そっと手をひらいて
潮が去ったあとに
日輪にうつるオウムたちの
羽冠
とり残された 点描の泡
立ち眩む/宿借は殻を捨て
行くべきなのだ/
という嘘に
湾曲をなぞっていた黒い肌の少女は
赤い波打ちぎわに腰かけて
砂まみれの足首を抱いた
ここには王国があったという
彼は道路に立ち 胸を指して
自分にはその血が流れているだろうかと問う
聞こえなかったふりをする
私の肌は白すぎて 熱に膨れ
かつて幻想だった大地に横たわる
影を踏んで
日傘を捨て
堅い手をやわらかな腹部へとみちびき
ここにあなたの血が流れていると答えると
彼は膝を折り 髭だらけの口で祈る
ひと月ぶりの朝に
岩穴を這い出し
水が退いた平地へ下りる
歓声
打ち上げられた 木製の船に
漕ぎ手はない/宿借は新しい殻を
見つけられずに死んだ/
それでも
石壁に奴隷や家畜が折り重なる神殿で
新しい生け贄が捧げられ
砂浜の足跡は消された
母はこの海を渡ってきたという
誰も知らない 遠い場所から
そのことを母に尋ねても何一つ教えてくれず
聞こえなかったふりをする
白く輝く肌は あたしと違い
幻想と呼ばれる大地を思わせる
風が吹いて
髪がなびき
はるか昔に飛んでいったオウムたちへ
ふたたび切りひらかれていく予感を告げると
あたしの爪先は濡れ 濃い朝焼けに触れる
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20071126_657_2462p
- 雨の実 :
大変楽しませて頂きました。美しい描写の多くにも脱帽してしまいます。
「切りひらかれていく」という娘の予感を、「満ちてくる」という情景のポテンシャルに変換するときに、父親の祈り、という二連目の場面が生きてくるようです。
打ち返される予感の言葉、・・・冒頭と最後にオウムを起用したことも大きく成功していると思います。
気になった点を一つだけ。
幻想だった、幻想と呼ばれる大地・・・の王家の血。そこに、三連目、
>それでも
>石壁に奴隷や家畜が折り重なる神殿で
>新しい生け贄が捧げられ
犠牲の積み重なりの先にある、というニュアンスをこのような言葉たちで加えるのはどうでしょうか。この物語にどうして必要だったのか、少しの疑問が残ります。
この部分の存在により、王家の血、に対しての「母親の見解」を匂わせることに、四連目の「聞こえなかったふり」という言葉が非常に演技じみて聞こえてしまいます。
二連目の「聞こえなかったふり」という言葉の美しさも、さかのぼって傷つけてしまうような、もったいなさというか、少しがっかりするところです。
ヤドカリという存在に言わせて済むことを、王国の持つ暗い土台をわざわざ表して付け加えることには、私はどうも賛成できません。
落とし込み過ぎている、という印象です。 ('07/11/27 00:32:48)
- ダーザイン :
泉ムジさん、初めまして。かなり熟練の書き手のようですね。南洋の眩い光の王国? 孕み、繋がる命、苦儀、宿借に託された繋がらない命、生成流転が描かれているようですが、どこも美しいイメージの連続で、楽しませていただきました。ただ、たぶん男であるように読める「私」と、たぶん女であるように読める「あたし」の語りについてですが、たぶん意図して混融させているのでしょうが、それは成功しているように思われるけれども、若干読みにくさを感じたので、もう少し、この視線の差異について明示的であったほうが良いかもしれません。それから、もったいないなあと思ったのは、「黒い肌の少女」のイメージ。ここ、とても美しいところなので、この少女についてもっと書き込んで欲しいと思いました。
また来てください。楽しみに待っています。 ('07/11/28 21:37:40)
- ケムリ :
巧いなぁ。まったく、大体出尽くしたと思っても、ネットは広い。まだまだ来るんだろうな、嬉しくなる。コロナ、光冠か。イメージの繋げ方が抜群に巧い。最後まで、一気に一繋がりとして読ませる。俺は、ダーザインさんとちょっと違う読みをして、「私」と「あたし」の差異は意図的だというところまでは同じなんだけれど、「私」と「母」が同じものとして読みました。つまり、母性の前に跪く祈りだと解釈して読んだ、すると二連目と三連目の間には時間が横たわっていて、作品内主体の交代があるんだけれど、その読みの方が俺には楽しかった。どちらの読みが意図主義的に正しいとしても(実際、どちらの解釈でもいけるわけですし)この部分は、もう少し明示的にした方がいいというのは俺も同感です。
