2011/11/14 23:47
夜道、ひっそりと息吹く新芽のことを思いやる。手のしわから生え出た薄緑の突起が、寒さで枯れてしまわないよう温もってやる。ポケットに突っ込んだ手の握りは優しい。握った手の隙間から漂う新芽の甘い香り……殴られたときの痛みを知らない人たちのように、という例えを使う。そうすれば世界が血の気に満ちているのが分かるだろう。ただ一つ、安息があるとすれば、握り締めた拳の中の汗くささだけだ。
(……沈黙。「香りは、闇のなかで最も多くのことを語りたがる。どうやって語るのかを、最も知らずに。」という一節を挿入する。その隣に、月の出る晩の澄み切った空気ほどに張り詰めた気迫を描こうとして、放射状の線分を描く。)
「さらに続けて、太陽の輪郭を描こうとするが」
「皿に続けて、血の滴る獲物を載せようとするが」
「さら、さら、さらり、」
「懐を掠めた」
「封筒から手紙が落ちた」
「中身がこぼれ落ちた」
「ぱさり」
『ぼくは、語ろう』
『ぼくは、で語ろう』
『ぼくは、という代名詞を添えて』
「ぼそり」
「ひどくやせ細った」
「と連想した」
「という連続」
K先生「これは失礼、自意識過剰に見えたかね。生憎、代名詞では言及しえないものを、君たちはもっているのだが。むしろ、代名詞という存在そのものが、言及しえないものを指示するために存在しているのだと、君たちは」
レタス「はーい、キャベツみたいに、シャキシャキ動いて!」
爆弾犯「みんな、徒党を組んで、人生設計をエンジョイしよう。計画は実行しないことに楽しみがあるのだから」
K先生「……と、このように、口にされた途端、本来言及していたはずのものを失って、本来指していたものとは全く違う意味を抱えてしまうかもしれない。だから……」
(世界の憂鬱を語り尽くしてしまったのだという崇高さが降り立ち、獣の嗅覚で月夜をかぎ分ける。ハイエナの孤独。)
今日はここまでにしよう、と君たちは言う。ぼくは壁掛け時計を回転させて(そこには文字盤がなかった)、もう少し今日の時間が増えないかどうか試してみる。それからは、いつも決まった時間に眠る男が、定刻前に時計が止まってしまって眠れないときにどうすればいいか、延々と議論するように言われる。ぼくは、時計から数字を引きはがすコツについてくだくだと説明する。チャイムが鳴る。帰宅の号令が終わり、いっせいに君たちは走り出す。窓の向こうには夕陽が照り映えている。グラウンドを走る生徒たちはみな夕陽に向かっていく。
(「君たちは一つの誠実さに向かっているのだよ」。夕陽だけが、時間に嘘を付かない。教室中に太陽の香りが充満している、飢えたハイエナだけだ、光から誠実さを感じられるのは。)
2011/11/15 22:39
「方陣は裂け、語が流産する」
「生まれたのか、そいつは」
「死んだのか」
「いいや、食われたのさ」
「聞いていたのか」
「いいや、開いていたのさ、口が」
「奴の最期の一言はこうだ。」
『ぼくは、何かを伝えたい』
『ただ語りたいだけ』
『ぼくは、何を伝えるべきか知らない』
『語るべきことがないと語りたい』
『ぼくは、何を伝えるべきか知らないということを伝えたい』
『語るべきことがないと語ることもない』
『何を伝えるべきか知らないということを伝えたいと伝えるべきかどうかを知らないということを……ぼくは、語りたいと語ることもないと語るべきということを……』
「知ることと語ることが交雑している」
「あてもない混雑」
「あられもない交接」
「醜態」
「糞、糞、糞、どいつもこいつも、俺の言いたいことをみんな言ってやがる」
「俺の言いたいことをみんな言ってやがるということを言ってみやがれ!」
「糞が更に増える」
「呪文で」
「蘇生しちまえ!」
「あんちゃん、奴はソーセージから、自分の身体を作るのさ」
「腸詰がねじれて蝶に」
「蝶がねじれてつがいに」
「蝶つがいがねじれて」
「扉が開く」
「扉は背中に」
「花開く」
「花びらがあそこのビラビラに」
「紙吹雪」
「くす玉」
「くすくす、笑い声が」
「魂が繁茂して、裸に降り注ぐ」
