その夜、いえに帰って、おれは妻にせんこくしたのだ。
おれが、
さきに死んだら、
くちを、きけなくなった物質のおれを、
けっしてだれにも、神さまにもみせるな。
それが、おれの遺言だ。
おれは、酔っていたのか。
ふだんなら、そんな不吉にもとれることを、
この世でいちばん、こころが、
弱いであろう妻に、
いうはずもないのだが、
おれは、我慢ができなかった。
*
妻にせんこくを、おこなう前、
おれは、
恵比寿でのんでいた。
仕事のしり合いが、ろくにん、ほど居て、
ひとりは、
海外で商業デザインの仕事をしている有名じんで、
ひとりは、そこの営業まんで、
ひとりは、そこの子がいしゃの社長で、
他は、おれのかいしゃの部下たちで、
おれの隣りには、末っていう、
この世の終わりみたいな名前の、
気まじめな部下が酔っ払っていて、声がおおきい。
どんどん、酒をくみ交わし、うまい素材を、
うまい調理で、
つまり、カウンターの向こうの、
いちりゅうコックの手ぎわの鋭さで、
はらいっぱい食って、
夜はどんどん、ふけて熱っぽくなった。
おれは、それなりに快活に、みせて、
ばかもいったし、
それなりに、危なかしいことをいったつもりだが、
本当のことは、何もいわなかった。
*
さしみや、
しゃぶしゃぶは、淋しい。
どんな快活なおしゃべりをしていても、
くちにするのは、淋しい。
おれは、てかてか光る、
箸を、
まるで、器用にすべらせながら、
時おり、外の、ぷらたなすの樹をみていた。
まどから、さんぼん指のような、
みつ葉が、
みえて、緩やかにうごいていた。
かきが、出てきた。
話しは、
その、物質のけいたいに関係なく、
わかい、おんなとの火遊びについての、
ものとなったが、
おれは、遊びにん、のふりをして、おおいに食い、
のんで、おもい切り笑った。
*
おれは、ほうこく書でも、せいかつでも、
おしゃべりに見えて、本当にいいたいことは、
決していわない。
生きていると、言葉が、
にじむように、
湧きあがって、こみ上げてきて、
それを堪えるのは、なかなかに、辛いことがある。
いいたいことを、いわなくなったのは、
何時からなのか。
おれは仕事のせかいで、箸さばきほどに、
それなりに、器用になったし、
これでも、抜けめないやり手にみえるらしいが、
おれが、本当のことを、いいはじめたら、
こんなもんじゃない。
*
こころの弱い妻よ。
いいたいことを、我慢できなくなったおれが、
本当のことを、
いいだすのが、こわい。
生きているおれは、いわない言葉に、
みちていて、いわばそれは、
おれを生かしている内圧のようなもので、
おれの、おれなりの、
バランスなんだ。
くちを、きけなくなった死体のおれを、
だれにも、みせないでほしい。
*
ぷらたなす、というのは、
アメリカから輸入された、街路樹らしい。
この国では、いほうじん、なんだね。
しらなかった。
まどの外の樹を、話題にしたおれは、
部下の末のおおきな声に、
いらいらする。
売り上げを、ろく倍にした社長さんのくしゃみに、
いらいらする。
ぷらたなす、といって、それきり、
大きぎょうの悪ぐちに話題をかえたおれは、
品のいい、
僅かばかりの炊きこみご飯を、くちにしている。
ぷらたなすのみつ葉は、
にんげんの指にくらべると、欠けている。
それが、
おれの内がわで、何時までもうごいている。
*
生きる、にあたり、
いちばん辛いこと。
死を、いたむこと。
名まえのある、ペットの死をいたみ、
名まえのない、野良犬の死をいたみ、
妻の死をいたみ、
しり合いの死をいたみ、
しり合いでない、すべての死をいたむこと。
*
話題がかわっても、
ぷらたなすは、ぷらたなすの、ままだ。
その、うごく、
みつ葉にみえる指のあいだから、
表皮の、剥がれた幹がみえていて、
それは、しろい、
くもった色をしていて、
いよいよ、街灯のじんこうの光りをうけ、騒いでいた。
部屋のなかは、どんどん熱っぽく、
熱っぽくて、おれは、はらが痛い。
おれの妻は、なぜあれほどに、
こころが、
弱いのだろうか。
*
恵比寿のみせを出ると、
そらの雲はものすごく、流れていて、
星がみえなかった。
とうきょうの明かりは、
おれの想像をいつも遥かに、うわまわるばかりだ。
