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2014年01月分

月間優良作品 (投稿日時順)

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* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ハンドジャンプ

  はかいし


ホップ、ステップ、ハンドジャンプ! 君がそう言ったからぼくは逆立ちしてやってみた、ところが君はハンドジャンプじゃなくて、アンドジャンプと言ったのだった。それだけだ。本当はそうなる予定だったんだ。ところが、逆立ちしてしまったのが運の尽きだ。ぼくの長すぎる足が木の枝に引っかかって、取れなくなってしまった。君はまだ同じことを繰り返す。ホップ、ステップ、ハンドジャンプ! おかげで、ぼくは眠りたくても眠れないんだ。ぼくは翼を折り畳んで、そのままの体勢でいる。君がホップ、ステップ、ハンドジャンプ! それを何回も何回も繰り返すせいで、ぼくは全然眠れない。ぼくは特別耳が良くて、口から出した超音波を聞き取れるぐらいの耳の良さなんだ。しかもそれだけじゃない。これは反響定位って巷では言われているらしいが、ぼくはその超音波を使って物の位置も形も理解することができる。それで君がさっきから言い続けているホップ、ステップ、ハンドジャンプ、これがまたものすごい音の塊になって飛んでくる。漫画で言うなら、ホップのところでビールの泡みたいなのが飛んできて、ステップでバスの段差で転げ落ちたお婆さんが飛んできて、ハンドジャンプで逆立ちしたままの筋肉男が飛んでくる、そんな感じだ。そして、君がその口を閉じない限りは永遠にビールは泡を吹き出し続けるし、お婆さんは段差を転がり続けて血を流すし、逆立ちしたままの筋肉男は汗を流し続ける。やがて泡と血と汗とが混ざり合った液が、辺り一面に広がっていって、逆さまになったぼくの頭すれすれのところまでせり上がってくる、こりゃあとんでもないことになったと、ぼくは無理やり起き上がって飛び立とうとする、でも足は相変わらず木の枝に引っかかったまま取れそうもない。それで仕方が無いから、長いこともがき続けていたら、いつの間にか木の枝を軸に体がぐるぐる遠心力をつけて回転していて、頭があの液を何度も跳ね飛ばしている。君の顔にかかっているそれが、めまぐるしく変転する視界の中で何回かちらつく。それに気づいたとき、どうしてぼくはこんなことになっているんだろうとようやく考え始めて、こうなる前は、ひっくり返っていて、頭に血が登っていて、目を少し上げればすぐそこには液がせり上がっていて、でも考えてみれば液がせり上がっているはずがなくて、それは漫画を前提に考えていたせいで、そう気づいたときやっと漫画の世界から抜け出せて、さっきまでコマを吹き飛ばさんばかりに思えていた音の塊が嘘くさく思えて、そしたらその前には眠りたかったのだと思い出して、それじゃああの漫画はなんだったんだと思って、そうだあれは夢なんだと思ったら、どこからどこまでが夢だったんだろうと思って、そうかぼくは反響定位していたんだな、それじゃあ蝙蝠だったんだと思って、ということは蝙蝠なのに思考があるのはおかしいから、その辺については少なくとも夢で、すると夢じゃなかったところは多分逆立ちした辺りかなと思って、そうしたらもう君がホップステップハンドジャンプを繰り返している意味がわからなくって、なんのためにそんなことを言うんだろうと思って、君はきっと無意味に生きているんだと思ったら、なんだか虚しくなってきて、どうして夢は夢なんだろうという答えようもない問いが生まれてきて、やっぱりこれも頭に血が登っているせいなのかな、もう頭がめちゃくちゃにフル稼働して、そうだ夢は夢だから夢なんだと思ったら、木の枝が折れてズドンと頭をぶつけた。漫画ならここで頭がバネになって、ホップ、ステップ、アンドジャンプをちゃんとやり遂げるんだろうな。


