太陽の匂いが漂うんです
懐かしいあの土手沿いの道の一画に
両手から
はみだしてしまう大きさの
おおきな亀裂のあるトマト
とうさんが トマトの真似をして
「やくざもんのトマト」と言ったのが おかしくて
七月の風に
とうさんの くつをはいて
ぶかぶかな足で かけだして
あの庭の あのトマトを
がぶりと やる
トマトをみかけるたびに
トマトの太陽が のぼるんです
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20160718_127_8973p
- 岩満陽平 :
うーん、普通の詩ですね。普通の感性で書かれた、枠からはみ出ることなく、ふつーに道を歩いている人の詩ですね。良かったです。 ('16/07/18 14:21:49)
- ヌンチャク :
「栽培の方法や技術や常識に関係なく、
子供の頃食べた、
父さんの作ってくれた傷だらけのトマトが、
今まで食べた中でいちばんおいしかったわ!」
という感動が、
まるで生かされていないのが『しもじもの とまと』、
その感動を全面に押し出したのが『真赤な太陽』、
ってことでいいんじゃないでしょうか。
最後のしめ方はちょっと甘いような気もしますが、
四連の人生の比喩は、
明るく軽く、秀逸だと思いました。 ('16/07/18 18:05:43)
- 北 :
金魚が水槽で泳いでる感じで、違和感なく読めます。
これが、前作の本当の姿だと思います。
良かったです。 ('16/07/18 18:25:25)
- シロ :
今では如何なる時期でも色んな野菜を食することが出来ますが、その時期のトマトは格別です。
すこし青みのあるトマトをまるかじりすると、土の匂いが口中に広がります。
いまでは、やたら甘さを追求するあまり、本来の野菜の味や果実の味が失われつつあります。
難しくなくていい、こういったシンプルな作品の投稿がもっと増えてくれると嬉しいですね。 ('16/07/18 18:39:13)
- 山田太郎 :
>シロ
>難しくなくていい、こういったシンプルな作品の投稿がもっと増えてくれると嬉しいですね。
わたしはそうはおもわないな。ていうか、余計なお節介でしょ。
どんな傾向のものでも、わたしは歓迎しますよ。
なにか特定の傾向のものを投稿せいといわんばかりの物言いには傲慢な匂いを感じて
すこぶる不愉快です。
こういうシンプルな作品が悪いというのではなく、こういうものが投稿されるサイトは
もう山ほどあるでしょ。どうしてすべての投稿サイトを個性のない一律なものにしたがるんです、あんた?
社会の矛盾や貧困や苦痛や対立などを言葉に託して表現し、投稿したくてもそういうものを受け入れない投稿サイトが多い中、
ここだけがそういう人たちのアジールとしてある程度、自由な投稿空間を保っているんです。そのような多様性を奪ってなにが楽しいの?
ことあるごとに、いちいち、ネチこく、あんたはいうけどさ。メビウスや現代詩フォーラムだけでは満足できないのかね。もう十分だろ。
いい加減にしろよといいたい。 ('16/07/18 19:17:05 *8)
- 田中恭平 :
「普通の詩」に対して私が畏怖するのは
どこか、仏教思想を内容しているところです。
多分、意味とか意図するとこ(メッセージ)を掴み
あとは緩さを加えていけばいい、極シンプルな構造を指し「普通」と定義される。
ただ前作が「普通」ではないのが、緩さの加減にあると思います。
これは緩く、前作はちょっとしめてある。
私は、不意打ちのワンフレーズがあった前作を好みます。
不意打ちというのは慈悲(=愛)であって、私は前作の方に軍配を上げたいと思います。 ('16/07/18 20:57:08)
- 蛾兆ボルカ :
私は、こちらのほうが、トマトが美味しそうな感じがしました。
こちらはトマトを率直に認め、作者はトマトに敗北しています。勝とうとしていません。負けたことに動じてもいません。
だからドラマがなく、単純なんですが、そのぶん目線がしっかりしていて、トマトそのものが、その立派さや美味しさを連れて、読者である私に、伝わってくるように思いました。
そうされると、不思議と作者も伝わってくるように思いました。
技術的には、七月の陽射し、とかではなく、『七月の風』で七月を表現し、太陽は赤さで表現する形式にしたとこが上手いですね。
実際は夏の太陽は白いので、赤さでは太陽がイメージされず、むしろ七月の風が太陽を連れてきます。
だから暑くて涼やか。 ('16/07/18 21:40:30)
- 北 :
トマトの真似をするお父さんって凄くね? ('16/07/18 21:49:57)
- 蛾兆ボルカ :
ってちょっと、私が何を言ってるか、作者を含めて多くのひとに伝わらないかも知れないけど、追記。
色について、この詩はとても複雑で精巧なことをやってます。
