心なし風はためらいながら
言葉の破片を引き連れて
鬱蒼とした森へと向かう
真実は青く沈み
均された虚像は
幼気にしずまりかえる
ブルー
光沢のある青い魚が
静まり返った淵の中を
思いついたように尾を翻し
河床の色に程よく溶け込んで
水とともに揺らめいている
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20160801_710_8994p
- kaz. :
これ、悪くない。なんでもっとコメントつかないんだろう。 ('16/08/01 07:07:39)
- 石村 利勝 :
シロさん、荒らしに来ました。
私もいい作品だと思うけど、初読目、この作者の力からいってこのくらいは平均以下じゃないか?と何か物足りない印象だったんですよ。
その印象がどこから来るのか、単に自分の読みが足りないのか、少し寝かせてからまたコメントしようと思います。 ('16/08/01 10:28:36)
- アラメルモ :
夏の終わりを迎えるころ、いつも決まって僕のこころはブルー。
なんて心情でしょうか。
シロップだな、若いね、シロさんも。
真実は青く沈み。
何を真実にみようというのだろう。
これが描かれてないと印象は不足して読めると思う。 ('16/08/01 12:08:53 *1)
- 宮永 :
私はタイトルから入ってしまう方なので、『九月』というタイトルに阻まれたような気がしました。夏の終わりってことなのでしょうけれど、青色と九月が結びつかず……なぜ九月なのかとばかり気になってしまいました。 ('16/08/01 12:18:01)
- アラメルモ :
宮永さん、第一印象ではそう感じるのが普通だよね。
二度読み返してみて、例えば恋愛の終わりのような心情だと思います。
真実ってのが何を指しているのかわからないから結びつかなくて当然だと思う。 ('16/08/01 12:22:53 *2)
- 石村 利勝 :
わかった。三連目が終わった後に「続きは?」と感じてしまったんですよ。
この後に何かしら転調があり、展開があり、終結へと向かうような、読み手の側の体感があるのに、
>水とともに揺らめいている
で終わり。これが、肩透かしくらったような違和感を覚えたところ。
そうですね、これ、この三連でまとめるなら、それぞれをもっと凝縮させて、コントラストの鮮やかさで勝負したいところ。
そうしないなら、ここから展開していってほしかったと思います。個人的にはね。
作品の空間性(広げるか締めるか)と時間性(テンポの緩急)が何かどっちつかずで、読んでて不安定に感じた、というのが今のところの感想です。 ('16/08/01 17:07:13)
- あまやま想 :
読者に続きを感じさせる技法、勉強になります。
作者はつい読者にサービスしてしまいますが、あえて読者に餓えを感じさせると言うのはなかなかできないものです。 ('16/08/01 18:51:41)
- アラメルモ :
これは俳句のように情景を読んだ詩ではないので、飢えを感じさせたまま終わるのではなくあくまでも不足しているのだと思われます。
ここで仕様されている青、青い魚などは何かを象徴するものとして喩に表わされているので、主題は情景をこころに映し変えた心象詩です。
なので、真実、これが内面の何を指し何を問いかけるのか、この動きがみえてこないことには詩の内部にまでは踏み込み難いです。 ('16/08/01 21:23:54 *2)
- シロ :
kaz様、こんにちは。
お読みくださりありがとうございます。
悪くないとのこと、少し救われた気分です。 ('16/08/02 14:01:48)
- シロ :
石村様、こんにちは。
物足りないとのことですが、そうですね、力の入ったものを投稿するというイメージではなく、箸休め的な感覚なのかもしれません。
石村さんの御指摘等踏まえ、再読してみましたが、まとまり的には悪くは無いように感じましたが、再考してみます。 ('16/08/02 14:05:46)
- シロ :
アラメルモ様、こんにちは。
パトロール乙です。
真実に関しては、もちろん読者は解らないと思います。
解らないように描いていくのが詩だとすると、やはり私には難しいのかなと思います。
いろいろとありがとうございました。 ('16/08/02 14:09:51)
- シロ :
あまやま様、こんにちは。
そうですか、何か参考になるフレーズがあるとすれば、詩書き冥利に尽きます。
詩って難しいですよね。
どうもありがとうございました。 ('16/08/02 14:12:22)
- アラメルモ :
解らないように描くのが詩じゃないですよ。
だからあなたは表現がゆるいんだ。
このように抽象化され只でさえ解りにくい小品で、何を隠そうとしているの?
真実。例えばこれがあなた、と表現されるだけでも青い魚に読み手は人の投影を浮かべることができる。
勘違いも甚だしいですよ。 ('16/08/02 14:21:06 *1)
- シロ :
アラメルモ様、表現の緩さは重々感じているところです。
あと、わからないように描くのも詩であると思いますが。
言いたいことをそのまま書いたら詩とは言えないかと思いますし。
ただ、この作品は短いので推敲してもそうそう変わらないかなとは思っております。
たびたびのお越し、ありがとうございました。 ('16/08/02 14:32:41)
- アラメルモ :
だから暗隠喩なんて技法もあるじゃないか。
常連のご来店か?めんどくさいのはわかるが、何度も言わせるんじゃないよ。まったく、腹が立つ。
この詩の何がわかるの?