なんにせよ、よく出来てます。端的ではあるけれどイメージが続いている。壮麗だ。ただ、もう少し描写の端々があざとくてもいいと思った。触れる手の暖かさや、イメージの中の小さな輪郭を書き加えてやると、もっと写実的にイメージが灯るような気がします。ある意味、描き方が「潔癖」な感じがして、もっとあざとくてもいいと思ってしまう。多少のあざとさを帳消しにするくらい、流麗に連鎖しているのだから、一枚絵として見せるべき箇所をもっと「止め絵」にしてもいいのではないかと。ダーザインさんが指摘している箇所も、もうちょっと小さいもの、指先の動きや日にを遮る睫の影、額に貼りつく前髪、こういうものを書き込めば、より「写実的」になるのではないか。「彼」の祈りが跪くシーンにしてもそうです。そこで、一度止めないと連鎖が流麗なだけに、表象が呼び起されないままに過ぎてしまう。もう少しあざとくてもいい、そんなことを思いました。少なくとも、跪きのシーンは「止め絵」であっても美しい。作品構造も、もう少しカチっと固めてもいい気がしました。解釈の多様性を維持しなくとも、十分に一つに絞り込んで「見せ付けて」美しい作品だと思える。
久々に、一つの「物語」に落とし込んで、個人的でナイーブに批評したいと思える作品でした。楽しませてもらった。 ('07/11/29 03:42:22 *3)
- 泉ムジ :
はじめまして、雨の実さん。こんばんは。
返信が大変遅くなってしまい、申し訳ありません。携帯では見ていたのですが。
楽しんで頂けたようでとても嬉しいです。
先月くらいから即興ゴルコンダに投稿してるんですが、その間にこれの一連目ができちゃいまして、「とんでいったオウムたちへ」と仮題をつけて書いてみたものです。タイトルから外されてしまったオウムたちも良い演技が出来ていたようで、飛び上がらんばかりに喜んでいると思います。
三連目についてですが、確かに暗いかもしれません。なんだか、違う文章について菊西さんに「不気味」と評されたことを思い出しました。雨の実さんは優しい方なんでしょうね。菊西さんもですが。ご指摘の箇所は書かなければならなかったもので、無ければ四連目は書けなかった、というのが私の感覚です。
ありがとうございました。 ('07/11/30 00:14:01)
- 泉ムジ :
はじめまして、ダーザインさん。こんばんは。
思っていたより評価していただけて、私の中で「鬼子」と呼ばれていたこの文章も成仏できそうです。楽しんで頂けて嬉しいです。
熟練というにはほど遠い私の、ビギナーズラックというやつでしょうか。描写については力不足でした。「黒い肌の少女」自身を魅力的に描写できるようになるにはまだまだ修行がいるようです。
ありがとうございました。 ('07/11/30 00:34:11)
- 泉ムジ :
はじめまして、ケムリさん。こんばんは。
いろいろな読みで楽しんで頂けたようで嬉しいです。
ご指摘のように、もっと絞り込んだほうが良かったかもしれませんが、これも一つの勉強ということで。あるいは多様な解釈をされることを楽しみたいという私のエゴかもしれません。
描写については、いっそう考えてみたいと思います。
ありがとうございました。 ('07/11/30 00:55:02)
- 凪葉 :
こんにちは。
上げたいと思います。
うまく言葉にできないのですが、コメントを。
一言で、素敵です。
読み終わったあとに震えました。流れとか、すごく上手いですよね。最後まで浸ることができました。
美しい描写の連続で、すごいなぁと思ってばかりで。
んー。すごいなぁ。 ('07/12/04 18:39:28)
- 泉ムジ :
はじめまして、凪葉さん。こんばんは。
上がっていたので、久しぶりに読みかえしてみたのですが、いまいち面白くないですね。難しいものです。
「素敵」という言葉を頂けてとてもうれしく思います。
コメントありがとうございました。 ('07/12/05 22:54:17)
- soft_machine :
とても素敵なことば達だと感じました。
とても好きな作品です。
「てにをは」の扱いに、改行でのイメージの選択や転調、主語述語の関係性など、ちょっとぎこちない作文だと感じるところが幾つかありましたが、鮮やかさ、あなたの持っていることばそもそもの魅力に惹かれました。
他の作品も、もっと読みたいと思えるものでした。 ('07/12/07 01:16:19 *1)