自己愛憐、美的感性は他者にも誰彼にも理解されがたい類の物であるとも自覚はしているのですが、奇癖は中々正せず。
現象としての死に執着固執を来してしまいます事も、
タナトフォビア或はネクロフィリア的幼児期の記憶を辿らせていただきます事に拠りその具有の濫觴の幾許か
(此処に書くべきではないでしょうから省略させていただきますが)
へ至る辺縁の些事、等を回顧し得るものですから。
只、以上は個人的事情であり批評者の方々には何ら係りの勿い事でございましょう。
退屈な物は退屈であり、汚濁は汚濁でしかなく、駄作は駄作以外の何物でもないでしょう。
私自身も己の創作意欲の衰微を奮起-躍起せしめることに困窮を感受致しておりますものですから、
それが山田太郎さんにも、他の批評者の皆様にも瑕疵としてお目にお写りになられたのでしょう。
貧すれば鈍し、鈍すれば、といった状況にて、健忘症気味の精神を薬で抑えているか進捗させている訳でございます。
長々と駄文、弁明を連ねましたことを。如何かご容赦くださりますと嬉しく存じます。 ('16/10/14 20:24:43)
- 野良猫ニャンコ :
この立て板に水なコメント、読んでてめっちゃ気持ちいい!
やべぇ、鷹さんのコメントのファンになりそう(笑) ('16/10/15 23:44:27)
- 鷹枕可 :
野良猫ニャンコさんへ。それならば互いに互いのファンとなりましょう。ほら、気持ちが悪い(多分)。 ('16/10/16 12:05:37)