映画が始まる。皿、皿、皿、と並べられる。続けて添えられる、サラダ、サラダ、サラダ。格闘家が手刀でかち割り、破片ごと喉に流し込む。格闘家の首は皿の破片で膨れ上がり、血を飛ばしながら炸裂する。「桜だ。桜」君は言う。飛び散った皿に血糊がついて、レタスとアボカドの混ざった濃い緑で、君は死体の首に接吻しながら、「私のほうが、ずっと美しく啜れる」。いつの間にやら花開く、君は。
(……見れば、いつの間にやら「桜だ。桜」という一文を挿入している。ぼくが呼びたかっただけだ。冷たくなっていただけだ。あの惨禍を、華と、花と、鼻と、……味わいたかった。そしてハイエナは肉を漁る。)
『ぼくは、語れるが、綴れない』
『ぼくは、騙れるが、揺すれない』
『ぼくは、嗄れる、啜れないせいで』
「口の隣で、夏が閉じる。いいや、口が閉じれば、夏が隣。口の隣で、頬は赤らみ、重く垂れる」
「秋が待っているよ」
「空きができたよ」
「ほうら開いた。口が開けば、飽きが来る」
「紅葉し、枯れ落ちる頬」
「熟れ切った果実」
「その果実に描かれた、顔」
(……ぼくは続けて、「鼻の中に、家。答えは?」と書き込もうとするが、露骨すぎてやめる。彼らは繊細なのだ。いつだって、死体と友達でいたいから。)
「桜が、『く』の一文字をかかえ」
「桜が、『くの一』文字をかかえ」
「鼻の中に、家をかかえ」
「とっかえとっかえして」
「ハイエナが逃げ出す」
「逃げ出すことからも逃げ出す」
「おかげで、ぼくはいつも……」
「秋の隣にいる」
「夏の隣に」
「いいや、秋の傍にいる」
「孤独と飢えの季節に口付けされる」
「じゃあ、キスをしたのは?」
「冬」
「春」
「秋」
「くの一」
「さくら」
「それとも、かおり?」
「ハイエナが、答えを漁っていく」
「明後日いく」
「と言い残した日に」
「彼女はいなくなり」
「いなくなり、と書き残した日に」
「戻ってくる」
「きっと、キスするんでしょう」
「好きなんでしょう」
「でも明後日にしよう」
「今日はここまで」
(友達といえば、ぼくの知り合いはいつも裸だった。見ていて恥ずかしい顔をしていた。少しも隠そうとしない裸の顔。言ってごらん。「踵を返し、踏み込んだところから腰を返して蹴れ」って。ほうら、地面に奴の鼻の跡が残ったろう……。)
「あそこに芽があった」
「目が合ったときには」
「まぶたが閉じていた」
「開いたときには」
「芽はなくなっていた」
「手のひらの中に」
「あったはずのものは」
「掻き消されていた」
「光のようだ」
「あることがわからない」
「手をかざしてみれば」
「真っ赤に流れるぼくらの血潮」
地面には足跡が続き、そこから草が生え、生えては枯れていく。枯れていくのを見送るあいだに、どれほどの時が経ったろう。時が経ったことを感じようとすれば、かえって感じることができないものだ。夜、夢を見ようとするが、見ようとすることでかえって見ることができない。という夢を見たような気がする。夢を見たのかどうかさえ、ぼくには分からない。分からないということが夢の中身であるような気さえしてくる。
「眠りたくなる」
「眠りたくなくなる」
「眠りたくなくなくなる」
「眠りたくなくなくなくなく……なる」
(どっちでもいい。どっちだっていい。いいわけない。いいわけないわけない。もう、どうだっていい。ぼくは、そこで筆を折る。「そのときの怪我で、彼はピアニストとしての資格を失う」という一文が挿入されて、主題は変わってしまう。本当に折ったのか、あるいはただ書くのを辞めたのか、もう区別できない)
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20111122_876_5713p
- 菊西夕座 :
手の中がぞっとするほど虚ろなわりに、友好的な握手の仕方を心得ている、そんな作品だと思います。
とりたてて目を見張るような表現なり発想なりはないわけですが、あえていえば、くだらなさの姿勢をよくする柔軟さがある、と評すことができると思います。
>死体と友達でいたいから