喩えで真実を描いてみてもそのまま描いたと言えるの?
真実が何を指すのかわからなければ喩えにもならないじゃないか。きみね、親方が居れば菜箸であたま叩かれるぜ。
刺身の捌き方からやり直しだよ。 ('16/08/02 18:10:18 *6)
- 蛾兆ボルカ :
こんにちは。
感じの良い詩だなあと思いました。
言葉ではなく、言葉の破片という表現とか、その他の様々なディテールに沈黙(無音/無声)を感じます。
九月はまだ音が賑やかな季節ですが、どこか真夏とは違う音を感じたりするもの。それを、優しい音として描くのではなく、まだ顕在化しない冬の沈黙を、残暑の賑やかな合間に聞き取るようなイメージを持ちました。
それは、その刹那だけ、時間が止まるような、小さな静かな沈黙でした。
難しいな、と思ったのは、ブルー という一行で、北園のブルーという詩が、僕には染み込んでしまったためかも知れないのですが、ここだけ声を感じてしまいました。そこだけが少しだけうるさい感じ、というか。
でもそこは本当に難しいです。何回か読むと、このブルーでぴったりに感じてくるのかも。
あと、英語に関して、僕は昔の受験知識しかないのですが、
英語では現在形は、一般的な真理、確定事実、語り手の確信とかをニュアンスとして含み、進行形は臨場感とわずかな未確定をニュアンスとして含むと思います。
日本語の叙情詩では、逆になり、「います/いるのです」が、真理みたいものをニュアンスとして含むときがあると思います。
なんか、砂の詩で、さらさらと、さらさらと/いるのです
みたいなのがありましたよね。進行形のそういう使い方は、中也限定なのかも知れないけど。
現在形のほうでも、三好の「雪ふりつむ」は、確定や確信ではなく、英語なら進行形じゃないか、みたいなニュアンスだと思います。それも三好限定の特殊用法かも知れないけど。
この詩は、現在形と進行形の使い分けに、その辺りの微妙な味わいがあり、そこの受け取り方で、かなり印象が変わってしまうのかも知れません。 ('16/08/02 19:35:06)
- 玄こう :
こうした(短い)詩は(私ならば)できるだけ、
(時間の流れを殺すこと)読む者に一瞬の閃き、驚き、余韻を与えること、
言葉にできない、異質な感情を他者にどう読ませるか?に尽きるかな。
(どう感じさせるか?)ですね。
重複している意味の言葉がうるさいです、特に『青』
『静まる・沈まる・』という一語は、形容詞や形容動詞も『物語性』の機能としてしか働いていないです。
『思いついたように』『水とともに』『程よく』など短い詩にそうした副詞も余分です。
この作品、三行にして四連にまとめたら、もう少しいい詩になるように感じます。(添削はいたしませんが)
まだまだ、シロさん(山人さん)も、詩は、まだ書けていないな、と感じます。 ('16/08/02 20:54:36 *1)
- ねむのき :
シロさん、こんにちは。
読ませていただきました。
○読み
タイトルの「九月」から、冒頭
>心なし風はためらいながら
>言葉の破片を引き連れて
夏の終わり→風が口ごもってゆく
という連想でしょうか。
二連目は
>真実は青く沈み
>均された虚像は
>幼気にしずまりかえる
言葉→真実→虚像と、抽象的な語で水辺のイメージを描いていますね。
水は森の光景を映す虚像(鏡、透きとおったレンズのイメージ)で、その奥底に真実が青く沈んでいる。
虚像と実像(真実)、青と透明の対比。
そんな風に読みました。特に「水」と「虚像」のイメージの接続にははっとさせられます。よく読むと1連目の「言葉の『破片』」も「虚像」とつながっているのかな。
で、三連目で青い魚が水の虚像のなかに溶けて消えていくラスト。
といった感じでしょうか。
○考察
読んでいて、水辺からふっと吹いてくる風のような涼しさを感じます。
二連目の「虚像」のイメージに全体が柔らかく結びついていて
私は過不足なく描かれていると感じました。
悪いところを挙げるとすれば
ありきたりな修飾語が効いていないのが
すこし目立っているかなという気がします。
1連目の「心なし」と「ためらいながら」。
風を擬人化した描写が若干クドく
印象を薄めているように見えます。
3連目の「静まりかえった」は、無くても
充分作品全体から静かな感じが出てるので少し余計に思えます。
それから2連目の「幼気に」は(私の読み取れた限り)
ほかのどのフレーズにも引っかかっていなくて、
かつ、単独のフレーズとして見てもあまり面白くないです。
どの語もリズムを整える機能は果たしているけど、
この短さだとありきたりな語の使用は全体の印象を薄めてしまうのではないのかな、
と私は思います。ただ、あんまり捻った表現ばかりだと、
うつくしい自然の風景としての印象を損ねてしまうという点も考慮すると、
微妙なところではあるかもしれません。
単に私の好みの問題かもしれませんので、どうか軽く参考までに。 ('16/08/02 20:56:41 *3)
- アラメルモ :