商業デザインのその有名じん、とやらに、
おれはそっと耳うちする、
お、うえん、していますよ、と。
その夜、いえに帰って、おれは妻にせんこくしたのだ。
おれが、
さきに死んだら、
くちを、きけなくなった物質のおれを、
けっしてだれにも、神さまにもみせるな。
おれの遺言をきかされて、
思ったとおり、妻は、不安がったけど、
いがいにも、泣き出さなかった。
わかりました、と、
だけ、約束してくれたのだ。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20080704_119_2875p
- はなび :
黒沢さまはじめまして。
詩の中には、みつ葉と表皮の描写がありましたが、この詩からは冬、葉っぱが落ちた後のはだかの木に、まあるい実がふるふると風にゆれているようなイメージが浮かびます。寒い冬に吹きっさらしでじっと耐えている姿からは力強さを、でも、その姿はとてもちいさくて愛らしい。「恋人」ではない「夫婦」という安定しているような不安定なものの存在と、枝と実を繋いでいるハリガネみたいな細い茎の部分が重なりました。
「おれ」の描写はいろんな意味ですごく「男らしく」描かれていて、やさしくて、まじめで、すこしかなしくて、とてもいい詩だとおもいます。
さしみやしゃぶしゃぶが淋しい というのと
死をいたむこと の部分 ふたつが よくわからなかったけれど。
日記風な 肩の力がぬけている わかりやすい文体なのも 近い感じがして 胸がぎゅう となりました。 ('08/07/04 16:12:14 *3)
- 鈴屋 :
こんばんは。
最初に読んで、大人の詩だなとおもう。すこし反発もある。現代と充分渡り合っている者の詩。いつまで経っても成熟しないわたしとはちがうな、とおもう。
また読む。なぜ、プラタナスなんだろう、とか、なぜ刺身やしゃぶしゃぶが淋しいのだろうとか、平仮名と漢字のこの使い分けはなにに由来するのだろう、とか、心の弱い妻とはどういうことなんだろう、とか考え、また読む。だんだんわかってきたような気になる。けれど言葉にして説明できない。
私見ですので気にしないでほしいのですが、わたしが黒沢さんの詩を読んだなかで一番いいとおもいました。もう一度いいますが、現在のこの社会とちゃんと付き合っているちゃんとした大人の詩、いいものを読ませてもらったな、とおもいます。
プラタナスは、はなびさんもおっしゃっているようにその実の形態からスズカケノキともいい、幹のまだら模様の美しさから、サルスベリ、シャラ(夏椿)とともに三大美幹などと称されています。余談ですが・・・。
('08/07/04 22:17:13 *1)
- Canopus (角田寿星) :
どうしようもなく酔っぱらって、いろんなリミッタ−が外れてしまった男が、堂々巡りの内省の後に導きだした、どうしようもなく妙てけれんな結論。それが「せんこく」の内容でしょうな。
冒頭の「せんこく」にどうしても違和感を感じたのですが、酔っぱらった男にとっては一大決心にも似た重々しい「せんこく」なのでしょう。思うに、妻にこうした「せんこく」をするのは、これがはじめてのことじゃあないんじゃないかな。
酔っぱらったような、リミッターの外れたような文体と展開が面白い。ちょっとしたディテールの匙加減も効果的だと思います。あと、リミッタ−が外れたかのように見えて、ほんとに肝腎なことは、ほとんど何も言ってないですよね。肝腎なことが省かれたまま「せんこく」に至ってるので、妻ならずとも、この「せんこく」にはシンプルな応答をせざるを得ないでしょう。
常日頃から内心を隠しすぎたために、絞り出すような内心の吐露でさえ、建前が見え隠れしてしまう哀しみ。よく分ります。
というわけで、巧さを非常に感じます。が、手放しで「面白い」というには、何かひと味足りないように思えてならないですね。何だろうな。接待の描写をもう少し切り詰めた方が読みやすかったかも。
もうひとつ、ぼくの中で疑問に思ってるのが、「妻はほんとにこころが弱いんだろうか?」ということ。まあ、これは詩の内容には大きく関わらなさそうですが。 ('08/07/04 22:57:38)
- りす :
