そこに全てがある
酩酊の庭に キックの後に
オーバードーズの境目に 代謝と摂取のマッチポンプに
未開の言葉で語るように 時の鐘が音を消す場所に
赤茶色の小便に 蛇を噛むアダムのように
おれはベンチに座って誰かを待つ
枯葉は雪に変わり おれは埋もれて空を見る
黒い糸が垂れている 引いたら砕け散った
誰かおれに煙草をくれ 出来れば強いやつを
バクダットの鶏の腿肉に 吊革に垂れ下がる疲れた背広に
聖者の掘り当てた井戸に 孤児院の台所に
葉桜の公園に カンボジアの置屋に
極点の遷ろう日差しに 無限リピートのラジカセに
誰かが通り過ぎていく 緑の葉が芽吹いて
おれは眺める 歩き行く人々
木々は色づき アートマンをおれは流れる
留まり流れる ガンジスを流れる死産児のように
ラブホテルのメモノートに ライブハウスの便所に
大脳皮質の裏側に 終わらない射精に
ステップに立つゲルに 三万人の自殺者に
イスラムの祈りに ペンタゴンのデスクの上に
誰かおれに言葉を もっと強い言葉を
生まれた赤子の泣き声のような言葉を 熟成前のウィスキーのような言葉を
原初の光のような言葉を 落ちる飛行機の祈りのような言葉を
おれは流れる ゆらゆら 遠くなる
言葉遊びの器用猿に コンドームを買う高校生に
年寄り犬のような笑い声に 雪の中の羊の群れに
ジミ・ヘンドリックスの旋律に 俺の四弦ギターに
輸血パックの中に 千切れた舌のピアスに
「牛は第四胃が消化の要所なんだよ」
「君は速読が出来るか?」
「Fのコードが抑えられない」
「穴の開いてないジーンズくらい持ってないの?」
全てがある 俺の全てが世界の全てにある
嘔吐と寒気と薔薇色の空気が相互依存する部屋に
部屋の隅で胎児が笑っている おれを笑っている
へその緒を切った俺が間違っていた 胃液が匂いを無くして行く
316番地の街娼に マンホールの上の反吐に
膿んだ俺の薬指の爪に ハルシオンとロヒプノールのカクテルに
ビフィーターの衛兵に ロンドン橋落ちたと歌う子どもに
リタリンをくれと叫ぶ俺の友に そこに全てがある
終わり方を忘れた歌に 有名すぎるコード進行に
おれの血 言葉と諦観と代謝と摂取 おれの血
全てがそこにある 膨張していく
流れていく 全てがそこにある 死産児の歌う愛の歌
- 広田修 :
詩の好みは人によって違うし、好みは価値観ではないにしろ価値観と密接だから、おのずと、詩はどうあるべきかについて、人によって意見は分かれてくるのだと思う。だから、僕は自分の価値観を押し付けるつもりはないし、僕が気に入らないからと言ってそれが悪い詩だということにはならないと思う。
とまあ前置きはこのくらいにして、この詩について言うと、正直あまり好きになれない。言葉遣いが粗野な感じがする。まあワイルドな感じが好きという人はいるかもしれないけれど。また、詩を書く際には、書きたいことをそのまま平凡なことばで書いてしまうと内容が面白くない限りはつまらない詩になってしまうので、連想の糸を手繰ったり迂遠な表現をつかったりするのだが、その際、「伝えたいこと」の求心力から言葉が完全に自由になってしまうと、支離滅裂な詩が出来上がってしまう。「伝えたいこと」の求心力と、飛翔する詩句の遠心力が均衡する地点で、詩は書かれなければならない。この詩は支離滅裂とは言わないが、どこか求心力が弱い気がする。もう少し丁寧に言葉を紡いでもらいたかった。
ただ、「316番地の街娼に…」などイメージを転々と飛躍させていくところは面白いと思った。個人的には好きです、そういうの。
以上、好き勝手言わせてもらいました。 ('05/01/13 20:25:40)
- d :
薬中の異常な感じ、疾走感のある描写がおもしろかったです。
ほとんど退屈する所はなかったですが、
「胎児」「死産児」「射精」とかは、70年代を知っている漏れには陳腐で手垢が付きすぎているように見えました。もったいない。
ハルシオンとロヒプノールを実際にビフィーターで流し込んでいる漏れには普通の光景だけれど、健康な人にはどう見えるのかな、この詩。
いろんな人のレスが見たい。
この疾走感は維持してもらいたいと思います。 ('05/01/13 21:33:39)
- ケムリ :
>>広田様 レスありがとうございます。前置き無く直球で言って貰って全然構いません。そういう批評こそを求めて書き込んでいますので。ただ、この詩に伝えたいことは無いんです。イメージだけの詩ですので。自作詩への解説は多くの方に興醒めだと思うんで、この辺にします。また読んでいただければ幸いです。