同じように玄こうさんも書き込みされてるが、シロさんは言葉の意味がもたらす比重を把握しないまま置いていく癖があるのね。
これはたぶんイメージが物語を追いかけるように自分の中でまとまってはいないからだろう。
真実は青く沈み。これが散文詩のように言葉を紡いで語らせていく手法ならわかる。しかし小さな詩枠でこのような悟性的な表現をされたら、読み手からすればイメージは拡げられないではないか。真実の何をイメージすればよいのか。これをねむのきくんが言うような虚像から実像(真実)として受けとるのは、まさに当否された飛躍的な見解だと思う。実像から窺い知れる真実とは何か。 ('16/08/02 21:29:32 *7)
- 蛾兆ボルカ :
ねむのきさんのコメントを読んで、なるほどなあ、と思いました。
ねむのきさんの批評を踏まえて、
一連目→森や樹
二連目→水面と鏡像
三連目→水中
と、解釈すると、横書きの3連であることが、視覚的に効いてるような気がしてきました。 ('16/08/02 22:26:35)
- 石村 利勝 :
>まとまり的には悪くは無いように感じましたが、再考してみます。
いやいや、いったん自分で完成品と決めて人前に出したものを、他人の視点や意見が入ってから手直しするとろくなことにならないので、お勧めしませんぜ。
まあ、でも書き振りからすると本気で「再考」してるとはおもえないようにお見受けするので、取り越し苦労かな(笑)
作者が完成していると思っているなら、読者としてこれ以上あれこれ言うつもりはありません。感想は感想として変わりませんがね。
書き手視点の評も私も含めいくつか出ていますが、レスレスを拝見すると口調は柔らかいけど頑固に自分を枉げない態度がにじみ出ている(笑)
じゃあ、貫いてくれやと(笑)今作の感想は以上。次回を楽しみにしています。
一個だけ、これは感想でも批評でもない質問なんですけど、私の感覚では淵の色はブルーというより緑。私、渓流釣り好きなんで川の色には鮮明な感覚がある。
「ブルー」っていうのは、シロさんのいる山ん中では淵が青く見えるんですかね?それともこれは魚の色だけを指しているのか。
岩魚でも山女魚でも、渓魚がブルーっていうのも違和感あるけどね。北海道とかの渓魚は実物見たことないのでわかりませんけど。 ('16/08/03 10:29:21)
- st :
真実とは、青い魚の本体。
虚像とは、人間がその本体を水というレンズを通してみる像。
その像は水面上で均され、しずまりかえっている----と感じました。 ('16/08/03 12:27:05)
- アラメルモ :
そう解釈もするとね、次から次へと掛かってくるわけですよ。stさん。
何を真実と言わせるのか。説明はいらないですよ。始めの三行ではその理由にはならないでしょう?言葉の欠片。そう思わせる理由があるはずです。筆者にだけわかっていても伝わらないでしょ。 ('16/08/03 12:39:43 *2)
- 岩満陽平 :
シロさをへ。
九月にも関わらず、ブルーか。
これは気に入りましたぜ。
新しい文明。 ('16/08/03 15:03:30)
- 山田太郎 :
なんだか「盆栽」を囲んで、盆栽老人たちが背を丸めながら、
「じいさんや」「ばあさんや」とやっているような図柄だ。笑
たしかに完成された芸域に達しているのだろうし、また、頑固に
これ以上、のびしろもないのだろう。
ここまでくるのにそれそうとうの修練もなされたのだろう。
しかし華がない。
夢がない。
危なげのないお上手な絵を印刷機で毎回、刷るようなものだ。
こんなものを精神の〈老人〉たちが、
文句のひとつもいわないで、あーだ、こーだ、葉が、青色が、枝ぶりが
どうだ、こうだとやっている。
けっこうな「老人ホーム」だ。笑 ('16/08/03 17:54:31 *4)
- シロ :
レッサーの皆様、こんばんは。
久々に多忙が続き、寝ている以外は仕事という日々を送っております。
そんなごたごたしている間は静かにしていればいいものを、ついつい投稿を急いでしまったかな?とちょっと後悔しております。
皆様の心のこもった(笑)叱咤激励は読ませていただいておりますが、後日、改めてレスレスをさせていただきます。
暑い日が続きますね。
それぞれが御自愛ください。 ('16/08/03 21:27:41)
- アラメルモ :
ということで、シロさん、僕は他人の中に入り込み過ぎて自分を忘れてしまっているようです。
今の私では何を書いても詩にはならないでしょう。相手と対峙する言葉の心地よさが楽しみを通り越してうわべだけのコミュニケーションになってしまっている。批評することにあたまのほとんどがもぎ取られ主体である私がわからなくなってしまいました。。しばらく詩を自分を見つめ直してみます。
この詩には透明感がある。なので惜しいと思いつい口をしゃくりあげてしまいましたが、あなたはあなただ。私ではない。完璧なものなどこの世には存在もしない。出直してきます。 ('16/08/03 22:48:51 *1)
- 田中宏輔 :
