「美味い店があるんだ。行こう。」
「はい。」
珍しくダサイ先生に食事に誘われたので、ありがたくお供することにした。どうやら先生の奢りらしい。雨でも降るんじゃないか。先生、雨男だからなぁ、なんてことを思いながらぼくは先生の後ろをちょこまかと付いて行った。駅前から横路に入り、細い路地裏をさらに奥へと進んだところに、ぽつんと淡い店明かり。夜風に肉とタレの焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
『炭火焼肉 あぶり屋』
油で汚れた赤いのれんをくぐる。カウンターに、座敷席が3つ。小さな店だ。天井から何本も換気扇の管がぶら下がってはいるが、それでも店内はもうもうと煙っている。
ぼくらは座敷席に腰かけた。
「詩賊の発展と、我らの健康に、乾杯。」
「お疲れさまです、乾杯です。」
焼き網の下では、備長炭がバチバチと音を立ててはぜながら真っ赤に焼けている。
「先生、ちょっと火力強くないですか?」
「これがいいんじゃないか。鉄は熱いうちに打て。焼肉と言うより焼きしゃぶだね。こうやって、火の中をくぐらせるようにしてだね、……うん、美味い。」
「あ、本当ですね、おいしいです。」
熱気に顔まで焼きながら、しばらく二人で無言のままカルビと格闘した。キンキンに冷えたスーパードライが進む。
「詩賊、潰れるんだってな。」
ほどよく酔いも回ってきた頃、ダサイ先生がボソッと呟くように言った。
「……ご存知だったんですか?」
「まあな。」
詩賊が廃刊になる。社内では箝口令が敷かれてはいたが、それでも噂はだいぶ広まってきていた。
「編集部はどうなってる?」
「先輩たちは、ほとんど退職していきました。編集長がツテを便りにほうぼうの出版社に声をかけて、ぼくらを拾ってもらえるように、紹介してくれているんです。」
「君は?」
「ぼくはまだ、全然編集者としての経験もありませんから。」
「捨て猫ってわけか。」
「まあ、そういうことになりますかね。」
「誰か拾ってください、って首から札でも下げとけよ。」
「大丈夫です。コンビニのバイトでもして、食い繋ぎますから。」
「アカセン。」
「あ、すみません、いただきます。」
ホルモンをあてに、さらに飲む。
「先生は、どうされるんですか?」
「私か? そうだな、単発での仕事ならちょこちょこあるし、まあ、とにかく詩を書くしかないだろうな。」
ダサイ先生はお世辞にも売れっ子とは言えないし、詩賊の専属作家のようなものだから、他誌での掲載などほとんどない。先生の強がりを聞き流すことしか出来ずにぼくは、黙ってジョッキを煽った。
「……書いてるのか?」
「はい?」
「だから、書いてるのかって。」
「何をですか?」
「小説だよ。」
ぼくは言葉に詰まってしまった。上京してから今まで、作家を目指し一人でコツコツと拙い小説を書きためてはきたものの、自信が持てなくて先生にも誰にも秘密にしていたのだった。
「それもご存知だったんですね。」
「……。ちょうど良かったじゃねぇか。編集者みたいな使いっ走りはもう辞めて、やりたいことをやればいいんだ。」
「そうですね。」
上ミノをひっくり返しながら、先生はしんみりと言った。
「短い間だったが、世話になったな。」
「やめてください、先生。お礼を言わなきゃいけないのはぼくのほうですから。」
「これでも一応反省してるんだぜ。騒ぎばっかり起こしてさ、炎上商法にでもなるかと思ってたんだが……。もっと詩賊の売り上げに貢献していれば良かったってな。」
「反省なんて、無礼派らしくないですよ。」
「それもそうか。孤立無援、芸術ってのは、イバラの道だぜ、葛原君。」
「そうですね。だからこそ抱く価値があるってことですよね、先生。」
「何だよ、それ。」
「先生以前、おっしゃってたじゃないですか。」
「そんなこと言ったっけ?」
「言いましたよ。女心がどうとか。」
「女心? 芸術と何の関係があるんだ。」
「知りませんよ。先生がそうおっしゃったんですから。ぼくのことを、おまえなんか素人童貞だ、って。だから女心も芸術もわからないんだ、って。」
「素人童貞なのか、君は?」
「どうでもいいじゃないですか。それこそ芸術とは関係ないでしょう?」
「それもそうか。すべての読者が、作家にとって恋人なんだ。大事にしろよ、葛原君。心を抱いてやるんだ。ま、中にはおかしなヤツもいるがね。私の読者を見たまえ。恋人だか変人だかわかりゃしない。」
濃霧の中を俯いて少しずつ少しずつ足下を確かめながら歩いて行くように、先行きはまだまるで見えないけれど、何だか悩むのがバカバカしくなって二人、顔を見合わせてフフフと笑った。
「先生、ぼくが先生の一番弟子ですね。」
「やめてくれよ冗談じゃない。『私はいつでも獨りでゐる。さうして、獨りで居るときの私の姿が、いちばん美しいのだと信じてゐる。』太宰の言葉通り、私も一人でやっているんだ。」
