貴方の声が
虫のように耳もとにささやき
私の皮膚を穿孔して
血管の中に染み込むと
私の血流はさざめき
体の奥に蝋燭を灯すのです
貴方のだらしのない頬杖も
まとわりつく体臭も
すべてが私の奥に
石仏のように染み込んでいたのです
明るすぎる店内は光っていて
ひとりで持つ手が重たいのです
ふと買い物の手が
貴方の好きな惣菜を求めていて
ショーケースの冷気で顔を洗うのです
閉じられた束縛の中で
私は蛇のようにじっと
湿度の高い空間で
安寧を感じていたのかもしれません
道路脇のカラスがなにかを啄ばんでいます
私の汗腺を塞いでいた あなたの脂
それでもつついているのでしょうか
*
夜のさなかというわけでもなく
朝のさなかというわけでもない
いつも中途半端な時間に覚醒するのだ
安い珈琲を胃に落とし込めば
やがて外界の黒はうすくなり
いくぶん白んでくる
陳腐な私という置物の胴体に
ぽっかりと誰かが開けた穴の中を
数えきれない叫びがこだまして
私の首をくるくる回す
この大きな空洞の中を
ときおり小鳥が囀り
名も無い花が咲くこともあった
今はこの空洞に何があるのだろう
暗黒は苔むして微細な菌類がはびこり
私のかすかな意思がこびりついているだけだ
また大きくせり出した極寒の風が
いそいそとやってくる
私とともにある
この
巨大な穴
外をみる
いくぶんかすかに白んできたようだ
空洞の上に厚手の上着を着込み
私は私に話しかけるために
外に出ようと思った
老いた犬を連れて
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20160830_037_9059p
- シロ :
山田さん、書き込みありがとうございます。
山田さんに唯一褒められたことがない書き手は私くらいかと…。
ただ、しかし、的を得ているというか、的確な指摘かと思います。
逆に言うと、イイところをついていたな、という感じもしています。
ところで、山田さんが「これは良い詩だ」、という作品をネット掲載されているものでいくつか挙げてくれませんか?
最近は、この板より現フォの方が良い、なんていう記事をどこかで読んだ気がしますので。 ('16/08/31 18:34:47)
- アラメルモ :
例えばポピュラーな音楽シーンを振り返ってみればわかるのだが、同じようなジャンルの楽曲の中でも、後に聴いても再び感動を覚える、耳や眼を釘付けにするようなものは、どれだけリスナーにインパクトを与えることができたのだろうかということだと思う。それは当然のことながら楽曲自体に於ける斬新さはもちろんのこと、案外バンドやボーカルの飛び抜けた演奏能力だったり、またステージやビデオに於ける演奏家の魅力あるパフォーマンスだったりする。星の数ほどにも残る似たような楽曲の中で、いまでも輝き続けるのはそのような個性に秀でた魅力を醸し出していたアーティストだったりするわけです。
「あな」とはもちろん穴のことですが、これは平仮名の文字通り内面、つまり心の奥底に空いた穴のことでしょう。
この一聯とニ聯が時空間的にはっきりと分けられているのが特徴で、一聯の貴方とは貴女を指してはいない。おそらく過去の行動から自身の空洞化をみつめていた空間の記述で、ニ聯は現在形で語られています。
山田氏が言うような薄汚い言葉云々などと評するには語弊があるかもしれない。しかし見方を変えれば筆者の言葉使いが日常の枠を出ようとしないのは事実で、それが地味であればあるほど非日常に憧れる読み手の神経を日常の雑踏へと向かわせてしまう。
このことは筆者自身も気づいているはずで、よく突拍子もない不相応な表現を詩の中に押し込めたりしてしまう。
文章に華のようなインパクトを欲するあまりの所業だと思われます。
故にこの作品もそうした自作をみつめるときの至らなさ、内面の告白を穴に喩えて写し替えてみようとした試みではないかと推察される。
そうした希求も衰退感を伴うことへの拘りが終わりの老犬にも集約して読み取れるわけですが、
、無駄のない佳く書けた作品だと思いますよ。
ただ、やはり地味だ。地味なのは作品がしっかりと書けていれば、それなりに風雅にも魅力にもなるのでしょうが、現実に個性と照らし合わせてみると損ですね。
単に気をてらうのではなく、穴からこちらを窺うような視線、その表現に読み手は眼を開かれるような驚きも必要ではないか。
この辺りは筆者の技術を超えた性質が求められる気はします。
頑張ってください。 ('16/08/31 19:11:15 *7)
- 山田太郎 :
トップで書くのは自制しているのを忘れて思わず書き込んだので削除しましたが、
読んでおられたようですので、仕方ない。削除コメントを再掲します。
質問については最後に簡単に書かせてもらいました。
────
空洞の上に厚手の上着を着込み
私は私に話しかけるために
外に出ようと思った
お昼の不倫メロドラマの主人公を気取っているだけで、
演技的な場面は浮かんできても、本気がすこしもみえない。
ひとことで言えば、ことばが薄汚い。
これは言葉使いが悪いとか、汚い言葉を使っているとかじゃなく、
本質的に、ことばが薄汚い。
ほれ、よくいるでしょ、ニコチンの黄色い染みを歯に浮かせた、無骨そうな男が。
大雑把かと思えば物凄く神経質で、わざとぼんやりした風を装っているが、
計算が隅まで行き届いて、仕事にも女にも結構、政治的に動いていつも損をしない
立ち回りのうまい中年男が。
それが悪いというのではないし、うらやましいくらいなのだが、そういう男の詩はだめだとおもう。
現代詩フォーラムのような詩にもなににもなってないようなものがトップにくるようなシロウト以下のサイトならともかく、
ここでは、いくらそれらしく振舞っても、薄汚い。
かといって汚れたことの悲しみを嘆くでもなく、平気のへいざで日常雑記を詩にしている。
そういうものがどこに出るかというと、
私とともにある
この
巨大な穴
人間ならだれしもがもっているささやかな心の空洞を
この人の場合は「巨大な穴」というのだね、
そういう空洞てものは大きいとか小さいとかいう問題じゃない。
また、どうだぁ〜と押し出すものでもない。
まして人さまに見せびらかすものでもない。心の空洞ってのはじぶんにとってしか本来、問題でしかない。
こういう姿勢、手つき、言葉使いが「薄汚い」。
一度、そう思い出すともうだめだ。
私の汗腺を塞いでいた あなたの脂
なんてみると、周りに不精髭の生えた、分厚い、ねばい唇の隙間からのぞくヤニの染みた中年男の汚ねえ歯
と、愛と性のどちらかわからなくなって命懸けで走り出した中年女の黴臭い性欲とかが浮かんできて、ぞっとする。
こりゃあ、たまらんと裸足で逃げ出したくなる。
こういうのって、もっとさあ、縮こまって簡素にかけないものですかねえ。
縮こまるということは、もっと内省を突き詰めて、こういうものにつきまとう、
ウソと対峙して、真面目に考えるということですよ。
てか、どうしてこんな演技的なものが詩ですといって提出、出来るのか?