これなどは、死体と友達で遺体から、という具合に読み取ることができるわけでして、本筋から離れたところで、死体と遺体をそっと友達でつないでやるあたりが、だれも見ていないところでゴミを拾う人間のように、実にけなげだなと思います。
>鼻の中に、家をかかえ
nose(鼻)の中にhouse(家)をかかえると、no house(家、なし)になりますね。この作者は、一切を受け入れることで一切を受け入れないものになろうとする、鼻という穴(墓)の中に家という箱(棺)をねじ込むことよって真の浮浪者になろうとする、つまり無駄に語らざるをえない暮らしからもひたすら鼻孔に充満する空虚な死臭からも自由になろうとする、この気迫、この機転、この魂の浄化、まさに「カタルシス」を語るに資する人間だと思います。 ('11/11/23 00:56:32)
- 无 :
南 悠一さんへ
言葉というものの面白さと怖さ、不思議さについて考えさせられる作品です。カメレオンのように目まぐるしく変化していく言葉たち。読むことが楽しい詩でした。 ('11/11/23 12:43:48)
- 南 悠一 :
読んで下さり、ありがとうございます。
菊西さん
くだらないのは最低でしょう。くだったほうがいいかというと、それも面倒ですが。
熊尾さん
>もしゆとりを感じさせるとするならば……
あなたは、感じたのでしょうか。それとも、感じた上での、条件でしょうか。あるいは、あなたの、
>文学的、文学的
に、私がゆとりを感じるかどうかが、問題とされているのでしょうか。
无さん
嬉しいことです。しかし、それは詩でなくてもありうるでしょう。
(ケムリ働け) ('11/11/23 20:00:23 *3)
- 熊尾英治 :
私が見ました。この詩の迂遠な語らいのなかに「ゆとり」という文学を私が見た幸運なのでしょう。 ('11/11/25 18:56:23)
- koe :
カタルシスがダジャレで「語る死す」。タイトルを見るだけで読む気が失せて読んでなかったんですが、読んでみると最後まで読めた。でもやっぱりタイトル通りの内容で、精神の崩壊を文芸的に上手く描いた、という感じ。作者の精神はもちろん崩壊していないし、この程度の精神なら崩壊したとしてもこの程度だろうし、この精神のカタルシスが現実のカタルシスに対抗できるぐらいの精神を獲得しているかというとできていないと思うし、つまり、この詩の内容がリアリティーある問題として私の中に何かの引っかかりを生むことはなかった。内容として古いのかも。精神のカタルシスを描くのならば、読み手の精神も崩壊させてほしいと思う。 ('11/11/26 23:35:52)
- 南 悠一 :
熊尾さん
文学的であるとはどういうことか、私には意味が分かりません。
koeさん
カタルシスという語の意味内容は、「精神の崩壊」とは違うと思いますが……。 ('11/11/28 08:20:09 *2)
- koe :
ああ、そうね。カタルシスとカタストロフィー混同してたわ。はいはい、ちがうちがう、ぜんぜんちがう。カタルシスとカタストロフィーは全く別。何の関係もない。まったくかんけいない。カタストロフィーは崩壊で、カタルシスは浄化ですか?崩壊=浄化なわけねーだろ。とーぜん、「=」なわけねーだろ。はいはい。とてもよくべんきょうになりました。おありがとうごぜえますだ。 ('11/11/28 16:30:31)
- 南 悠一 :
いやカタストロフィーも「精神崩壊」とはニュアンスが違うかな……。「崩壊」って、それまで積み上げたものか、出来上がったものに対して使うでしょう。まさに支柱となっていたものが失われて、がらがらと音を立てて天井が落ちてくるような状況。カタストロフィーが意味するのは、「大惨事」や「破局」。カタストロフィー=崩壊なわけねーだろ。 ('11/11/28 23:09:12 *1)
- koe :