「もちろんです。ぼくは勝手に、これから弟子を名乗っていきますから。」
「押しかけ女房か、君は。」
「先生、泣いてるんですか?」
「馬鹿言え。煙が目に染みるだけさ。」
勘定を済ませ外に出ると、大粒の雨が落ちて来た。
「やっぱり降りましたね。」
「天気予報は晴れだったんだがな。」
「先生が奢ってくれるなんて言うからですよ。」
「珍しいってか? 金なんか別に惜しくはないさ。我々は、大いなる文学のために、命だって賭けなきゃならないのだから。」
「それでも生きますよ、ぼくは。」
「そうだ、書き続けることにしか、私たちの生きる道はない。しかし、何を書いてもくだらねぇな。くだらないとわかっていながら、死ぬまでそれを辞められねぇ。因果な商売だな物書きというのは。行くか、二軒目?」
「はい!」
先生は鼻を啜りながら前髪をくしゃくしゃとかき上げた。この癖が出るということは、だいぶ酔いが回ってきているようだった。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20161010_325_9174p
- ヌンチャク :
いかがでしたでしょうか。
NUNCHUCKS POEMA 10月は、
『ぼくがさかなだったころ Returns』
『炎上焼肉 あおり屋』
の2本、
お送りいたしました。
さて、
NUNCHUCKS POEMA 11月のラインナップは、
二人で飲みに行ったダサイ先生と葛原君。
次の日の早朝、葛原君に警察署から連絡が……。
ダサイ先生シリーズ完結編
『炎上焼肉 あおり屋 後日談』
NUNCHUCKS POEMA 2016
一人キューブのフィナーレを飾る大トリ作品、
パロディ、パクリ、親父ギャグ、駄文、
ヌンチャクキャラ総出演でお送りするこれぞ痛ポエム。
『全行引用っぽいけどそうじゃないアンチ芸術としての痛ポエム。』
以上2本をもちまして、
しばらく冬眠する予定です。
どうぞお楽しみに。 ('16/10/10 19:27:12)
- 空転 :
いや、ガチで面白いじゃん。会話が多くって戯曲みたい。って、こゆ形式の現代詩もあったよね。
後日談楽しみだ。 ('16/10/10 22:42:54)
- 野良猫ニャンコ :
これ、全編読まないと批評できないじゃん。
続き楽しみなんだけど。 ('16/10/10 22:51:27)
- ヌンチャク :
>空転さん
>野良猫ニャンコさん
シリーズ物なので、
全編通してお読みいただけると、
とてもうれしいです。
『詩賊、無礼派、ダサイ先生のこと。』
http://bungoku.jp/ebbs/20160618_783_8896p
『ダサイウザム第一回詩賊賞受賞スピーチ全文』
http://bungoku.jp/ebbs/20160811_227_9026p
『ぼくがさかなだったころ Returns』
http://bungoku.jp/ebbs/20161001_812_9146p
『炎上焼肉 あおり屋』
『炎上焼肉 あおり屋 後日談』
『ダメヤン』
http://bungoku.jp/ebbs/20151102_014_8395p ('16/10/11 02:50:50)
- アラメルモ :
拝見しました。
なかなかよく書けているとは思いますが、
今回は焼き肉店内の状況だから脈筋の変化にも乏しいですよね。
会話も大人しい。
よってもう一工夫欲しい処かな。
例えば終わりの方でダサイ先生が酔ってたまたま通りかかった誰かに絡む。
こちらの女子部の誰かさんをイメージしてお尻を触るとか、無視されて吠えるとか。
澤、すずらんコンビの誰かさんならピッタリじゃん。笑。
いまのテレビドラマなんてもう目まぐるしくてバタバタじゃんか。
ストーリーの展開、発想。その落差の激しさでも勝負して欲しいかな。とかなんとかね。
※
お、そうだ!スカートを捲ろうとするんだよ団扇で、焼き肉屋からかっぱらってきた団扇で、スケベ丸出しになったダサイ先生が。
で、炎上、あおり屋、ってのはどう? 、ダメか。笑。 ('16/10/11 18:49:59 *6)
- ヌンチャク :
>アラメルモさん
そうですね、
今回はあえて短めに、
エッセイ風にすることを意識したので、
ドラマチックな展開は何もありません。
ダサイ先生と葛原君は、
プラトニックなBL関係にあると言いますか、
『悪目くん』でもそうなんですけど、
今年はドラえもんとのび太の関係をずっとテーマにしているので、
女子の入る隙はありません。
ダメ人間と、
それを見守る人の物語。
ダサイ先生は自分がドラえもんで、
葛原君をのび太のように思っていますが、
実は葛原君がドラえもんの役割を担っていて、
クズそのものであるダサイ先生を支えている、
そういうところを読み取っていただけるとうれしいです。 ('16/10/11 19:09:50)
- 金曜日 :
ハイ!ダサイと葛原の妄想私小説!
趣味は分解!ダ、サ、イ!