陽の埋葬

  田中宏輔



 術師たちが部屋に入ってきてしばらくすると、死刑囚たちの頭に被せられていた布袋が、下級役人たちの手でつぎつぎと外されていった。どの死刑囚たちにも、摘出された眼球のあとには綿布が装着され、その唇は、口がきけないように上唇と下唇を手術用の縫合糸でしっかりと縫い合わされてあった。見なれたものとはいえ、術師たちはみな息をのんだ。嗅覚者は、自分の右隣に坐った男を横目で見た。男は術師たちの長とおなじ、幻覚者であった。嗅覚者は、以前に何度か右隣の男と言葉を交わしたことがあったが、以前の様子とは少し違った雰囲気を感じとっていた。男の前に坐らされていた死刑囚が頭を揺さぶった。眼があったところに装着されていた綿布が外れて落ちた。
「よい。」と言い、右隣の男は手をあげて、一人の下級役人があわてて近寄ろうとするのを遮った。男が呪文を唱えると、下に落ちた綿布が床の上をすべり、死刑囚の足元からするすると、まるで服の内側に仕込まれた磁石に引っ張り上げられたかのようにしてよじのぼると、もとにあった場所に、少し前までは眼があったところにくると、ぴたりととまった。嗅覚者の鼻が微妙な違いを捉えた。以前に男が術を使ったときに発散していたにおいとは異なったにおいを。嗅覚者の鼻が、異なるにおいを感じとったのだった。嗅覚者は、隣に坐っている男をよく見た。男の身体全体を、ある一つのにおいが包み込んでいた。顔はおなじだが、前のにおいとは違ったものであった。嗅覚者の鼻は、また死刑囚たちの身体にも、ふつうの死刑囚たちとは異なるにおいを感じとっていた。嗅覚者の鼻は、魂をにおいとして感じとることができるのであった。目の前に坐らされた死刑囚たちはみな暴力的な人間ではなかった。生まれつき粗暴な人間には、粗暴な人間特有の魂のにおいがあった。死刑囚たちは、おそらく思想犯だったのであろう。最近は、図書館の死者たちを解放するのだといって、破壊活動をする思想犯たちの数が急増しているらしい。国家反逆罪は、もっとも重い刑罰を科せられる。もちろん、死刑である。処刑される前に、眼球と内臓の一部が取り出され、再利用されるが、さいごに人柱として利用される前に魂を抜かれるのだった。いや、魂の一部を抜かれると言ったほうがより正確であろう。術師たちによって、魂の一部分をエクトプラズムとして取り出されるのだった。術師たちは、術師たちそれぞれ独自の方法によって、人間の魂からエクトプラズムを取り出すのだが、その取り出され方によって、エクトプラズムの質と量が異なるのであった。ある程度の量をもった質のよいエクトプラズムは、ほぼそのまま、見目麗しいホムンクルスとして成形される。平均的なふつうのエクトプラズムは、別の日に、おそらくは、翌日か、翌々日にでも、この施術室のなかにはいない別の術師たちの手によって抽出され、さまざまな用途に合わせて加工されるのであった。また、平均以下の、あまり出来のよくないエクトプラズムも、それらの術師たちの手によって処分されることになっていた。そして、質のよいエクトプラズムのなかでも、もっとも質のよいエクトプラズムから、死体を生かしておく霊液がつくられるのであった。図書館の死者たちが生きつづけて、われわれの文化の礎となっているのも、これらの霊液のおかげである。永遠に生きつづける死者なくして、文化など存続できるものだろうか。自然もまた、術師たちのように、さまざまなものたちの魂からエクトプラズムを抽出して、さまざまなものをつくり出す。妖怪や化け物といったたぐいのものがそうである。自然の何がそうさせるのか、いろいろ言われているが、もっとも多い意見は、時間と場所と出来事がある一定の条件を満たしている場合においてである、というものであった。ただし、術師たちの派閥によって、その時間と場所と出来事の条件がところどころ違っているのだが。ところで、歴史的な経緯からいえば、自然もまた、というよりも、術師たちのほうこそが、また、であろう。自然がつくり出した妖怪や化け物たちを、自分たちもまたつくり出したいと思って自然を真似たのであろうから。