こんにちは、黒沢さん。微細な鈍痛がいくつも、僕の体を通り抜けて、できれば遠ざけておきたい親近の情が、沸々と湧き上がってしまう、そのような読後感でした。そして何故か、「ちょいワルオヤジの胸の内、あるいはプラタナスの遺言」といった、少々如何わしいサブタイトルがふと、浮かんでしまいました。この詩の確信犯的な俗っぽさに、何だか似合うような気がしたのです。
>本当のことは、何もいわなかった。
こういうセリフを言いたがる男は多いものです。大抵、とんでもない見当違いを言い出すか、あっと驚くような手遅れを言い出すか、いずれにしても世間に波風を立てる余計者です。そして厄介なことに、この世間では余計とされる部分を、誰しも胸の内に所有していて、それをためつすがめつして生きていくのが、個人の処世の色あいであったりします。この詩の独特の表記から生じてくる違和感は、詩に登場する世慣れたビジネスマンの、渡世の違和感と重なり、「お、うえん、していますよ、と。」と、おそらく現場では滑らかに発音されたであろう言葉を、このように屈託ありげに表記しなければならない、複雑な個人の存在を感じさせます。複雑な、とはいっても、その内実は他人に検証される機会は少なく、言うなれば個人が勝手に抱えこんで自らの陰影として身に付けている性質のものでしょう。例えばこの詩では、「せんこく」「この世でいちばん、こころが、弱いであろう妻」「生きる、にあたり、いちばん辛いこと。」等、あらかじめ共有を期待しない私的な事柄として提示されています。プラタナスは異邦人ではありますが、同時に、ありふれた隣人でもあります。道に並んで立っている、大勢の中の一人です。この詩の「おれ」も、間違いなく大勢の中の一人です。そして、その一人を生々しく描くことはとても難しいことなのですが、この詩は、なかなかユニークな方法でそれを実現している、そのように感じました。正直、黒沢さんが、このような作品をお書きになるとは思いませんで、懐の深さを感じます。 ('08/07/05 01:41:07 *1)
- 黒沢 :
■はなびさん
実をいうとこの詩、自分でもわからないんですよ。思いっ切り罵倒してもらいたくて投稿してみたのですが。
好意的なコメントをいただき、やはりほっとしました。「胸がぎゅう」となってもらえれば、それだけで作者冥利に尽きます。
有難うございます。
■鈴屋さん
鈴屋さんの前作、「あなたの行方」ですが、いろんな方のレスが入り乱れていて、コメントを付ける勇気がありませんでした。個人的には、あの詩は、5章までの完成/決着を見届けないと、議論されていた<革命>の下りの良し悪しは、いえないなあ、などと思ってました。ただ、書き出しとしてのあの3つの章、コンピュータでいういうならプロセスがまずメモリ空間/アドレスを宣言して確保するところ、そのあたりの処理としては最上級のものなんじゃないかなとは、感じました。何より美しかったですし、立ちくらむばかりに。
どう「落とす」がかなり難しいかも知れませんので、こっそり楽しみにしています(笑)
で、私のほうのこの詩なんですが、帰りの電車のなかで書きなぐって(酔いも、醒めてました)、先日、サルベージしたものです。ほぼ、日記ですね。ほとんどそのまま手を加えていません。今回、投稿するにあたり、パンツを脱ぐような恥ずかしさがありました。いつか、この手の作風を獲得したいとは、かねてよりずーっと狙っていたもので、ここで強烈な罵倒をもらえれば、何か手掛かりがつかめるかも知れない、という下心まるだしの投稿でした。
頂いた評が好意的なものだったので、実をいうと、混乱しています。おれって、もしかして「天然」なのか。。ということは、おれのこれまでの詩への姿勢は、すべて間違いだった、ということなのかッ・・などという、堂々巡りを、いま、しています。要するに、あんまり何も考えずに(どうせムリだから)、思ったことを書きなぐっていけば、それでよかったのか。いや、自分のことは、全然わからないものですね。
■角田さん
>リミッタ−が外れたかのように見えて、ほんとに肝腎なことは、ほとんど何も言ってないですよね。肝腎なことが省かれたまま「せんこく」に至ってる
まあ、これ厳しいですね。
