雪のように、
やさしく、
溶けていく、
白い、思考の中で、
血のように、凍らない、
冷たい、思想が、
生まれて来る
この、二椀の、
雪が、早く雨に変わりますように、
と、祈る、声が、する、
そう、この土地では、
雪ですらも、砂にかわるのだから、
飲み込まれたばかりの、
家々から、漏れる、静けさも、
どこもかしこも、
浅いばかりで、
手は、ひび割れた、ばかり、
それを埋めるように、
砂が、混ざって、
赤くなるのを、
見ては、振り払う、
手の、
多さばかりが、
やっぱり、降る、
「凄く芸術的なあなたの尿道から」
とか、
とにかく、
「凄く、芸術的な」
なにか、が秘められているなら、
この、土地の、風土を、
今すぐ終わらせるような、
言葉をくれてやってほしい、
もし、「すごく文学的な」
でも、「すごく芸術的な」な
でも、なんでもかんでも、
「すごく」なさけない、
現実を、埋め合わせるためだけに、
降るような、雪なら、
早く溶けてしまえ、
そして、剥き出しの、
地面で、横たわった、
なさけない、体に、
優しく花が咲くのなら、
それを、微笑みながら
摘んであげる、
骨は、雪、で出来ているわけじゃないから、
この、寒さの中でも、
音がならない、
肺を、この土地の、
砂に、砂の混ざった、風に、
あった、肺を、
そして、声を、
探している、外では、
やっぱり、砂嵐が
続いていて、
その、向こうには、
歯並び、
の、悪い、一人の、
男でも、女でもいいから、
突っ立っていて、
風に飛ばされないように、
身をかがめながら、
何も考えていないなら
その人も、さらって行ってほしい、
これは、裏面だから、
何書いてもいいよね、
いいよね、って、
子供をあやすように、
遠くで、未だ、
終わっていない、
雨が降っても、
風がつよくても、
もう、思い出さない、
記憶だけが、あって、
それでも、皆生きている、
の、一言で、まとまるような、
冷たい、思想だけが、
風の中で、吹き荒れている、
冷たい、思想が、
体に宿っていくのを、
日に日に感じるよ、
誰もかれもが、
でも、あの、大雪の日だけは、
違ったみたいだよね、
皆、口ぐちに、あの、
日のことを語っていた、
あの、日、語った、言葉は、
あの日の、言葉でしかなくて、
今ここには、もうないんだよね、
そうかわかった、
だから、皆、冷たい思想の中で、
やっぱり、この、
二椀の雪が、早く、雨に変わるように、
祈っているんだね、
(おまへが たべる この ふたわんの ゆきに
わたくしは いま こころから いのる
どうか これが兜率(とそつ)の 天の食(じき)に 変わって
やがては おまへとみんなとに 聖い資糧を もたらすことを
わたくしの すべての さいはひを かけて ねがふ )
俺は、すべての、災いを、かけて、願うよ、
お前たちが食べる、この、二椀の、
雨が、この、土地の、砂を、
じべたに、はいつくばらせたまま、
もう二度と、舞い上がって、
僕らを、押し潰さないように、
飲み込まないように、
私は、今、こころから祈るよ、
(わたくしの すべての さいはひを かけて ねがふ )
今、詩を、書いている途中にも、揺れたよ、
動物たちが騒いでいる、
そして、すぐに、静かになる、
冷たい、砂のように、舞い上がって、
すぐに、消えてなくなる、
この風土にも、
あの、二椀の、雪にもられたはずの、
雪が降る、
それが、早く、雨に変わるように、
僕の、すべての、修羅よ、
雨を、呼べ、
砂も、雪も、
溶かして、消し去ってしまう、
雨を、
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20130313_640_6772p
- atsuchan69 :
病気だ。天才ではない。ボロボロだ、恥ずかしすぎる。
>雪のように、
>やさしく、
>溶けていく、
>白い、思考の中で、
ああ、そう。
ぜんぜんピンと来ないし、フツーの人はへ? と思うだろう。
以下、そんなような羅列。
でも、言いたいことは伝わっている。
なのに心に響かないのは、作者がフツーの人との接触を絶っているからだ。
いや、べつにフツーの人に媚びなくてもよい。
しかし、フツーの人との接触を絶って尚、ピカソのゲルニカのように奇形のカタチとして万人の心に残るだろうか?