>>d様 70年代を僕は知らないんです。70年代への憧れと嫌悪を等しく持っている、80年代生まれの人間です。詩を書く時は、言葉を練りこむことなく一息で書ききるとどうしても陳腐な単語が出てしまいます。「死産児」に関しては意味を持っているので外せないですが、それ以外は確かに陳腐な感じが否めません。しかし、推敲は勢いを失わせる気がするんですよね。考えどころです。
('05/01/14 01:17:13)
- ワタナベ :
正直なところこの詩すきです。疾走感に退屈するところがなかったのはd様と同感です。
作者は言葉を練りこむことなく一息で書ききるとおっしゃってますが、これを一息で書ききる作者のありように脱帽です。
さて、陳腐な表現についてですが、こういう作品を書くのとはまったく別に
言葉を練って練って、書く詩の方にも食指をのばしてみてはいかがでしょうか。これはひたすら積み重ね、と自分と向き合うつらい作業になりますが、
そのことがいつしかこの作品に新たな地平線を与えることになりはしないかと考えた次第です。もしかしたらもう充分になされているかもしれませんが
この詩を読んでの率直な意見です。失礼しました。 ('05/01/14 02:19:42)
- ワタナベ :
追記:(私は追記が多くて、本当に申し訳ありません、これについてはただただ謝るしかないです)
陳腐と言いましたが、それは陳腐と感じる方がいらっしゃるので、それについて、”こうしてみてはどうだろうか”と考えた次第で、私は別に陳腐だとは思いませんでした。 ('05/01/14 02:24:11)
- たもつ :
こんにちは。初めまして。面白い。
>全てがある 俺の全てが世界の全てにある
以降のスピードがいい。
ところどころ言葉が弱い。
>ラブホテルのメモノートに ライブハウスの便所に
>大脳皮質の裏側に 終わらない射精に
ここは他の言葉に比べると鮮烈さがないと思う。
何度か読むと「〜に」の繰り返しはダレル感じがする。
>「牛は第四胃が消化の要所なんだよ」
の箇所のような転調?というのかな、そういうのが前半にもう一箇所くらい
あっても良いような気はする。 ('05/01/14 16:26:04)
- ケムリ :
ワタナベさんへ 僕は言葉を練りこむ詩も書くのですが、「小器用な詩は鮮烈さを失うのではないか?」という恐怖を持っているんです。確かに練ってある、綺麗だ、でもそれだけになる気がして。この詩はドロドロのトリップの中から勝手に飛び出して来たもので、僕はそれを抱えている限りの言葉に直すだけでいいのではないか、見えたものを即物的に描写して、イメージそのものを言葉に置き換えて放り出せばいいのではないか、という実験でもあるんです。 ('05/01/14 19:17:08)
- ケムリ :
>>たもつさんへ 感想感謝します。推敲をしてみるか悩んでいます。とりあえず、助言を参考にさせてもらって手を加えてみようかと思います。
('05/01/14 22:54:14)
- 紫野 :
書きたいと思いつつ遅くなってしまった。
読んでいただけるかしらん。
次々に現れるイメージの洪水、ってところですかね。
混在する音も聞こえるし、後頭部がダウンしてゆく感覚。
アタマがブッとんでるときに書いて読むと疾走感もあり、鮮烈でありましょう。
同様の状態の他の人にもその感覚は伝わることでしょう。
しかし素面といいますか、dさんの言葉を借りれば「健康な状態」で読むと
どうしてもどこかずっこけてしまうのです。
終盤が弱い気がします。同じようなリズムが続くからかとも思います。あと
薬の名称を挙げる必要はないと思い、ここでつまずいてしまいました。
疾走して、どんどん加速してほしいなと思いました。 ('05/01/19 23:53:16)
- ケムリ :
紫野さんへ この詩は、疾走感とある種のイメージの連鎖が大事なんだと思います。だから、その指摘は非常に耳に痛いです。最後まで世界を見せきりたいのに、途中で我に帰られる(表現として適切でないかもしれませんが)というのは非常にまずい。そうなると、これは無意味な言葉の連鎖になってしまうわけですから。もう少し手を入れて見ます。酩酊ってものは、イメージを引き出すには便利ですが、それだけのものではだめだな、と痛感しています。 ('05/01/20 04:09:30)
- アーユ :
田舎ものの考えるロックってかんじ。 ('05/01/20 22:43:54)