────
わたしがこのサイトで、読めるのは「りす」さんとか田中あつすけさんとか、そういう人たちの作品群だけですね。
上手いとか下手とか、才能があるとかないとか、そういう愚劣なことにはいっさい関係ないところで、
とにかく詩になっていると感じれるものがある。なぜ、惹かれるのかよくわからないのですが、そのうちわかればいいと考えています。 ('16/08/31 19:22:13 *3)
- アラメルモ :
近年の田中宏輔氏は技術だけで書いてるよ。
だから読めるんだ。
なので読んで後に残らない。
ただ田中宏輔の作品だと残る。
まあ、それだけでもたいしたものだが。
何せフォルマリストだからね、彼は。
形式さえ残ればいいのさ。 ('16/08/31 19:49:19 *3)
- イロキセイゴ :
>この大きな空洞の中を
>ときおり小鳥が囀り
>名も無い花が咲くこともあった
大きな空洞が気に掛かりました。いろいろあったこと。そして詩における意味。いろいろと考えさせられました。 ('16/08/31 22:59:00)
- シロ :
アラメルモさん、おはようございます。
自分の書いた言葉にあまり責任を持たない書き手であり、いわゆる「奇をてらう」的な部分を探しながら書いているというのも紛れもない事実です。
いわゆる装飾過多な書き手であるのは自覚するところです。
ゆえに、その香水臭やギラギラしたものが刺々しく、嫌らしく見えてしまいがちなのかもしれません。
アラメルモさんの批評は大変よくわかります。
ありがとうございました。 ('16/09/01 04:57:14)
- シロ :
山田さん、おはようございます。
一度目のレスでレスで書いたように、細かい部分は省かせていただきます。
二氏の作品、読んでみます。
ありがとうございました。 ('16/09/01 04:59:33)
- シロ :
イロキさん、おはようございます。
>大きな空洞が気に掛かりました。いろいろあったこと。
>そして詩における意味。いろいろと考えさせられました。
そうですか、嬉しいです。
本当にいろいろありましたもので・・・。自慢にはなりませんが。
どうもありがとうございました。 ('16/09/01 05:02:08)
- 三浦果実 :
シロさん
『あな 二篇』を読まさせていただきました。
既に8月の作品で、遅いコメントでごめんなさい。
詩について、言葉の選び方についてなど、技術的なことは何も話せないのですが
僕はこれから、やってみようかなって、考えてることがありまして。
真夜中に海辺に行って、普段、使わない言葉を声に出して、出来る限り思いを込めて朗読したいなと考えておりまして。つまり、朗読ですね。
別に海辺に行かなくてもいいのかもしれませんが、海とか山奥とかへひとりぼっちで行って、朗読することに意味があるような気がしまして。朗読する作品は、『あな 二編』かもしれませんし、自分が大嫌いだと思っていた詩かもしれません。でも、文学極道に投稿されている作品から選ぼうって思ってます。行った先で選ぼうかと考えてます。なぜそのようなことを考えたかといいますと、御察しのことかもしれませんが、自分が使う言葉の違和感?それを無くしたい、カッコつけた言葉は使いたくない、そんなことが目的です。長々と自分のことばかりでごめんなさい。
『あな 二編』、僕が好きな部類の詩です。
また、次回作を楽しみにしております。必ず読みます。 ('16/09/09 18:21:08 *3)
- シロ :
三浦さん、こんばんは。
とある詩の朗読会で、私の初期の稚拙な作品を朗読してくれた方が居りました。
唯一、メビウスリングいう詩板に載っていますが、このサイトやフォーラムには載せていない作品です。
今度、罵倒覚悟で投稿してみようかなと、ふと思いました(笑)
カッコつけた言葉は使いたくない…とのことですが、装飾過多という言葉があります。
私は、ひたすら装飾過多な詩を書いてきたのですが、それも一つのプロセスかな?と思っています。
いろんな詩を山ほど書いて(もちろん糞詩もいっぱい書いてきました)、やっとこのレベルです。
皆さんは、まだお若いしもっと上達するでしょう。
レス、たいへんうれしく思います。
ありがとうございました。 ('16/09/09 18:41:55)