どんな詩を読んできたのだろう? ここには貧しい読書体験しか反映していない。 ('16/08/04 00:35:48)
- アラメルモ :
え?僕のことですか。 ('16/08/04 00:53:05)
- 田中宏輔 :
作者の作品について書いたのだが? ('16/08/04 01:00:03)
- アラメルモ :
そうでしたか。
でも、そのように思われるならどうしてそう思うのか。
一ヶ所くらいは例にあげて述べられるのが自然だと僕ならば思います。 ('16/08/04 01:04:24 *2)
- 田中宏輔 :
アラメルモさんへ
目をおいた瞬間にわかるんだよ。わかんないのは、ばかだからじゃないの? あなたバカだからってこと、自覚しなさいよ。ばかなんだから。かわいそうだけど、あなた、あばかだからね。 ('16/08/04 01:15:12)
- アラメルモ :
酷い言い方をなさる方ですね。
ばかなんだからばかと言われるのは許しますよ。
でもね、ちゃんと批評擬きくらいは書いてくださいよ、ね、あつすけさん。
※それから、わたしにだってちゃんと目はありますよ。だから書き込みしてるでしょう? ('16/08/04 01:18:48 *1)
- 田中宏輔 :
あんたのバカ話にはこれでおわり。自分のクズさにじかくしてください。 ('16/08/04 01:20:55)
- アラメルモ :
あなたが一方的にばか話を持ち出したんじゃないですか。
何か●$やってるの?あなた。 ('16/08/04 01:23:43)
- アラメルモ :
田中さん、、田中って姓は二人居るけど、どちらの方も時々わけのわからない喧嘩ふっかけてくるよね。
きっと何か足らなくてそれで欲求不満を相手に当たり散らしたくなるんだわ。
目の前に居たら一発やっちゃうわよね。後ろから、犬か、猪よ、豚だわ。
何回言ったのばかって、最低ねあいつも。あはあやだやだ詩なんて狂った世界。 ('16/08/04 02:10:58 *3)
- シロ :
皆様、おはようございます。
レスのやりとりや複数レスの方には一括で返信しますね。
まず、蛾兆ボルカ様、おはようございます。
静けさ、という場面を感じ取っていただいたようで、嬉しく思います。
この作品は、前回の「発芽」の続編みたいな感じで描いたものですが、皆さん、おっしゃられるように短いが故に粗さが目立ってしまうのだと思います。
どうもありがとうございました。 ('16/08/04 03:30:58)
- シロ :
玄こう様、おはようございます。
>>言葉にできない、異質な感情を他者にどう読ませるか?に尽きるかな。
まったく以てその通りなんですが、まだ力不足なんでしょう。
>>重複している意味の言葉がうるさいです、
一考してみます。
>>まだまだ、シロさんも、詩は、まだ書けていないな、と感じます。
出来る範囲で頑張りたいと考えています。
いろいろと具体的な事例を上げられ、感謝しております、ありがとうございました。 ('16/08/04 03:37:13)
- シロ :
ねむのき様、おはようございます。
>>ありきたりな修飾語が効いていないのが
>>すこし目立っているかなという気がします。
>>1連目の「心なし」と「ためらいながら」。
>>風を擬人化した描写が若干クドく
>>印象を薄めているように見えます。
>>3連目の「静まりかえった」は、無くても
>>充分作品全体から静かな感じが出てるので少し余計に思えます。
>>それから2連目の「幼気に」は(私の読み取れた限り)
>>ほかのどのフレーズにも引っかかっていなくて、
>>かつ、単独のフレーズとして見てもあまり面白くないです。
大変参考になるご意見でした。
勉強させていただきます。
いつも親切な御批評感謝しております、ありがとうございました。 ('16/08/04 03:40:54)
- シロ :
アラメルモ様、おはようございます。
>>シロさんは言葉の意味がもたらす比重を把握しないまま置いていく癖があるのね。
>>これはたぶんイメージが物語を追いかけるように自分の中でまとまってはいないからだろう。
残念ですが、図星です。
この詩に限らず、いろんな部分で言葉の比重がこれで良いのだろうか?と考えることが多々あります。
ありがとうございました。 ('16/08/04 03:45:26)
- シロ :
石村 利勝様、再度のご訪問ありがとうございます。
>>いやいや、いったん自分で完成品と決めて人前に出したものを、
>>他人の視点や意見が入ってから手直しするとろくなことにならないので、お勧めしませんぜ。
逆に、過去作において、特に新貝さんの指導の下、随分推敲し、よい作品になったものも多々あるので、こちらに投稿するものが完成品である、という認識は持っておりません。ごめんなさい。
>>一個だけ、これは感想でも批評でもない質問なんですけど、私の感覚では淵の色はブルーというより緑。
>>私、渓流釣り好きなんで川の色には鮮明な感覚がある。
>>「ブルー」っていうのは、シロさんのいる山ん中では淵が青く見えるんですかね?