パンツを脱ぐつもりで、そっと迂回路を用意してしまうあたり。どこか、<外し>ながら書いていますし、妻が弱いかどうか、分からないようにもこれ、書いてますね。ディスクリプションをずらしたり、無効化したり、やはり無意識に工夫していたみたいです。ほんとうは、そのあたりすべて脱ぎ捨てたいのですが。ま、見る側の意見は、この際いったん放って置くとして。
話は変わりますが、ウルトラマンと、スノーマンと、そういうテーマものを以前、書いたことがあります。書いていて作者は楽しかったので、先人がいるのかなと、ネットで探してみて、角田さんを見つけた思い出があります。自分の作品は、その場で廃棄しちゃいましたね(笑)。
■りすさん
正直いうと、やっぱ自分は「特殊」だと思いたくて、これを書いたのだと思います。
人間も年をとってくると、自分が特殊かどうかは、普段ほどんど気にしなくなるものですが。というか、そんなことを考えても考えなくても、厳粛でそして滑稽でもあり、げんなりされられる事実として、自分は今ある自分でしかないことには、議論の余地がないですよね。それでもやっぱり、この詩を書いていた瞬間だけは、自分は、特殊だ、そう叫びたかったのだと思います。少なくとも「唯一」だ、などと。つまるところ、そういうレベルにおいては、人がどう思うか、などは知ったことじゃないです。頭の片半分が醒めていようと、そこのところについては、断固ゆずらない主義ですね。何を力こぶ作ってるのかよく分りませんが。
>この詩の「おれ」も、間違いなく大勢の中の一人です
これ、全くその通りで、実は私は、この掲示板で一番、りすさんの評に親近感を覚えるし、この人は読めると、実際、怖いくらいに思っています。が、私は、心底怒って、この詩を書きましたよ!、あの時。いや、滑稽でもいいから、付け加えさせて下さい(笑)。 ('08/07/05 19:26:08 *6)
- 砂木 :
こんにちは 黒沢さん
わかりました と言わされた妻の詩を
読みたいなと思いました。
ほんとに行方不明になる方もいるので
無理! と思っても懐におさめる 見習わなければですね。
現実問題として妻が犯罪者として疑われかねない事を
いってのけているわけですが この酔っ払いと流すか
密かに 大きな布や棺を用意するか 山中に埋めるか。
神様にも見せるなといっているので 真面目に考えると
私などは 怒ってきますが。
死なないでと言って欲しかったのかな。
妻だけにみとって欲しいと言われたなら妻としてどうするべきか
夫には内緒で井戸端会議をひそひそとしたくなるような詩ですが
純粋に夫に尽くす人なら 追い詰められたら食べちゃうのだろうか。
けんかもしないのではないだろうかと思える夫婦を 新婚時代に戻す
くらいの殺し文句ともとれます。妻にだけみとられたいと受け取ると。
酔っ払った夫のいう事も たまには真面目にきかなければと思いつつ
めんどくさいこというなら死ぬなと 私は言ってしまうだろうなという
感想を持ちました。立場的に 夫より妻に感情移入してしまいました。 ('08/07/06 09:37:05)
- 黒沢 :
砂木さん
恥ずかしながら、そっちの角度から全く考えていませんでした。ここで誰かがいっていたことですが、作品は、書き手にとって(も)、解読できない、という立場を私はとります。みずから解読を、投げ出している、という感じですか。ただそこに、表記という様式に憑依された話者/他者が、いる、ということだけが重要で。
いわれた側の人格から考えれば、この詩の話者である「おれ」は、確かに<いい気なもの>なのかもしれませんね。重ねて恥ずかしながら、おっと思わされました。だめだ、こりゃ。 ('08/07/06 13:03:39)
- ダーザイン :
黒沢さんがこういう詩を書く人だというイメージがなかったので(申し訳ないが言葉の固い読まされて疲れる奴だと思っていた)驚きました。仕事帰りに酒飲んだ帰宅車中で書いたの? 混じれ酢だが、なら常時酔い疲れた状態でポエムを書くといい。漢字とひらがなカタカナのバランスが変なのは電車の中で紙に直書きしたのでワードがないと小学生レベルの漢字も書けないという現代人病のせいかな? 俺もパソコンのキーボードがないと漢字どころか平仮名まで忘れて思い出せないことがある。よく忘れるのが「ぬ」。実は今もキーボードがなかったら思い出せなかった、マジ。狂牛病かもしれないね。