特技は結合!く、ず、はら!
グリコーゲン!グリコシド!デキストリーン!
そーれっ
ってくらいのテンションで次回作期待してます。
ダメヤンを独りの部屋で大笑いしながら拝読させて頂きました。 ('16/10/11 19:19:57)
- ヌンチャク :
>金曜日さん
『炎上焼肉 あおり屋 後日談』なんですが、
所詮は後日談なので、
皆さんのご期待に沿えず、
何の盛り上がりもなく、
あっさりと終わる予定です。
『ダサイ先生シリーズ』から、
『ダメヤン』が生まれた理由をお楽しみいただければいいかと思います。 ('16/10/11 19:58:26)
- 空転 :
ヌンチャクさん
全部リンクの作品読んだんだけど、肌に合わんかったわ。クドい笑
ちょうどいいバランスだったんだね、これだけ。
文体、嫌いじゃないから、書き続けて欲しいなー。 ('16/10/11 21:46:39)
- ヌンチャク :
>空転さん
シリーズ全編お読みいただきありがとうございます。
確かにクドイですね。
書いてる時は良かったのですが、
今では自分でも読み返すなのがメンドクサイくらいです。
逆に『炎上焼肉 あおり屋』は、
こんなにアッサリしていて大丈夫なのかと心配していたのですが、
これくらいがちょうどいいのですね。
以前、『ぼくがさかなだったころ』の別バージョンを投稿した時、
空転さんから「索敵の精度が低い」と指摘を受けたのですが、
『Returns』はどうでしょうか。
少しは面白くなったと自分では思うのですが。
もしよろしければ、
酷評でもかまいませんので、
率直なご意見をお聞かせくださいませんか?
(もちろん、こちらの勝手なお願いなので、
スルーされてもかまいません。) ('16/10/12 02:31:06)
- 空転 :
面白くなってるって思う!
でも「索敵の精度」の話で考えると、やっぱりあなたは優しすぎるのかな。
実はお子さんについて書かれた詩が、俺は好きだったりするし。
ヌンチャクさんは書ける人なんだから、狭いゲージュツ分野じゃなくてさ、もっと広義の自由詩や小説なんかを指向した方がいいんじゃないかなって思うの。
まあ、現代小説の方が今はゲンダイシって呼ばれる狭いジャンルよりも言語的に攻めてる感はあるけど。
大まかにゲンダイシって、呼ばれるジャンルはすでに現代的ではないのね。
今、書かれてる詩はもっと自由よ。
だから、ヌンチャクさんはヌンチャクさんのよいと思える方向を、自身の持つイロニーや愛で模索して欲しいな。
俺なんか、ヌンチャクさんに比べたら狭い世界で足掻いてるだけの詩人気取りだから、
しょーじき、ヌンチャクさんの自由さが羨ましいってとこもあるね笑
お互いがんばろーね! ('16/10/12 19:29:31)
- ヌンチャク :
>空転さん
いまだに『索敵の精度』が何なのかよくわからないのですが、
とりあえず面白くなっているということで安心しました。
僕は今『誰にでも面白く読める読み物』を目標にしています。
自由に、自分が良いと思えるものを書く、
それが読者にとっても良いものになればいいなと思います。
空転さんも、
ご自分の道を進まれますように。
ありがとうございました。 ('16/10/12 20:03:14)
- 空転 :
「索敵の精度」に関してはこの評論が面白い。
参考になるかは別だけれど。
http://blog.goo.ne.jp/siikaryouzannpaku/e/c00df929901e1c215c4d047a459a131f ('16/10/12 22:54:03 *1)
- 野良猫ニャンコ :
最終回次第。
ダザイ先生好き(笑)
文中にある詩もストーリーときちんと繋がってクオリティ上げるのに一役かってるかと。
ただ、これだけ長くなるなら、小説にしてシリーズ化すればいいのにって思います。
私は小説と考えて読みました。
詩として読むと長すぎて疲れるので。
でも、そうすると、背景描写の足りなさ、特に一作目はほぼト書きですから、そういうのが気になってくるんですよね。 ('16/10/12 23:54:59)
- ヌンチャク :
>空転さん
ご紹介、
ありがとうございました。
『明日、戦争が始まる』は、
読んだことがあったのでなるほどと読めました。
索敵という語の意味をもう一度考えてみると、
以前投稿した別バージョンの『ぼくがさかなだったころ』は、
話者の怒りや苦しみだとか、
感情を向ける矛先がバラバラでよく定まっていなかった、
ということかなと思いました。
>野良猫ニャンコさん
もともとシリーズ化するつもりではなかったのですが、
作品を数珠繋ぎにしていくことを考えていたら、
こうなってしまいました。
小説にしたい気持ちもあるのですが、
なにぶん風景描写が下手なので。
「どうぞお楽しみに」などと、
自分でハードルを上げておいてなんですが、
後日談は何の感動もなく、
あっさり終わります。 ('16/10/13 05:43:14)
- 葛原徹哉 :
後日談、投稿します。 ('16/11/01 05:22:33)