>>それともこれは魚の色だけを指しているのか。
もちろん、ここに魚が実在などしていないのですが、現実的には緑色の淵というのは無いようですし、どちらかと言えば青に近いですね。
ありがとうございました。 ('16/08/04 03:52:42)
- シロ :
st様、おはようございます。
いろいろとお読みくださり、嬉しく思います。
実のところ、作者も責任をもってこうなのだ、という事が出来ない部分もあります。
魚は真実と見る…という認識は間違いではないのでしょうけれども、淡い期待みたいなものも感じ取って欲しい、というのが本音ではあるのですが。
ありがとうございました。 ('16/08/04 03:58:52)
- シロ :
岩満陽平様、おはようございます。
好意的にお読みくださり嬉しいです。
どうもありがとうございました。
九月って、まだ残者バリバリなんですが、昔チューリップっていうバンドがあって、「セプテンバー」という曲があったんです。
まぁ、関係ないですが。 ('16/08/04 04:02:24)
- シロ :
山田太郎様、おはようございます。
>>なんだか「盆栽」を囲んで、盆栽老人たちが背を丸めながら、
>>「じいさんや」「ばあさんや」とやっているような図柄だ。笑
>>たしかに完成された芸域に達しているのだろうし、また、頑固に
>>これ以上、のびしろもないのだろう。
>>ここまでくるのにそれそうとうの修練もなされたのだろう。
>>しかし華がない。
>>夢がない。
>>危なげのないお上手な絵を印刷機で毎回、刷るようなものだ。
>>こんなものを精神の〈老人〉たちが、
>>文句のひとつもいわないで、あーだ、こーだ、葉が、青色が、枝ぶりが
>>どうだ、こうだとやっている。
>>けっこうな「老人ホーム」だ。笑 ('16/08/03 17:54:31 *4)
・・・とのことですが、一部当たってる部分もありますし、完成とか芸域というのはまだまだだと思いますが、さすが山田様はウマい批評(面白い)が出来るお方ですね。
どうも、一筆ありがとうございました。 ('16/08/04 04:06:56)
- シロ :
アラメルモ様、引き続きおはようございます。
そんなことおっしゃらず、あなたは見れる人なので期待していますよ。
ありがとうございます。 ('16/08/04 04:09:11)
- シロ :
田中宏輔様、おはようございます。
>>どんな詩を読んできたのだろう? ここには貧しい読書体験しか反映していない。
残念ながら、その通りですし、達人の域に達しておられる田中様にすれば、そこらへんの小石のような作品かと思います。
御批評、ありがとうございました。 ('16/08/04 04:12:04)
- 石村 利勝 :
シロさん、お返事有難うございます。
>現実的には緑色の淵というのは無いようですし、どちらかと言えば青に近い
本当?青に見えるほど透明度の高い淵なんて、私は実物見た記憶ないなあ。それとも俺が色覚異常なのか(笑)あなたが普段見ている淵をいつか見に行きたいもんです。 ('16/08/04 05:33:44)
- アラメルモ :
シロさんの弱さは嘘が下手なことだよ。
いくら分量が書ける御仁だって言ってもね、何様?田中のアツスケ様から理由もなくあんなコメントされたらあたまにこないわけがないじゃん。
なんで感情を表に出さないの?
そこもあなたが描く詩の足りないところでもあるんじゃないか?