人間のことが書いてあって、それがちゃんと人様に届く。そういう詩を読みたいと思っていた。佐藤yuupopicのような人がまた現れて欲しいと思っていた。そういう詩がたりないと思っていた。だから嬉しかった。
語られていることは多くの人が体験するであろう普遍的な事柄であっても、黒沢という一人しかいない人間の実存が生々しく見える。リアルな生の強度って奴だ。黒沢さんは書くべき人なんだな、と、思った。 ('08/07/06 18:53:25)
- 黒沢 :
ダーザインさん
お褒めを頂き有難うございます。今回の投稿は、特に思う所、多でした。参考になりました。まず、酒に強くならないといけないんですかね。
いくつかここに投稿させてもらったモノ以外にも、私の作品には、例えばアンリ・ミショ風の或る種べたな呪詛を真下に叩きつけるようなモノがあったり、延々と状況説明/描写だけが続く長巻きのスケッチ風のモノがあったり、実は童話も書いていたりして居りまして、自分の進むべき作風が、昔からとんと分らないままです(笑)。
このようなサイトの運営はさぞや苦労も多かろうと思います。が、これは詩や小説に限ったことでなく、ヒトが行う言説の行為自体が、自ら無意味化していく他ない昨今の状況において、このようなコミュニティ型のメディアから、次代の対案というべきものを、誰かが突き付けていかなければならないと、私は思います。
本音を言うと、ネット、とやらにもそろそろ失望しかけている所です。誰かが、継続して、答えとなるものを喉元に突きつけ続けることが必要です。そして、その成果/作用効果は、恐らくかなり遅れて目に見えてくることでしょう。どうが、お体等にご自愛なさり、程々にしかし粘り強く、このサイトを続けて貰えたらなあ、などと勝手に願っております。
有難うございました。 ('08/07/06 23:44:20 *1)
- 雨の実 :
素晴らしい作品です。
理屈は捨てたいところですが、「弱い」というのは、他に言葉が無いものかなとも思います。
>こころの弱い妻
いちいち「弱い」「弱い」と、いったい何なんだろう、と正直イライラしました。それなのに、ラストの反動には、あっけなく心を掴まれてしまった。
何で私はイライラなんてしてたんだろう、と、ぽかんとしてしまいましたね。
だからやっぱり理屈は捨ててしまおう。
生きている人の沈黙と、そうでない人の沈黙とに、これほどまでに温度の違いを見出せるとは思っていませんでした。
いや、予感していた、あるいは既知の感覚なのだろうけれど、今、この作品によって目の前に、鮮やかに導き出されたことに素直な驚きと感謝の気持ちがあります。
繋がる話かはわかりませんが、ネットのカオスは私は悲観していません。というより、悲観できない体になってしまったのでしょう。
あらゆる局面は反動を持つし、今この作品に触れられたことの感動にさえ、それはあるだろうし、それでもまた、触れるために手は、ゆれ、うごき、伸ばし続けていたい。 ('08/07/10 04:59:48 *1)
- 黒沢 :
雨の実さん
いや、よかった、良かったです(笑)。
「沈黙の違い」、云々のところ、大変ありがたい読みでした。私は書いているときは、意識の混濁に身を任せるようなところがあるのですが、そういったなかで、そのへんの感覚を、追っているような狙いは、強くありました。
それと、「弱い」ってのは、推敲時、気になってました。迷った挙句直しませんでしたが、ここが嫌で、この詩はずっとお蔵入りの扱いをしていました。
繰り返しになりますが、正直、この詩はかなり罵倒されるものだと思っていました。この路線で書くなら、もっとすっきり読めるもので、言葉がぐっと立ち上がってくるようなものを(感覚的なものいいで申し訳ないですが)、いつか書けるはずだと、自分に言い聞かせています。
>ネットのカオスは私は悲観していません。
>あらゆる局面は反動を持つし、