たぶん少しイカれた人が嵌るのかもしれない。が、やっぱしフツーの人はへ? と思うだろう。
また、ゲー術的にみて強度はあるのか?
ない。それはたぶん、作者自身が十分に判っているはずだ。
残念だが、ボクの眼は視たくもない色んな血の飛沫を見てきたのでそれほど甘くない。
駄作です。下手くそ詩人のatsuchan69にこう言われて、ハンカチ噛んだまま歯噛みしてください。以上です。返答はしません。 ('13/03/14 00:02:29)
- 鈴屋 :
atsuchan69さんへ。
駄作かどうかはわからないけど、これ読んでわたしは少し泣いたよ(わたしがないたのだからやっぱり駄作なんだろうな)。アッちゃん69さんは右肩氏の詩へのレスをすぐ消したろ。わたしはあのレスにたいへん感銘を受けました。消したのは恥ずかしかったからだろう。わたしも今恥ずかしい。
ピカソのゲルニカ、あんなのどこがいいの?あれ見て反戦とか平和とかの思いを新たにするの?あの絵は遊びだよ。遊びとしていいというなら別だけど。 ('13/03/14 00:40:07 *1)
- 一読者 :
詩文の、始まりと終わりとでは、すぐに賢治の「妹よ」がよぎる。半ばの文で私一読者が読んだ事は「我々作者が詩を今、至及、我々読者が詩を今、どう捉えているのか」について語られている作者の発言の中身を読んだ。そのなかでの思考の言説、浮き沈みしながら堂々巡りを辿りつつ、私一読者はやはりここは、突出すべき強固な断罪(ちょっと言葉が暴力的かも)だが。
観念ではない、感覚ではない、勿論感情も削ぎ、思想として突き詰めていくことを、この詩作品を表出する前段階において、今在らせられている現代詩また、今の詩の有り様についてを、思想の背後から、現前と読者の人間に向け、今の詩(現代詩)を屈服させ殺生できるものが見つかるのではないか。人間の立ちはだかる言葉(ロゴス)から今一度、倒錯転倒させ建て直すことが、期待できる可能性を読んだ。蘇生すべき新たな詩のベクトルをどこかに探そうとしている作者をみて、しのばせつつも心強い。
さらっと読んだだけだが、期待する。
以上、勝手な読みで失礼。 ('13/03/14 02:49:57)
- 文極ファン :
宮沢賢治は同じ。
ロゴスという呪縛から解き放たれた生あるいは言葉。
脱構築は新たな構築を生む、ということへの懐疑から、自由をもとめて自由を破壊するような、そんなことを感じた。『ふたわん』は、神の永遠の腕の中の『永遠の腕』を想起させる。言葉・ロゴスの解放、ロゴスのゆくえ、そこらへんを鮮明に感じさせた美しい詩だと思う。また、このテクストの向こう側には、作者の想い、願いが鮮明に見えた。だからこそ、この詩がより、引き立つのだろう。 ('13/03/14 11:15:14)
- 黒髪 :
とても文学的だと思います。文学を、実践するとはこういうこと。というのは、文学を作るのはとても難しいから。子供の作文ではない、技巧と思想の伝えという文学。雪が雨に変わるようにという願いは、寒さや貧困、病気などの困難から、自然に抱かれることによって、救われるということ、この詩の全体に、雪のイメージがおおっている。雪は美しいわけではなく、食べるものです。諦めないこと、大事だと思います。自然には勝てないからといって、想像まで屈することはあってはならない。別の場所へと行くことを、理想を想像することによって、禁止しない。読者との意見の交流が、リアルであるということ、だから、この詩は、たぶん、現実の中に行き場所をなくし絶望した思考が、満たされたいという願望を持って、文学よりは、人の現実へと、向かう。その過程をあらわにすることによって、コミュニケーションの技が、記録に残る。記憶に残る。いつか雪のように水に変わる思想が、水になって、読者の喉を潤したのだ。