ああ、そうね。「大惨事」や「破局」と「崩壊」混同してたわ。はいはい、ちがうちがう、ぜんぜんちがう。「大惨事」や「破局」と「崩壊」は全く別。何の関係もない。まったくかんけいない。大惨事は大惨事で、崩壊は崩壊ですよね?大惨事=崩壊なわけねーだろ。とーぜん、「=」なわけねーだろ。はいはい。とてもよくべんきょうになりました。おありがとうごぜえますだ。 ('11/11/28 23:20:32)
- 南 悠一 :
まあ、同じ系列のもとに並べるのはありでしょう。もう少しご自分のレスポンスをお読みなさって。 ('11/11/29 00:38:22)
- koe :
まあ。注文の多い南様でありますこと。はいはい、わかりましたわ。南様のお言葉通り書きなおしますよ。
カタルシスがダジャレで「語る死す」。タイトルを見るだけで読む気が失せて読んでなかったんですが、読んでみると最後まで読めた。でもやっぱりタイトル通りの内容で、精神の浄化を文芸的に上手く描いた、という感じ。作者の精神はもちろん浄化していないし、この程度の精神なら浄化したとしてもこの程度だろうし、この精神のカタルシスが現実をカタルシスできるぐらいの(現実に対抗できるぐらいの、どっちでもいいですわ)精神を獲得しているかというとできていないと思うし、つまり、この詩の内容がリアリティーある問題として私の中に何かの引っかかりを生むことはなかった。内容として古いのかも。精神のカタルシスを描くのならば、読み手の精神も浄化させてほしいと思う。 ('11/11/29 06:09:14 *1)
- 南 悠一 :
長々とありがとう。私が言いたいのは、単に自分のレスポンスの書き換えを行えということではありませんよ。書き換えをせずとも、あなたが何を言いたいのかはだいたい伝わっていましたから。それでも私自身の理解を確かめるために少し補足を頂きたかっただけなのです。我がままにつき合わせて申し訳ありません。 ('11/11/29 16:10:39 *1)
- koe :
>我がままにつき合わせて申し訳ありません。
我がままっていうのはちょっとニュアンスがちがうかな。あなたがやったことはね、「揚げ足取り」とかね「重箱の隅をつつく」とかね、いうのよ。わたしが何を言いたいのかわかっててやったのならもっとわるいわね。ほんとうに、「語るに落ちる」どころか「語る死す」だわね。 ('11/11/29 22:08:16)
- 南 悠一 :
揚げ足取りだなんてとんでもない! あなたのレスポンスには語の書き換えだけでは不明な部分が沢山ありましたよ。もっとも、それを聞いたところで、あなたは答えなかったでしょうけど。 ('11/11/29 22:25:45 *3)
- 評者 :
んー。
俺個人としては「カタルシス」と「カタストロフィー」を間違って批評を展開したら、その日飲んだくれて「もう死ぬ!もう死ぬ!」って騒ぎ立ててまた出禁の店が増えるくらいに落ち込むかなぁ・・・。こーいうの怖いよね。批評の説得力がイッパツで即死するから。このタイトルがダサいのは事実なんだけど、その間違いはもっとダサい。そういう感覚的で非論理的な一点が何もかもを台無しにする世界だってことは認識して書いた方がいいと思う。具体的には、恥をかかずに済む。また、恥をかいた時はサラっとそれを認めてしまうのが一つ賢い手だ。追い討ちはかけた方の恥になるからね。追い討ちをかけた南さんもスマートじゃなかったよね。ってくらい、作品に対して何を言うべきかわかんないんですよ、俺。ちなみに、koeさんのやらかしたようなミスは俺も過去何度と無くやらかしたし、これからもまた何度と無くやらかすだろうという確信がある。だから、その辺にしときましょうぜ。俺は君を責めないよ、だから君も俺を責めてくれるな。そんな風におわらしましょ。
で、ホントに作品に対してどう語るべきかわからないんです。
というのも、この作品に俺は全く入り込めなかった。混乱した論旨、破綻した文章、カタルシス、語る・死す、確かにそういうものって詩にはあると思うんですが。この文章から何を感じたかっていうと「コイツは読み手に何を手渡したかったんだ?」っていう感想だけで。