トマトが光ってて赤くて涼しげです。加えて、あの独特の匂いをさせてます。
指摘しようとしても追い付かないのですが、わざと少しずつ、ずらして形容して、全体で絵にしてます。ほぼ魔法だな。
ベリグーです。 ('16/07/18 21:51:13)
- 蛾兆ボルカ :
北さん
お父さんより、トマトのほうが偉いわけだよ。
作者より作品。芸術家魂だよ! ('16/07/18 21:53:27)
- 田中恭平 :
追記
子供は、太陽を表現するのに赤の絵の具を使用するけれど
実際に太陽は白いひかりだというところが面白いな、と思います。 ('16/07/18 21:56:53)
- 北 :
ボルカさん
うんうん、けっこう仕掛け多いのね。 ('16/07/18 22:26:11)
- 5or6 :
読みました。なんでしょうね。マイノリティな意見を言わせてもらうと嘘臭くてトマトが見えないです。てか、トマトじゃなく実はヤクザの頭もってるんじゃない?血まみれの頭もったお父さんがトマトに見立ててやくざもんのトマト、って言っている。‥鬼怖っ!そう踏まえてみると背筋ゾッとしますね。狂気の世界ですよ。両手からはみでてしまうほどの、ですよ。そんなでかいトマトあります?恐ろしい、皆さん素直な良い子な読み方でビックリですよ。こんな読み方どうでしょうか、夏にはぴったりの詩でした。失礼しました。 ('16/07/18 23:50:49)
- 湯煙 :
二連にある「とうさん」が唐突に感じるようなのですが。
真赤=血縁のイメージから、初連から弾けるように、
>とうさんが トマトの真似をして
>「やくざもんのトマト」と言ったのが おかしくて
>両手から はみだしてしまう大きさの
>おおきな亀裂のあるトマト
>七月の風に ぶかぶかなくつでかけだして
>あの庭のトマトを がぶりとやる
>太陽の匂いが漂うんです
>トマトをみかけるたびに
>懐かしいあの土手沿いの道の一画に
>トマトの太陽が のぼるんです
……
広く取られた余白がまた瑞々しさを感じさせる作品ですね。
「トマト」がこれだけあると、プチトマトな宇宙という感も否めないですね(笑 ('16/07/19 03:27:29 *1)
- 石村 利勝 :
うーん。わからん。何度も読み直しているが、何度読み直してもぴんと響いてこない、カチッとつかめない。私もマイノリティかな。
この作者の作品を読んで、こういう風に何も響いてこないのは初めての経験。
むしろそこに「何か」が起こっているのを感じるが、それが何なのか、今のところよくわからない。
蛾兆さんや5or6さんの仰るように、シンプルな外見からはすぐにはわからない「何か」がその向こうに広がっているのか、それともただの失敗作なのか。でも、ただ「失敗」しただけなら、こうはならないと思うんだよなあ。この作者の場合。
とにかく、今までよんだこの作者の作品に共通して感じられた声と、それが生み出す力の共通した質が、この作品では私には感じられない。価値判断とは関係なく。
要は、この作家の作品から普段感じる「何か」が、そこにない。で、その代わりの「何か」がそこにあるのか、それとも実は何もないのか、そこが俺には今のところわからない。
うーむ。何が起こっているのだろう。作者の中で。うーん、わからん。前作より明らかに好評なように見えるけど、どうしてそうなのかも、わからん。
誰か、この頭の固い俺に教えてくださいよ(笑)というか、俺の感受性が幼稚で粗雑で生すぎるのか?そうかもね。 ('16/07/19 05:09:53)
- 山田太郎 :
>石村 利勝
>この作者の作品を読んで、こういう風に何も響いてこないのは初めての経験。
>この作家の作品から普段感じる「何か」が、そこにない。
びっくりしたな。まったく同じことを感じていた。
洗剤のCMみたいな詩だなと。
前回、つまらないことでぐじぐじ責められたのがよほどこたえたのだ、きっと。
この詩を読んで思い出したのが、織田信長と京料理の挿話。
信長が足利将軍家を傀儡にしていた三好氏を追い出して京都を占領したときのこと。
信長は三好家に仕えた料理人を捕らえた。
早速、信長はその料理人に料理をつくらせたが、
「こんな水っぽいめし、よう食えせんわ!こんな下手くそな料理人、斬ってまえ!!」
と激怒した。(物騒なおっさんや)
しかし、料理人某。少しも騒がず、「殿さま、もう一度拙者に料理を作らせてください。
もし、今度の料理も口に合わなかったらその時はいかようにも御成敗ください」と、
言ったそこで信長は次の日の食事を作らせることにした。
次の日。信長は料理を食べて上機嫌であった。
「どえりゃあ、うみゃあで。その方、わしの料理人になりゃあせ」
料理人仲間がどういう訳かと訊ねた。
「それはやなぁ」と、料理人某は語った。
「最初の料理なぁ。あれは三好家で出していた京風の薄味や。次の料理はやな、