皮肉なら正直に皮肉を込めたコメント返してやればいいんだ。
シロなんだから、冷静さを装いながら隠すこともないじゃないか。
そこも文極のひとつの良さだよ。
非常識な奴。いい年こいて道理のわからん奴には正直にいい返してやればいいんだ。 ('16/08/04 12:02:46 *5)
- kaz. :
てか田中さん、才能ないし。 ('16/08/04 13:07:25)
- kaz. :
読書体験でしかものを語れない、ダメな詩人だと思う。まあ文極で評価されたり、現代詩百周年に載ったりしたから調子に乗ってるんだろうけど。 ('16/08/04 13:11:21)
- アラメルモ :
うん、田中あつすけ。彼も欠けた詩人だね。
いまは書けないから自己中の日記書いて載せてるけど、ある意味彼も死んだ書き手だよ。
引用すること自体が死を認めた行為でもあるかのよう。
将来も彼の詩の多くはゴミ箱行きだよ。
※何よりもそこには目指す思想がない。これは致命的な欠陥だよ。 ('16/08/04 13:22:34 *1)
- シロ :
石村様、こんばんは。
きっちりとした考えを基に詩をお書きなるんですね、私はその点、ズボラなんで、青と言えば青なのです。
しかしながら、緑ではないかな…・と。
思うわけです、失礼しました。 ('16/08/04 17:07:38)
- シロ :
kaZ 様、その件については、私の方からのコメントは無しとさせていただききます。 ('16/08/04 17:09:18)
- 山田太郎 :
kaz. :
てか田中さん、才能ないし。 ('16/08/04 13:07:25)
kaz. :
読書体験でしかものを語れない、ダメな詩人だと思う。まあ文極で評価されたり、現代詩百周年に載ったりしたから調子に乗ってるんだろうけど
↑
ほんと、恥ずかしいやつだな、おまえ。歳はまだ若いのだから無理もないが。
見ているこちらが赤面しそうだ。 ('16/08/04 17:11:11)
- シロ :
アラメルモ様、私は気弱なウサギ君なんです。
口では誰にも勝てません、弱者なんです。
…っていうスタイルがあるからこそ、詩が書けるのかな…なんて思ったりします。
最近は2チャンネルの「死ね!」とかっていう返信が気持ちよくて、逆に山田様の書き込みも嬉しかったりするんですよ、異常ですね。
困ったものです。
ありがとうございました。l ('16/08/04 17:13:25)
- 石村 利勝 :
わかったよ(笑)シロさん。きっちりした考えかどうかはわかりませんけど、自分の現実性は大事にしていますよ、あなたもそうでしょう。何しろ「青といえば青」だし。まあ、この質問は本当にただの質問で他意は何もなかったんですけど、あなたの「青といえば青」という言葉は実に爽快でした(笑)この作品ではそこまで行かなかったけど、次作では「うん、9月は青、淵も青、魚も確かに青だ」と私の現実性をねじ伏せるようなものを読ませてくださいな。どうでもいい話を引っ張って失礼。今回はこれで本当にレス終わりにします。それじゃ。 ('16/08/04 17:20:30 *1)
- 山田太郎 :
シロ爺さん。
2ちゃんねるで「死ね」とか書いた覚えはないのだけどな。?
わざとわたしをワル者にしないでね。盆栽老人くん。笑 ('16/08/04 17:21:25)
- シロ :
了解です ('16/08/04 17:21:43)
- 山田太郎 :
>シロ
>了解です
ありもしない流言飛語を振りまいておいて
最低限度の謝罪もできないのかな?
爺さん、山にこもっているからそうなるんだよ。笑
詩のことばも社会や世界から遠ざかってしまうんだ。
ま、謝罪はもういいから、意味不明な誹謗中傷はもう
書かないことだよ。山の爺さん。笑 ('16/08/04 17:34:05 *2)
- シロ :
山田爺様、2ちゃんは貴兄の事でがありませんよ。
稀勢の里スレで遊んでるんです。
よく笑いますね、笑顔は大切です。 ('16/08/04 18:06:38)
- 山田太郎 :
>最近は2チャンネルの「死ね!」とかっていう返信が気持ちよくて、逆に山田様の書き込みも嬉しかったりするんですよ、
これをみると、なにかおれの発言が2ちゃんねるの「死ね」と同じだと周囲にいっているようにしかみえないのだけどね。
〈盆栽〉という隠喩は「死ね」と同じじゃないだろ。
丹精込めて作られた浮世離れした作品という意味だよ。笑
それを2ちゃんねるの「死ね」と同義にするなんて、あまりにもひどいよなあ。
まあ、山にこもって世間のことなどすこしもわからない老爺なんだろうから、
しょうがないといえばしょうがないのだけどね。 ('16/08/04 18:14:48 *1)
- シロ :
しょぼいスケボージジイめ!!
俺はまだバリバリのスキーイントラだっつーーーの。 ('16/08/04 18:20:38)
- 山田太郎 :
>シロ
>しょぼいスケボージジイめ!!