 嗅覚者は男についての噂話をいくつか思い出した。月での異星人との接触。その異星人との精神融合における数日間の昏睡と覚醒。嗅覚者は、ふと、イエスとラザロのことを思い起こした。イエスとラザロも、一度は死んだのだ。死んで甦ったのだった。死んだからこそ甦ることができたとも言えるのだが、そもそものところ、はたして、二人は、ほんとうに死んだのだろうか。もし仮に、二人がほんとうに死んだとしても、二人に訪れた死は、同じ死なのだろうか。同じ意味の死が、二人に訪れたのだろうか。二人の死と復活には、違う意味があるのではないだろうか。そうだ。たしかに、象徴としては、二人の死と復活には、意味に違いがあるだろう。しかし、事実としての死が二人に訪れたのだとしたら、どうだろう。死の事実も違うのだろうか。いや、死は、ひとしく万人に訪れるものであって、それらの死は、すべて同じ一つの死だった。一つの同じ死なのだ。二人が、ほんとうに死んでいたとしたら、その死んでいた状態とは、死体となって存在していたという意味なのだ。死体となって存在していたのだ。しかし、その死んでいた状態には、いったいどのような意味があったのであろうか。その死んでいた期間には、いったいどのような意味があったのであろうか。かつて、このことを、ほかの術師仲間と話し合ったことがあるが、その相手の術師は、その当時、死んでいた期間とは、ひとが死んだということが、遠く離れた地に伝わるまでの時間だったのではないかと言っていたのだが、どうなのであろうか。しかし、それにしても、その状態が、新しい生に必要だったのだろうか。死んでいた状態の、死んでいた期間が。いや、なぜ、そもそも、わたしの脳裏に、イエスやラザロのことが思い浮かんだのだろうか。男が洞窟で甦るイメージをあらかじめ持ってしまっていたからであろうか。たぶんそうなのであろう。この男は死んでいたわけではなかったのだ。死に近い状態であったとは聞いていたのだが。しかし、男の魂のにおいは、まったく別人のもののようだった。そんなはずはない。そんなことはあり得ない。もしも、この男が同じ人間であったなら、どのような状態であっても、魂のにおいは同じもののはずだ。仮に精神的な動揺で別人のように様変わりしようとも、魂のにおいには変化はない。あるとしても、ごくわずかなものだ。たしかに、その表情には、おかしなところなど何一つないのだが……。この男の表情を読みとることは、嗅覚者にもたやすいことではなかった。当の詩人は、嗅覚者の視線を感じてはいたが、自分に顔を向けている嗅覚者のほうには振り向かず、嗅覚者の顔を思い浮かべながら自分の精神を集中させた。嗅覚者の瞳孔が瞬時に花咲くように開いた。詩人は、嗅覚者の見ている映像を、自分と嗅覚者のあいだに浮かべた。洞窟のなかに横たわった詩人が身を起こそうとしている場面であった。詩人は、なおもいぶかしげに自分の顔を見つめようとする嗅覚者の瞳孔を、瞬時に花しぼませるように縮めた。嗅覚者は、ふたまばたきほどした。嗅覚者の目には、死者がまとうような白い着物を着た詩人が洞窟のなかで起き上がろうとしている映像が見えていたが、すぐに非映像的な抽象概念に思いをめぐらせた。イエスとラザロの死の意味についてだった。術師の長が立ち上がった。
「それでは、はじめよう。」という、術師の長の掛け声をもって、術師たち全員が立ち上がった。術者たちは、椅子に縛り付けられた死刑囚たちの魂から、それぞれの持つ術で、エクトプラズムを抽出しはじめた。嗅覚者が手をかざしている死刑囚の身体からは、魂のにおいが泉の水のように噴き出した。嗅覚者のかざした手のなかに、それらの憤流が渦巻きながら凝縮していった。また、詩人の前に縛り付けられていた死刑囚の縫い合わされた口腔のあいだや鼻腔から、綿布が装着された眼窩から、細長い白い糸がつぎつぎと空中に噴き出した。よく見ると、それらの白い糸は文字の綴りのようであった。そのエクトプラズムの抽出の仕方によって、男は詩人というあだ名で呼ばれるようになったのであった。詩人の向かい合わせた手のひらのあいだにするすると白い糸が凝縮して、一体のホムンクルスが姿をとりはじめた。詩人の抽出するエクトプラズムはかなり質の高いもので、みるみるうちに人間の姿となっていった。すこぶる見目麗しいホムンクルスが、詩人の手のなかに横たわった。