田舎風の濃い味にしたんや。信長公は尾張の出やさかい濃い目の味がお好みやろうと思って、
2番目の料理には田舎風の味付けにしたんや」 ('16/07/19 05:23:53 *2)
- 石村 利勝 :
湯煙さんが再構成?されたものの方が、この詩行のよさはシンプルに伝わってきましたね。視点と感情の動きがわかりやすい。でもそれがいいことなのかどうか。うーん。 ('16/07/19 05:25:42)
- ヌンチャク :
前作の痛トマトポエムから、
青臭さとエグ味が抜けて、
ただ甘いだけのトマトポエムになっちゃった、
ってことでいいんじゃないでしょうか。 ('16/07/19 06:18:16)
- 蛾兆ボルカ :
これを説明で伝えるのは至難ですね。たぶん僕には、その能力はないのですが、湯煙バージョンでは、僕の感じる面白味はないです。
芸術家魂が表現されてないし。
詩の良さ自体は、伝わるかどうか、心もとないけど、作品の仕組みのうちいくつかを指摘してみます。
>太陽の匂いが漂うんです>懐かしいあの土手沿いの道の一画に
冒頭、匂いから始めて、追憶を立ち上げています。この太陽の匂いというのは、表面上はトマトの匂いと解釈されて読者のなかにポンと置かれますが、作用としてはどんな匂いを読者に感じさせるか?
例えば、干したふわふわの蒲団の匂い。それを分解すると、乾燥した土、草、水、ホコリ、熱。それらの匂いを連想させるものが、二行目にさりげなく置かれています。
『土手』ですね。
これが川の水の乱反射までを、読者の無意識下で刺激します。
冒頭だけでも、実は他にいくつも指摘できそうなんですが、次にいきます。とにかくビジョンの『イキ』が良いのです。
>両手から
>はみだしてしまう大きさの
冒頭から『匂い』を引き金にタイムジャンプが始まり、ここで着地します。『時をかける少女』です。プルーストです。
なぜはみ出すか。子どもの小さな手だから、ですよ。
なぜ時をかけて逢いにいくのか。それはこの詩が、捧げる詩だからです。
マヤ文明であり、お盆だよ。二行から、川の音が響く。
・・・こんな感じで、これとまったく異なる『色々』が、この詩からは立ち上がります。そしてそれが美しく調和して、その結果、トマトが美味しい。
とても語りきれないのですが、そんなふうに僕は感じます。
傑作だと思うよ。 ('16/07/19 07:40:01)
- 山田太郎 :
>両手から
>はみだしてしまう大きさの
これはだれが読んでもすぐにわかるだろうよ。
おとうさんの靴がぷかぷかといってるんだから、幼児の手だよ。
だから大人からみればそんなに大きなものじゃない。
問題は、幼児のころを回想しているいまの書き手が、トマトを見ると
「のぼる太陽」がある。とうぜんこれはお父さんのことですよ。
白であれ、赤であれ、幼児が太陽を直視するわけない。
話をややこしくするなよ。すこしもむつかしい詩じゃない。 ('16/07/19 08:06:26 *1)
- るるりら :
おはようございます。
わたしとしては、この詩は 危険なシロモノだと思っています。
まず、この詩は とても明るい詩なのに 描けてしまったあとで 私ったら号泣したんですよ。
この詩のようなものが もし 二作三作と書けてしまったとしたら、リアルな私は破綻すると思います。
その根拠は、「時をかける少女」という作品は、作者の技術で書かれているからあの作品の作者は、平常心を保てているんだと私は思います。実際に 自身の幼い時の手を ほんとうにリアルに観ることができるような領域に立ったら、それってアカン領域と接していると感じます。
おとうさんと幼かった私が、たからかに笑ったのも
土手沿いの景色も、 とうさんの靴も、ほんとうの記憶なんです。
けれども、でもですよ 記憶にもぐる作業って、自分ってモノは どこか麻痺します。
このままだと、なにか大切なことが お留守になってます。
これって、ある意味では 死者の目線に等しいと 感じます。
わたしは いままで生きている詩を書いてきたのに、どうして今
死者の目線で ものが見えたのでしょ。
話は飛びますが、前作でトマトの水耕栽培の話が でてましたが
そんな話が飛び出した途端に、突然 リアルタイムで ある人からメールもらったんです。その人とは詩で繋がっている訳でもないのに 私とメールを おくってきました。
広島には 全国でも珍しい水耕栽培でのトマト生産農業工場があるんですが、
その人は、そこに就職しようとして本気で調べたことのある人なんです。
私が頼んでもないのに、トマトの水耕栽培の知識を検索等で仕入れる前に、その辺のことを本当に 知りたければ実際にソコに行けば より正確な知識が得られるであろう具体的な住所が、私には 解ってしまってるんですよ。怖すぎです。がくぶるですよ。
なんなんでしょ。この意識のバブルが あけはなたれた感じは!