>俺はまだバリバリのスキーイントラだっつーーーの。
ああ、盆栽老人にそういうのいっぱいいるよ。
80でもまだ滑ってるのが。笑
しょせん、世間の冷たく厳しい風が当たらない安全地帯で、
盆栽のようなひとりよがりの詩を書いているから、ちょっと批評されると
すぐに動揺するんだよ。
そしてまた、その動揺を隠して、いかにも余裕のように、
ありもしないデマをでっちあげて、振りまく。
〈盆栽〉老人がやることといったらスキーとこんな余裕のないデマしかない。
すべてお見通しですよ。
で? 謝罪はなしか。
なるほど、そういう人間なんだね。やはり。 ('16/08/04 18:36:16 *4)
- アラメルモ :
ヨボヨボの犬引き連れて公園のゲートボール眺めてる爺さんがいるよね。
グラウンドの中に入ってきたらその中の一人に言われたんだ。…あんた、糞の後始末ちゃんとやってくださいよ。犬引き爺さんは怒ったね。?な、何を文句垂れやがる!糞の後始末どころかこの犬は外で糞なんてシ ネ エ!その大きな罵声に周囲もびっくり…あ、そうでしたか、そりゃどうもすまんことで、、はぁ?何、こら、お、おら、ちゃんと謝れ、謝れよ、謝らないと許さねぇぞこの糞爺どもが、、、端で眺めてた婆さんらもその剣幕にはひぇ〜おろ。犬引き爺さん、その怒りのあまりに片方の杖を振り上げようとして、、わかった、わかったからさ、山田の爺さん、もう勘弁してやっておやりよ。見かねて宥めに入ったのは七福会婦人部長の鈴子婆さんだった。爺さんそれでも振り上げた杖を下ろそうとはしない。鈴子婆さんも必死で爺さんの胸を押している。爺さんとうとうヨボ犬の紐を手放して、負けてはならじと曲がった背中を反りかえしては前へ前へとにじり出る。犬は驚き逃げ出して、、キャン、ペ〜ンそのときだった。放した左手がこともあろうに鈴子婆さんの首から肩をズル、ズルズルと滑り落ち、蹴躓いた瞬間弛んだ胸のふくらみを見事にギュッ・・・あれ〜〜。チャンチャン。は?何がキャンペーンだ、チャンチャンだよ。スケボーだよ、スケ、ボー! ('16/08/05 01:34:38 *12)
- 山田太郎 :
>アラメルモ
面白いコメントだった。
あなたはどうしてこういうことを詩に書かないんだよ。
いかにもらしい詩を書いているが、それより、よほど面白い。
肩に力が入ったり、周囲を意識しすぎているんだな、きっと。
このコメントのように、じぶんが面白いと思ったことを自然に、
書いて、それを詩として読めるように加工すればあんたの世界が
開けるのに、どうしてそれをしないのか。
最近では赤青黄氏のコメントにはほんとうに感心した。
かれのつまらない詩より、よほど面白い詩になっていた。
蛾兆氏の『火星ジュース』につけられたコメントだけどね。
僕はファミレスで徹夜で作業していたとき、
朝五時くらいに
謎の土方のおっちゃんが急に同じテーブルに入ってきて、
セックスと政治の話をし始めた事があって、
その時も大体こんな感じの話をしたんです。
まず例え話みたいなのをして、
僕に「それ分かるか?」と問いかけて
僕が分からないというと、
「それはセックスの例え話なんや」
みたいな事を延々と繰り返すんですね。
その後に「若い奴らはもとセックスせんといかん」
みたいな事を30分くらいしていった後に
自分の席に戻ったのですが、
なんというかその時みたいな感じがします。
僕はその時心の中でそのおっちゃんの事を
結構馬鹿にしていたのですが(眠たかったし、
他にやる作業のあったので)でも、
話してくれた事は僕が聞いた事のない事だらけっていうのもあって、
その後結構そのおっちゃんにもう一度会えないかなんて
今でも思ったりしています。
……
肩に力の入らない、ふわぁとした自由な感じの言葉。
そういう言葉が新しい詩の時代に入ろうとしていて、
そういう言葉をみな持ってるくせに、じぶんで見失っているんだね。
田中あつすけさんの詩をきみはkazとかいうバカと一緒にけなしていたけど、
あの人が書いているのはそういう自在になった言葉なんだよ。
きみにも書けるのに、じぶんに自信がないから書こうとしないだけだ。
もっと自分を解き放って、周囲の目を気にしないで、肩の力を抜いて、
面白がらせようというのではなく、掲示板に書き込むときの気分で
書いてはどうかな?
上から目線でいってるのではなく、これは自分自身への言葉でもある
んだけどね。
もうさあ、盆栽みたいなチンケな言葉とさよならしないと。笑
('16/08/05 05:12:28 *4)
- アラメルモ :
田中アツスケの佳さはね、自分で楽しんで書いてるところだよ。
僕は楽しんで書くことを忘れてたね。
言葉と出合う喜びを忘れてた。
それを西木さんの詩を読んで思い知らされた。
まだまだ中途半端だよ。
一度崖から飛び降りてやり直しだね。 ('16/08/05 13:01:11 *3)
- 赤青黄 :
取り敢えず九月というのが、一番謎でした。後付けのような気がしますが、
九月に詠んだだけという感じもします。
季節という枠組みで考えると、僕にとって九月は一番よくわからないので、なんとなくここでは今回保留というか無視したいと思います。
言葉の破片を引き連れて→真実は青く沈み→光沢のある青い魚が
この連想が僕にとっては心地よかったです。僕は単純に詩作の詩みたいな感じで本作を受け取りました。
バラバラだった言葉が→均された虚像→ブルー(で結晶化するみたいなイメージ)→青い魚(鱗の集合体、つまり言葉の集合体)になる。