イメージとねじれた観念、実体としてイメージされるものとそうではないものが丁度半々くらいなわけですが。そのいずれも、俺には魅力的に写らなかったし、作品として一貫した連続性も見出せなかった。また、文体や構成のスタイルにも魅力を一つも感じなかった。結果として、むしろ作品よりも「書き手」が見える気さえしました。読み手のことなんか何も考えず言葉をつないでいく書き手、つまり南さんです。実際はバシバシに読み手のことを想定して書いたのかもわかりませんが、とにかくそんな風には読めなかった。
この作品には、意味論的な破綻や作品としての一貫性の放棄を「内包した上で」作品として完成されるための何かが存在しない。文体でも、イメージでも、あるいは解釈の入り口でもいいんだけれど。そういったものが無い。だから、つまるところここには何もない。南さんは、おそらく単純に「読ませる武器」が無いんだろうと思います。作品が、読み手という絶対者に向かっていくための原動力が、俺の乏しい読解の力に於いては発見できない。だから、この作品はそこでなにもかも台無しなんです。入り口が無い迷路って、つまるところ存在しないのと同じじゃないかと思うんですよね。 ('11/12/10 04:43:39 *1)
- koe :
「仏の顔も三度まで」3回書いて分からなければそいつには見込みがないということだ。発起人代表のご登場とはおそれいったぜ。忠告するが批評は人の評が読めるようになってからやった方がいい。ましてそれが発起人の代表ならばサイト趣旨は熟読しておけ。そしてその大口に見合うだけの内容ある評を出せ。人の評も読めない奴が人を評する資格はない。私は三度同じことを書いた。浄化と崩壊は同じだ。「=」だ。それが分からないなら国語の勉強をやりなおせ。まず素九鬼子「旅の重さ」を読んで詩とは何であるかを自分のレポートにまとめろ。ゲーテの詩「個性」「愛」「希望」の三篇を音読して暗記しろ。宮沢賢治の詩「春と修羅」(「心象のはいいろはがねから」で始まる詩だ)を音読して暗記しろ。吉本隆明「恋唄」(同タイトルで三篇あるが真中の一篇だけでいい。「理由もなくかなしかつたとききみは愛することを知るのだ」で始まる詩だ)を音読して暗記しろ。長沢哲夫の詩集を一冊買って熟読しろ。これらがつまらないというならおまえの感性がつまらないのだ。批評などやめろ。 ('11/12/10 14:12:59 *1)
- 評者 :
んー。
じゃあ、去ればいいんじゃないっすかね。
悪いけど、ここで俺がkoeさんの指示に従うことは100パーセントないし、俺の記憶が致命的にトチくるってるのでなければkoeさんも「去る」と啖呵を俺に向かって切った方だったような気がするけれど。
ミステイクはミステイク、恥は恥。出したチンコは仕舞いましょう。崩壊と浄化がイコールとか苦笑しか出ないです。あまりに見苦しい。もう自分で自分がナニ仰ってるか自覚されてないんじゃないですかね。
引きずれば引きずるほど、恥が増すだけです。koeさんにできるのは、そっとチャックを持ち上げてイチモツを仕舞い、なかったことにするか、消えてなくなるかの二択だけです。お話は終了ですね。それ以上は何もない。
俺は俺の誠意と論理に従って批評を展開するし、koeさん如きが俺に指図くれるいわれはどこにもないです。少なくとも、この場ではね。そういう場所です。それを受け入れるか、さもなきゃ消え失せましょう。あ、俺の代表解任決議を立ち上げるってのもいいかもしれませんよ。サポートユーザー及び発起人の過半が俺を外したいと表明すれば、いつ何時でも俺は惨めに負けて消えますから。 ('11/12/10 15:55:34)
- koe :
はいはい、おさらばしますよ。永久にね。どうにもここは私と感性が合わないようだ。別の方法を模索するとしよう。それでは。 ('11/12/10 17:48:05)
- 南 悠一 :
ケムリさん
また似たような形式で、そこそこのが書ければ、持ってくるかもしれません。今度はせめて完成させて来ますので宜しくお願いします。 ('11/12/11 01:53:36 *2)