なんといえば よいのでしょ。
私の中の記憶に確実に居る少女が、笑うんじゃなくて
等身大の私自身が よろこぶような詩が、いつかまた書きたいです。
そのためには これ以上の賞賛は、毒です。賞賛って嬉しいです。アリガトウゴザイマス。わたしの詩が みなさんにとって 気持ちよかったみたい、よかったです。はっきり言って、私も気持ちが良いです。でも だからこそ、やばいです。
本当は、 前作のせいで極端に気持ち悪い体験をされた方の気分を よくしてさしあげたかった。それだけのことです。
わたし自身は、気を しっかり持たなくちゃなと 思っているところです。
うっかり 人様の詩作品にレスもいれないまま 二作目作品を 投じてしまっています。
どうかしてます。参加者として 間違えて居ます。
前後してしましたが これから ちゃんと人様の詩に潜りますので、拙詩の作品(前作と今回の作品)への 私自身の返信は、 このコメントを持って あとは 休ませていただきます。
多数のご意見をありがとうございました。
特に、苦言をくださったみなさま。ありがとうございます。肝に響きました。 ('16/07/19 09:06:44)
- 石村 利勝 :
ヌンチャクさん、蛾兆さん、山田さん、そしてるるりらさん、ご教示、解説、解題、鈍脳へのお気遣いその他もろもろ、有難うございました。
とくに蛾兆さんとるるりらさん、詳細な分析、懇切な解題に感謝します。
よく皆さんのコメントを咀嚼した上で、一回自分の中で寝かせて、また読み直してみますわ。 ('16/07/19 10:09:58)
- アラメルモ :
もうベテランだよね、るるりらさんも。
べつに内容に文句を言うつもりはないんだけど、せめてタイトルをもうちょい何とかしてって思うわけ。まんまだよね。
これさ、俺や5or6さん、他にもいるけど【真っ赤な太陽】ってガバッと広告貼られたらどうしても美空ひばりの歌が口をついて出てきてしまうわけ。もしくは橋幸夫。連れだって吉永小百合。爺さんだらけよ。もうちょっと何か新鮮なの思いつかないのかなってね。
※
追記。逆にそれを知って狙ったとしてもね。 ('16/07/19 11:37:44 *5)
- 蛾兆ボルカ :
るるりらさん
わかります。タイムトラベル、お疲れさま(^-^)v
まあ疲れるよね。
僕なんかいつも、称賛を受けることを辛く感じます。称賛の辛さに比べれば、酷評なんか鼻くそみたいなものです。
女性詩人には、自傷行為みたいにして自作を改悪しちゃうひとが少なくないのですが、ここはがまん。
安易な改稿をせず、しばらくそっと置くと、作品が作者に語りかけてくると思うよ。
特にタイトルは変えるとダメだと思います。作品全行にわたって構成が崩れるし、この赤くて丸いやつは魂です。死ではなく、超時間の生命だよ。
じゃー、またね( ̄ー ̄) ('16/07/19 12:46:15)
- アラメルモ :
蛾兆さん、丸くて赤いやつは魂です。だから太陽の喩えになるだけ?
ふ~う。 ('16/07/19 13:09:44)
- 山田太郎 :
おっ。笑 とうとう「蛾兆さん」になったか。
「さん」付け復活だな。笑 これで旧友邂逅だな。
よかったとおもう。ほんとうに。
もうケンカしなさんなよ。 ('16/07/19 13:56:29)
- アラメルモ :
さん、でも様でもなんでも付けて呼び捨てにしてやりますよ。
一連のながれです。
しかしなあ、あなたも他人にはとやかく言うけど、みんなウロチョロ汗ながしてるのに氷河原の啄木鳥。
ああ、暇だ、罪悪感は感じないけどね。 ('16/07/19 14:18:43)