 夜が夜を呼ぶ。夜が夜を集める。日が没すると、電燈の明かりがまたたき灯った。公園の公衆便所の前で、携帯電話の画面を見つめている男がいる。夜が集めた夜の一つであった。男は立ち上がって、河川敷のほうへ向かった。樹の蔭から別の男が出てきて、そのあとを追った。これもまた、夜の一つであった。そして、これもまた、夜の一つなのか、エクトプラズムが公園の上空に渦巻きはじめた。さきほどまでは、雲一つ浮かんでいなかった月の空に、渦巻きながら、一つになろうとして集まった雲のようなエクトプラズムがひとつづきの撚り糸のようにつながって地上に降りてきた。それは、公園のなかに置かれた銅像の唇と唇のあいだに吸い込まれていった。公衆便所の裏には、小川が流れていて、その瀬には、打ち棄てられた板屑や翌日に捨てられるはずのごみが袋づめにされて積み上げてあった。そこには、月の光も重なり合った樹々の葉を通して、わずかに差し込むだけだった。それでも、小川を流れる川の水は、月の光を幾度も裏返し、幾度も表に返しては、きらきらとまたたき輝いていた。小太りの醜いホムンクルスが三体、袋づめにされたごみとごみのあいだに身をすくませていた。それらの目の前で、二頭の大蛇のような、太くて長い陰茎のような化け物たちがまぐわっていたのだった。まるで無理にねじり合わせた子どもの腕のような太さの陰茎であった。一頭の陰茎が射精すると、もう一頭のほうもすぐに射精した。二頭目の陰茎の化け物の精液が、身を寄せ合っていたホムンクルスたちの足もとにまで飛んだ。いちばん前にいたホムンクルスの足にかかったようだった。そのホムンクルスの足がかたまって動けなくなった。すると、突然、空中から、シャキーン、シャキーンという鋏の音がした。ホムンクルスたちが上空を見上げた。わずかな月の光を反射して、巨大な鋏が降りてきた。鋏はシャキーン、シャキーンという音とともに、陰茎の化け物どもとホムンクルスたちのそばにやってきた。三体のホムンクルスが背をかがめた。かがめ遅れた一体のホムンクルスの首が、一頭の陰茎の化け物の亀頭とともに、ジャキーンと切り落とされた。
 銅像が目を覚ます。右の腕、左の腕と順番にゆっくりと上げ、自分の足もとに目をやった。足が持ち上がり、銅像は歩きはじめた。青年は先に河川敷に出て、川を見下ろせる石のベンチに腰掛けていた。二つの橋と橋のあいだに点々とたむろする男たち。追いかけていた男が青年の隣に腰掛けた。青年は自分の腕にまとわりついていた蜘蛛の巣をこすり落としていた。それは、青年の死んだ父親の霊だった。青年の父親はさまざまな姿をとって、死んだあとも、青年の身にまとわりつくのであった。この夜は、千切れ雲のような蜘蛛の巣となって空中を漂いながら、青年がくるのを待っていたのであった。追いかけてきた男が立ち去ると、青年は携帯電話をポケットから出して開いた。きょうも詩人からは連絡がなかった。嬌声が上がった。上流のほうで、叫び声とともに、何か大きなものが川に落ちる音がした。もう一度、ひときわ大きなわめき声に混じって嬌声が上がった。青年は立ち上がって、振り返った。だれもいなかった。ふと、ひとがいる気配がしたのであった。青年は上流に向かって歩きはじめた。大人にはなりきっていない子どものようなきゃしゃな体格の男たちが、茂みと茂みのあいだにある細長い道を走り去っていった。川には、黒眼鏡を手にした中年の男がいた。男は、もう一つの手で水辺の雑草をつかんだ。黒眼鏡の中年男は医師だった。走り去った男たちは、医師が持っている薬が目当てだった。青年が渡したハンカチで濡れた手を拭き取った医師は、坐らせられたベンチの下を覗き込んだ。姿勢を戻した医師は、青年の目の前で、手のひらを開いた。手のひらのくぼみには、ビニール袋に包まれた黒い粒と白い粒がいくつかあった。銅像は耳をすませた。銅像の耳は、時代を超えた叫び声を聞いていた。刀や槍で刺し貫かれて川に突き落とされた男たちの叫び声だった。猛獣に噛み殺され身を引き裂かれた女の叫び声だった。銅像は瞼を上げた。銅像の目は、時代を超えた映像をいくつも見ていた。川べりで生活する古代人たち。川遊びをする子どもたち。川の上を、爆弾を落としながら、飛行船が横切っていった。その映像が、公衆便所の真上にくると、巨大な鋏が姿を消した。地面の上には、白銀色のエクトプラズムの残骸がちらばっていた。銅像は自分がいた場所に戻るために、その重たい足を持ち上げた。地面の砂がざりざりと音を立てる。