僕にとってとても難しいから、レスも抽象的になってしまいました。 ('13/03/14 14:37:11)
- ゼンメツ :
Lisacoさんへ
>関心のない人たち、自分とは関係がないと思っている人たちを巻き込めなければ、何の創造も可能性もないのではないか、
現代詩書きの全員が全員その視点で書きはじめたら本末転倒だろうなって思うんだよね。"ラインを作りたいと思っている人たちは何故、何のために繋ぎたいのか"そこを考えると道を極めんと進んでいる人たちが居るから、自分達自身そこに魅力を感じるからってのは大きな理由の一つであって、決して"難しい詩が読めねーから大衆詩に擦り寄っていってる"なんてわけじゃない。個人的な好みを批評のものさしに使うのは全然悪くないしそこで終わってりゃいいんだけど、そういった意見を他人の詩の批評に持ち出すのを見ると、現代詩の現状が『見えていない』じゃなくて『見ようとしてないな』って思っちゃう。 ('13/03/14 20:21:35)
- 深尾貞一郎 :
こんばんは。素直に書いた文章ですね。安陪晋三と辺見庸に宛てたものだと思いました。 ('13/03/14 20:53:01)
- 深尾貞一郎 :
つうか、庶民は生きるために生きているだけなので、責めても虚しいよ。 ('13/03/14 21:06:29)
- ゼンメツ :
>Lisacoさんへ
僕はさ、つねにそれと逆のスタンスなんだよね、僕は僕の全ての返信を個人に宛てた気で書いたことなんてないんだ。だからその文面がどこのだれがだれに宛てて書いたものかなんて僕にとっては元より気にした内容じゃないし、このレスだって皆に見てもらうためにしか書いてない。そして僕の発言を読んでどう思おうとそれもまたそいつの勝手だと思ってるってこと
ただ、それで個人が気分を害したなら悪かった、とは思うけどね ('13/03/16 11:53:24)
- ゼンメツ :
>Lisacoさんへ
僕はLisacoさん見て誠実じゃねーなーなんて思ったこともないけどな、"正しさ"なんてのもどっちかっていうと"そういったてい"で話してるようなもんだし、あるとしたらエンターテイメントとしての善悪に近い、(つまり僕の意見はともかくとして僕自身に"誠実さ"はない)だからLisacoさんのスタンスだって正直なとこ別にそれで悪いとこなんてないだろうし悪いなんて言い切ったらまず僕が矛盾する。まあここらへんも言わなくても"Lisacoさんは"わかってるのかもしれないけど、つまりあれを見て『見えてない』人たちが流されたらそりゃ違うよってこと、そういう意味での『見ようとしてない』と区別したわけだ、つまるところあれはそういう奴等が『見ることへの興味』を持てばいいなって発言であって、見たうえで自分の意見持っているやつはあんなもん無視していいんじゃないかなって思ってる ('13/03/16 13:47:04)
- ゼンメツ :
気恥ずかしいから、なんて理由で隠している中身を見られてしまうのはもっと恥ずかしいですね。ですのでこれは僕にとってクリティカルです。あーあ、逆にこーいうのを完敗っていうんじゃないかな
ありがとうございました。今回はこれで最後のレスですが勉強になりました。 ('13/03/17 00:00:02)
- グリフィス :
こんばんわ
まあそうですね宮沢賢治という人間は常人ではなかなか到達できない世界観があるのでなかなかまねが出来ないというか、それをあえてそうだと思わせると言う事は
それなりの意味を感じます
文学は文字を使って何かをあらわすというかそんな事が脈々と続いてきて
古事記から今まで、制限のある表現方法で出来るだけ表現が重ならないように