雑談になりますが、私は仕事柄、草創期からインターネットに関わってきました。確かに、昔は「カオス」を思わせる所もあったように思いますが、今は、どうなんだろうという気がしています。というか、あの頃のネットがカオスに見えたこと自体が、ひどくロマンチックなことではなかったかと、そんな気すらしています。
所謂ネットにおいては、ヒトの認知限界の問題をいかに解決するかが、昔から言われてきた本質的なテーマで、この問題は、今の社会のわりと正確な写し絵だと思っています。複雑性の縮退、ですね。ビジネスの分野でも、表現の世界でも、さまざまな試みがされたように思いますが、祭りのあと、なのかな、という思いもあります。今はとりわけつまらない時期なのかも知れませんね。なんのことはない、小さなコミュニティのなかで互いが<空気>を読むようになり、全体は自ずから、馴致される方向に、どんどん退行してしまっている。詩もそうではないか。ネット詩を見れば、巧いとか、外しのセンスがいいだとか、いいたいことがよく分かるだとか。中身は無害化され、伝達したいという意図、その接続性の手際だけが交換され、確認されるのみ。特に日本に、顕在化されていることのなのでしょうが、このなかに思いっきり、私じしんも含まれていますが、キモチわるくありませんか。
ネットという強烈な(反面便利な)交渉の機構を手に入れたことで、ヒトは先回り的に、認知限界の問題を無効化し、複雑性を回避するために、自らのほうを馴致しはじめている。暴れ馬を制御するのではなく、暴れ馬にあわせて、己れを自発的に無害化する、という、このコミュニケーションの鏡面的パラドックス。馬鹿らしい。
目を転じて活字の世界の現代詩をみまわしてみると、言葉を記号の単位に還元し、物質化することで、見せかけのオブジェと化し、ミニマルアートよろしく、叙述という言語運動のキャンバスの前面(表層)に、ただ小器用に羅列をしてみせる。それで、世界を写し取ったことになるんでしょうかね。或る意味、正しい戦略だといえるのかも知れませんが、ずいぶん長いこと同じテクニックを、相互に交換し合っているものだと、思えてなりません。
>誰かが、継続して、答えとなるものを喉元に突きつけ続けることが必要です。
上のレスで、先日、私はこのように書きましたが、誰に、何を、が欠けたままの言説で、自分でもの凄くキモチわるいです。それでは、誰に、何を、を書きこもうとすると、とたんにそれは馴致されたものになってしまう、そんな気がしてならない(一方、「拒絶」をすれば、酷くいびつな人間性そのものを、自閉症的に見世物とするような、そうした言説へとた易く堕ちるのは、まあ間違いないでしょうし、それは、それでいいかも知れませんが。「やり過ごす」ことができれば、それが本当の大人なのでしょう)。
先日、自分で書いたことを、補足するために喋りはじめた雑談ですが、だんだん嫌になってきちゃいました(笑)。そろそろ止めます。りすさんが予言したとおり、「本当のことは何もいわない」などとほざいている輩が、口を開くと、こんな所に落ち着くみたいです。
コメントを頂き、うれしかったです。こういった議論を、いつかぶっ飛ばすものが書ければ、雨の実さんの目の届くところに、何とか運んできたいなあ、などと思っています。期待は薄そうですが、ま、ゆっくりやります。
そろそろ雨の実さんあたりに、できれば、ぶっ飛ばしてもらいたいのですが、無茶ぶり、でしょうか(笑)。 ('08/07/11 01:15:28 *4)
- 雨の実 :
黒沢さん、打てば響くというか、響きすぎて私の小ささでは応え切れませんが、お言葉をありがとうございます。
ネット考については、私の視野の暗かった部分を広げ、煤を掃って捉えなおしてみようと思います。
本作に対して罵倒の言葉を持ち得なかったことは、申し訳なかったけれど、たとえ未来にどんな名作があろうと、今この作品を読めたこと自体に私は感謝しています。
黒沢さんへの期待を改めて強くするとともに、私自身も「手」を緩めず、書き続けていくということだけは、お約束させて頂きたいです。
余談ですが、上にダーザインさんも名を挙げられている、佐藤氏の詩集を私からも、黒沢さんにはおススメしておきます。
佐藤氏のように書くことが、ぶっ飛ばすことに繋がるかどうかはわかりませんが、少なくとも私の「こぶし」に汗を握らせる刺激は、十分にあります。 ('08/07/11 01:54:15 *2)