青い魚は真実、つまり、ここら辺はシロさんの作風とかけ合わせても面白いと思います。「んな訳ないだろ」と思われてもいいので、こう言ってしまいますが、魚こそ真実、いや詩だというのは僕はいいなと思います。それから僕はこの合唱曲をなんとなく思い出しました。木下牧子「祝福」です。
「【合唱曲】木下牧子 祝福(手稲東中)」http://www.nicovideo.jp/watch/sm10293683
ネットで聞けるのはこれが一番良い様な気がします。
この合唱曲は池澤夏樹の「祝福」という詩を元に作曲されたものですが、その詩に似たような発想を感じました。歌詞は以下のサイトに載っています。
「どうしていつも 祝福」
http://letssinging.blog.shinobi.jp/%E5%A5%BD%E3%81%8D%E3%81%AA%E6%9B%B2/%E7%A5%9D%E7%A6%8F
具体的には
>魚のうろこは予言を包み
>潮はあふれる 魂の壷に
ここの部分です。
それで、本作と比較して考えてみると、この場合は森の中の湖のイメージ。池澤は海の静かな入り江というようなイメージがなんとなく湧きます(池澤の方が絵としてのイメージはすぐ出てくるのですが言葉にするのが難しいですね。故に音楽を僕は引き合いに出したのですが)。
本作に感じた最初の印象について、今更ながらに述べておくと「コンパクトだ」という感じしかしませんでした。どこが良いか悪いかという以前に、圧縮された詩の姿がそこにあり、短いというだけで割とハッとするものがありました。僕はシロさんの作品は短い物の方が格段に映えるのではないかと正直に言うとそう思いました。
次にやはり使われる語彙に、正直な所、最初は安易さを感じました。それは「青」の多用であったり「ブルー」という言い方もそうです。ですが、それに関しては読み込むうちに無ければ困るという感じになりました。語一つ一つの繋がりというのが、上の読解の結果からも分かるように、読み手によって多岐に渡る作りに、すでになってしまっているからです。これを他の言葉で言い換えるのは、まず無理だろうと思いました。
だから、最初読んだ時におもった陳腐さというのは、今は綺麗に吹き飛んでいます。例えば最後の連、
>思いついたように尾を翻し
>河床の色に程よく溶け込んで
>水とともに揺らめいている
ここも今ではとても読んでいて楽しい。
「心なし風はためらいながら
言葉の破片を引き連れて」
↓
「河床の色に程よく溶け込んで
水とともに揺らめく」
最初の入りからここに最後抜けていく、この終わり方が至って静謐で、イメージとしてとても心地いいです。
後一番最後に「水」という言葉が浮上してくるのが良いと思いました。ではこの場合の水とは何を指しているのか? そこを踏まえて考えるだけでも話題が十分に深まるくらいに、とても面白いと思いました。
他にも惚れる場所は多くあるのですが、兎に角、この本作を成立させているのは僕にとっては「青い魚」これが特筆して大好きです。寧ろ、この言葉が全体を支えているといっても過言ではないと僕は思います。「水」「言葉(鱗)」「揺らめき」そして「真実(詩)」というものが「青い魚」へと、見事に圧縮された詩だと思います。確かに見た目という所を大きく掘り出すと結構辛いかもしれません。僕も「ブルー」については、「ひらめき」のような意味合いで解釈した時に大きくハットする事ができたのですが(勿論強引な読みである事は重々承知の上ですが)、そのような解釈を例えばまず読んだときに導けるのか、というものはあります。
何がいいたいのかというと、僕にとって「ブルー」は必要ですが、最初読んだときに「ブルー」は要らないと思ってしまいました。ですから、僕も代案は殆ど何も浮かびません。というかこれ以上の言葉の選びようはないと思いますが、でもそれゆえに惜しいのかなと思っています。 ('16/08/10 20:14:02 *2)
- カナリヤ :
こんばんは。
他の方も書かれていることではありますが、このタイトルと詩の情景のギャップが面白いなと感じました。
しかし、この詩は「九月」というより、「七月」のように感じてしまうのです。
青いなかを泳ぐ魚と聞くと、どうしても夏の涼しげな川が浮かんでしまうもので(これは個人の思い出も大いに関係するところですが...汗)
何となく夏休みの情景に思えてしまうのです。
的はずれなことを申しておりましたら申し訳ありません。 ('16/08/10 22:51:59)
- シロ :
山田さんとアラメルモさんのコメントについては、レッサー同士の会話ですので、それについてのレスはしないことと致します。
よろしくご理解ください。
赤青黄さん、おはようございます。
短い作品は基本苦手と言いますか、難しいですね。
ただ、その中でも比較的伝えられる部分があるのではないか?という作品を投稿しております。
おっしゃるように最後の部分はこの詩の核となる部分ですが、前半はいささか安易に言葉を張り付けた感があるのは否めません。
アドバイス頂いた部分については、再考する予定ではいますが、そのままにして置く可能性も強いかと思います。
いろいろと的確な御批評、ありがとうございました。
カナリヤさん、おはようございます。
タイトルの「九月」については、赤青黄さんもおっしゃっていましたが、前作の「発芽」の続編(「発芽」は八月のある事柄を書いたものでして…・)なので、九月となります。
しかし、読み手からすると唐突な部分もあろうかと思います。
なので、季節的なものとしては、盛夏(造語ですが「狂夏」というイメージ)の後の晩夏ですね。
御批評、ありがとうございました。 ('16/08/12 05:39:04)