詩投稿掲示板 - 過去ログ [498]

9174 : 炎上焼肉 あおり屋  葛原徹哉 '16/10/10 19:25:31

「美味い店があるんだ。行こう。」
「はい。」
 珍しくダサイ先生に食事に誘われたので、ありがたくお供することにした。どうやら先生の奢りらしい。雨でも降るんじゃないか。先生、雨男だからなぁ、なんてことを思いながらぼくは先生の後ろをちょこまかと付いて行った。駅前から横路に入り、細い路地裏をさらに奥へと進んだところに、ぽつんと淡い店明かり。夜風に肉とタレの焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。

『炭火焼肉 あぶり屋』

 油で汚れた赤いのれんをくぐる。カウンターに、座敷席が3つ。小さな店だ。天井から何本も換気扇の管がぶら下がってはいるが、それでも店内はもうもうと煙っている。
 ぼくらは座敷席に腰かけた。

「詩賊の発展と、我らの健康に、乾杯。」
「お疲れさまです、乾杯です。」
 焼き網の下では、備長炭がバチバチと音を立ててはぜながら真っ赤に焼けている。
「先生、ちょっと火力強くないですか?」
「これがいいんじゃないか。鉄は熱いうちに打て。焼肉と言うより焼きしゃぶだね。こうやって、火の中をくぐらせるようにしてだね、……うん、美味い。」
「あ、本当ですね、おいしいです。」
 熱気に顔まで焼きながら、しばらく二人で無言のままカルビと格闘した。キンキンに冷えたスーパードライが進む。

「詩賊、潰れるんだってな。」
 ほどよく酔いも回ってきた頃、ダサイ先生がボソッと呟くように言った。
「……ご存知だったんですか?」
「まあな。」
 詩賊が廃刊になる。社内では箝口令が敷かれてはいたが、それでも噂はだいぶ広まってきていた。
「編集部はどうなってる?」
「先輩たちは、ほとんど退職していきました。編集長がツテを便りにほうぼうの出版社に声をかけて、ぼくらを拾ってもらえるように、紹介してくれているんです。」
「君は?」
「ぼくはまだ、全然編集者としての経験もありませんから。」
「捨て猫ってわけか。」
「まあ、そういうことになりますかね。」
「誰か拾ってください、って首から札でも下げとけよ。」
「大丈夫です。コンビニのバイトでもして、食い繋ぎますから。」
「アカセン。」
「あ、すみません、いただきます。」
 ホルモンをあてに、さらに飲む。
「先生は、どうされるんですか?」
「私か? そうだな、単発での仕事ならちょこちょこあるし、まあ、とにかく詩を書くしかないだろうな。」
 ダサイ先生はお世辞にも売れっ子とは言えないし、詩賊の専属作家のようなものだから、他誌での掲載などほとんどない。先生の強がりを聞き流すことしか出来ずにぼくは、黙ってジョッキを煽った。
「……書いてるのか?」
「はい?」
「だから、書いてるのかって。」
「何をですか?」
「小説だよ。」
 ぼくは言葉に詰まってしまった。上京してから今まで、作家を目指し一人でコツコツと拙い小説を書きためてはきたものの、自信が持てなくて先生にも誰にも秘密にしていたのだった。
「それもご存知だったんですね。」
「……。ちょうど良かったじゃねぇか。編集者みたいな使いっ走りはもう辞めて、やりたいことをやればいいんだ。」
「そうですね。」
 上ミノをひっくり返しながら、先生はしんみりと言った。
「短い間だったが、世話になったな。」
「やめてください、先生。お礼を言わなきゃいけないのはぼくのほうですから。」
「これでも一応反省してるんだぜ。騒ぎばっかり起こしてさ、炎上商法にでもなるかと思ってたんだが……。もっと詩賊の売り上げに貢献していれば良かったってな。」
「反省なんて、無礼派らしくないですよ。」
「それもそうか。孤立無援、芸術ってのは、イバラの道だぜ、葛原君。」
「そうですね。だからこそ抱く価値があるってことですよね、先生。」
「何だよ、それ。」
「先生以前、おっしゃってたじゃないですか。」
「そんなこと言ったっけ?」
「言いましたよ。女心がどうとか。」
「女心? 芸術と何の関係があるんだ。」
「知りませんよ。先生がそうおっしゃったんですから。ぼくのことを、おまえなんか素人童貞だ、って。だから女心も芸術もわからないんだ、って。」
「素人童貞なのか、君は?」
「どうでもいいじゃないですか。それこそ芸術とは関係ないでしょう?」
「それもそうか。すべての読者が、作家にとって恋人なんだ。大事にしろよ、葛原君。心を抱いてやるんだ。ま、中にはおかしなヤツもいるがね。私の読者を見たまえ。恋人だか変人だかわかりゃしない。」
 濃霧の中を俯いて少しずつ少しずつ足下を確かめながら歩いて行くように、先行きはまだまるで見えないけれど、何だか悩むのがバカバカしくなって二人、顔を見合わせてフフフと笑った。
「先生、ぼくが先生の一番弟子ですね。」
「やめてくれよ冗談じゃない。『私はいつでも獨りでゐる。さうして、獨りで居るときの私の姿が、いちばん美しいのだと信じてゐる。』太宰の言葉通り、私も一人でやっているんだ。」
「もちろんです。ぼくは勝手に、これから弟子を名乗っていきますから。」
「押しかけ女房か、君は。」
「先生、泣いてるんですか?」
「馬鹿言え。煙が目に染みるだけさ。」

 勘定を済ませ外に出ると、大粒の雨が落ちて来た。
「やっぱり降りましたね。」
「天気予報は晴れだったんだがな。」
「先生が奢ってくれるなんて言うからですよ。」
「珍しいってか? 金なんか別に惜しくはないさ。我々は、大いなる文学のために、命だって賭けなきゃならないのだから。」
「それでも生きますよ、ぼくは。」
「そうだ、書き続けることにしか、私たちの生きる道はない。しかし、何を書いてもくだらねぇな。くだらないとわかっていながら、死ぬまでそれを辞められねぇ。因果な商売だな物書きというのは。行くか、二軒目?」
「はい!」
 先生は鼻を啜りながら前髪をくしゃくしゃとかき上げた。この癖が出るということは、だいぶ酔いが回ってきているようだった。

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