- 黒沢 :
雨の実さん
なんか喋り散らしてしまいましたが、日をおいて読むと、気恥ずかしいですね(笑)。佐藤さんの作品、読んでみます。有難うございました。 ('08/07/13 15:03:48 *1)
- 犀樹西人 :
素晴らしい。本当に良い詩だと思う。こんなに柔軟な詩を書ける方だったのかと驚いています。
感想だけですみません。読めて良かったです。 ('08/07/22 20:07:39)
- 黒沢 :
犀樹さん
有難うございます。いや、どう返事をしていいのか少し困っていますが。
本作以前の投稿については、やはり固いということですね。うすうす、そんな気がしていたはのですが、やはりですか。何とも、一言ではいえない感じがしています(笑)。
読んで頂けたのは率直にうれしいです。
どうお礼をしていいのか分かりませんので、もし、いえることが思いついたら、犀樹さんの作品に、いつかコメントさせて頂こうかと思います。 ('08/07/25 21:36:02 *1)
- コントラ :
さっきソファーで横になりながら半目で今月の作品を読み返していたのですが、
目が覚めました。ありがとうございます。
飲み屋で、箸を滑らせながら外のプラタナスを見るシーンから、後半の東京の空に雲が流れていくシーンへつなげていくところ。つかず離れずの語りのリズムは実に見事だと思いました。
ひさびさにがっちり批評を書いてみたい作品です。
では失礼します。 ('08/08/11 12:44:59)
- はるらん :
みんなが言うほど、私はこの作品の中に入っていけませんでした。
よくある風景、よくある男の愚痴、程度にしか映らなかった。
こころの弱い妻よ、というフレーズもピンときません。
いずれにしても、妻の描写がまったくされていないし、男の視点からしか物事を見ていない、すごく一方通行の語りだと思うから。
最後のの妻の「わかりました」って、どういう意味なんでしょうね?
人は、わかっていなくても、「わかりました」って、使うこと多いですから。
妻が最後にどうするかは、妻の自由だと思うしね。
その前に、妻が最後までそこにいるのかどうか、そっちの方が気になります。
妻は、夫にまだ本当の自分を見せてはいない。
そんな余韻を最後の文章から感じました。 ('08/08/12 05:39:15)
- 黒沢 :
コントラさん
コントラさんの作品は、過去に遡ってまとめて読んだことがあります。こんな人が、まだ言語芸術の世界にいたんだという、愕きと、少し親近感を感じていました。過去のコメントを読んでいると、海外在住であるとか、旅行癖があるとか、そういう記述がありましたが、私も十年以上まえではありますが、狂ったようにインドとか、中国とか、そういう地域を彷徨い歩いていた前科があります(笑)。
コメント頂けてうれしかったです。有難うございました。
はるらんさん
コメント参考にさせていただきます。
ただ、描写ということについてですが、もちろん、色んな立場があり得るのだとは思いますが、それは小説の技法ではないかと、思っています。ジャンル分け自体がナンセンスという説もありますが。書かないことや、不全にしか書かないことで、言葉が読者の内側に立ちあがってくる、詩においては、そういう奇蹟がありうるのではないかと考えています。この作品で、それができているかどうかは別問題として。私の率直な気持ちとしては、この詩においては、もっと言葉を減らしたい位に、個人的に思っています。
それと一方通行というのは、ごもっともです。私の能力の限界だと思わざるを得ません。 ('08/08/12 10:26:51 *2)
- 寒月 :
よく書けた話だと思いました。ほとんど納得することばかりでした。営業相手が少し僕とはレベルが違うし、接待の食い物もとは思いましたが。奥さんとの会話も納得。志と覚悟ぐらいは・・・、といったことでしょうか。素直な奥さんもかわいいです。ただよく書けたものは腑に落ちてしまいそれから先が無いのです。うまければうまいほどに。最後まで来て、なぜか「そうかもしれない」(耕治人)の一行が頭に浮かびました。また以前ある人と魚の生き作りを前にして、「これも(魚も)日本語をしゃべれば食べられずにすんだのに」とむしゃむしゃ食べたことも。魚は僕が声をかけた後「ぎぃ」とないて身震いはしたのですが。詩の部分を飲み込んでしまっているといった印象でした。でも、いつも楽しみに読んでいます。ありがとうございます。 ('08/08/13 16:53:08)