するというか、まあ文学でいう業みたいなものかもしれませんが
New orderさんの作品を読むとこの業みたいなものを常に感じます。
それが古典として成立しているのなら更にその表現を使って
更にその型を破ってなにか新しいものや現代的なものを伝える事ができないだろうか、みたいな苦悩というか念みたいな......気概の様なものを感じます
作品のなんというか表現方法とか見せ方以上に作品を通じて何かを伝えるという事に心血を注いでいるように思えます
それは大変に好ましいと俺は思うし、尊敬できるなぁと思います。
他の方に厳しいレスなどもつけたりされるみたいなのですが
つまり文学の業みたいな事を常に考えているからなのかなと思います。
正直、作品の真意はなかなかに図りかねますが作中の人物の修羅と呼ばれる
心の持ちようは何かをひたすらに許そうとしているのではないかと思いました。 ('13/03/17 02:05:28)
- 寒月 :
祝祭さんにはかつて『詩』という詩で泣かされ、詩とはこんなに不思議なもので、詩人とはなんと恐ろしい者だと認識を新たにしたことがあります。今長く書くことが出来ませんが「わたくしの すべての さいはひを かけて ねがう」古の言葉づかいに添わせ届き、いざない、わたくしを さらに あゆませる そのことについて考えてみます。この静かな朝。 ('13/03/17 06:59:28 *1)
- atsuchan69 :
鈴屋さんへ
ええと、atsuchan69が大罵倒した作品はたいがい「優良」に選ばれています。
で、この作者はそもそも罵倒耐性が極めて強いので褒めるよりはトコトン貶した方が良いのではと思います。だって、ここはそーゆー場じゃん。ボクもスルーじゃなくて大罵倒されたいって、いつも思っているよ。そーゆー意味で右肩さんのコメを消したのは恥ずかしいとかじゃなくホメだったから。あと、作品とは関係ないことを書いてしまったからです。ここに書くときは何時だってパンツ一丁で組事務所へアポなしで行くみたいな気分で臨んでいます。今日は酒に飲まれてヘベレケなのでこんくらいで御勘弁を。もう少しこの作品についてはマジで書きたいことがあります。――これ、裏面なんでしょ。じゃあ、表って、どんだけ奇天烈なの? 頭オカシクなるぞ。 ('13/03/18 00:27:13 *2)
- 織田和彦 :
>「凄く芸術的なあなたの尿道から」
>とか、
>とにかく、
>「凄く、芸術的な」
>なにか、が秘められているなら、
>この、土地の、風土を、
>今すぐ終わらせるような、
>言葉をくれてやってほしい、
「芸術」や「文学」が社会の中に入っていく力って言うのが、昔ほどなくなってる思うんですが、というか、殆ど無力だと思うんです。その認識からまず入っていかないと、駄目なんじゃないかと思います。
文学的なるものや、芸術的なるものの、質的な変化が現代社会の中では起こっている。そういう要素でみていくと、この詩作品が孕む問題というのは、決定的な説得力(普遍性)の弱さと根底的な部分での認識の時代錯誤性。これだと言う感想を持ちました。 ('13/03/18 04:28:52)
- にねこ :
New order さん
陳腐な感想しか書けませんが、思わずレスさせていただきます。
一読して、泣いてしまいました。
これ、震災詩なんですね。
柔らかい言葉の中に絶叫が聞こえるようで、心に沁みました。
最近、本当に軽々しく扱われる「祈り」という言葉が嫌いになりかけていたけれど、
「祈り」というのは、こういうことなんだ、と強く思いました。
読ませていただけて光栄です。
ありがとうございます。 ('13/03/18 15:09:04)