- 黒沢 :
寒月さん
耕治人の「そうかもしれない」っての、恥ずかしながら知らなかったので、Webで調べてみましたが、認知症の話じゃないですか! まさかそれほど、年取ってませんよ(笑)。
>志と覚悟ぐらいは・・・
いや、同じですよ。接待相手とか料理とか、勿論そんな意図は全くなかったので、あ、まずかったなあと感じました。
「それから先」が何なのかはわかりませんが、現状、何か足りないという感じはかなりしています。
最後になりますが、妻を褒めてくれてありがとう。 ('08/08/13 18:15:03)
- 寒月 :
互いに病み別居生活をしている夫婦の会話の中の一言です。妻を病院に見舞った折、看護婦に「旦那さんですよ」と認知症の妻へ声をかけてもらいます。あれほどしっかりものだった妻が、夫の顔を見ながら云った言葉だったと思います。ひどく荒い私小説の印象でしたが、その一行の為だと納得できる、好きな作品です。また雨の実さんへの返信に教えられること多々ありました。ありがとうございます。 ('08/08/13 20:08:38)
- 黒沢 :
寒月さん、こちらこそ。恐縮です。 ('08/08/14 01:00:17)
- コントラ :
この作品はもちろん素晴らしい出来、なのだけど、あえて100の美点から10の汚点を探すような意地悪い読み方をすると、「謎」がないですね。構成が考え抜かれすぎていて、かつ文体も完璧なためだと思うのですが、すべてがクリアに現前しすぎている。それが名人芸であることはもちろんですが。
僕は1年半ほど前に投稿されたある作品にも同じような感覚を受けていて。その作品は極道に投稿された作品のなかで僕が始めてがっちり批評したいな、と思った作品だったのですが。いざ書き始めていると、この作者は批評行為さえも作品に組み込んでしまっているのだな、という感慨から、書ききることができませんでした。
長々と失礼しました。 ('08/08/15 05:44:45)
- 黒沢 :
コントラさん
返事を書こうと思ってかれこれ数時間経つのですが、なかなか上手く言葉がつながりません(笑)。有難う、今後の励みになりそうです。つねに自分は、贋物なのではないかと思いながら、名人などという言葉とはほど遠いところで、足をばたばた、ばたばたさせて書いています。でも、これで少しは、厚かましくなれるかもしれません。いつかまた、「まぐれ」が起こせるに違いないと、自分にいい聞かせたいと思います。謎という課題も、じっくり考えてみます。 ('08/08/15 21:28:27 *4)
- 右肩良久 :
こんにちは。
遅ればせながら。僕もこれは良い作品だと思います。
なぜか?肉体があるからかな……、それで肉体そのものではない語られざる部分が読み手の肉体を通して伝わるような。
僕も同じような書き方で書こうとしていたことがありますが、こんなにうまくは書けませんでした。
人生は何かの処理に追われているけど、なにかの処理のためにあるものではないのですね。酔っぱらい的な言い方をすると。 ('08/08/16 09:56:18)
- 黒沢 :
右肩さん
コメント有難うございます。
先日は、右肩さんの作品に妙で曖昧なコメントを付けてすいませんでした。わりと、いってしまったことを、後でじくじく気にするタイプです(笑)。悪気はちかってありませんので。これからも、作品楽しみにしています。
さて、コメントへのお返事ですが、この盆休み、ここで喋り倒してしまったので、今はちょいバテ気味です(笑)。安定して評を付け続ける(/ていた)ケムリさんや、平川さん、雨の実さんの偉大さを、ほんと痛感しますねえ。それはさておき、書くにあたっての立ち位置というか、フォームのようなものを、獲得するのは難しい。頂いたコメントはほんと嬉しかったです。が、自分のなかではまだまだ五里霧中といった感じです。 ('08/08/17 23:34:26)