 ホテルの支配人に案内されてから十数分ほどのあいだ、彼の精神状態は張り詰め通しだった。ひとり、老作家のいた部屋の窓から飛行船を眺めやりながら、彼は、瞬間というものに思いをはせていた。テーブルの上には、老作家が若いときに、愛人の若い男性といっしょに撮られた写真が残されていた。老作家とのやりとりもまた歴史に残る一コマであった。彼は、それを十分に意識していた。彼は、老作家のやつれはてた相貌を目にして、そのことで気を落としながらも、そう思っていることを悟られないように気をつけて、微笑みを絶やさず、老作家の瞳を見つめながら話をしていた。軍服を着た役人たちには渡さずにおいたフォトフレームに手を伸ばすと、彼は写真を取り出し、それを自分の懐のなかにしまった。彼は、その部屋に入る前と、出て行くときとでは、自分がまったく違った精神状態にあることを自ら意識していた。入る前は、たとえ異国の作家ではあっても、自分が尊敬し、敬愛していた偉大な人物に会えるということで、気分が高揚していたのであった。しかし、いまは、その人物が生気を失い、見るも無残な老醜をさらしていたことにショックを受けていたのであった。彼は部屋のドアも閉めずに、ホテルの廊下に歩をすすめた。ドアの外に待機していた配下の役人が二人、あとにつき従った。後年、彼は、自分と老作家とのあいだで交わされた会話を書くことになるだろう。彼は、老作家にこう言ったのだった。「あなたが世界をお忘れになっても、世界は、あなたを忘れてはおりません。日本という異国の地ではあっても、あなたの存命中はもちろんのこと、あなたが召されてからも、最善至高のおもてなしをいたします。あなたは、あなたが亡くなったあとも、あなたの貴重な体験を、あなたのたぐいまれな才能を、図書館で発揮していただくことができます。あなたの死後、あなたの血管のなかを、日本の最高の術師たちによる、きらめき輝く銀色のエクトプラズムの霊液が駆け巡ることでしょう。あなたは、永遠に生きる死者として、後世の人間に、あなたの体験や知識を、あなたの事実や、あなたがつくった物語を、真実と真実でないあらゆるすべての瞬間を語りつづけることができるでしょう。」それまで打ち捨てられていた老作家は、それまで打ち捨てられていた通りに、ただ息をするばかりで、彼の言葉をほとんど理解することもできていないようだった。やがて担架が運び入れられ、その身体が持ち上げられて、担架とともに運び出されるまで、老作家はひとことも口をきくことができなかった。彼は、ホテルの支配人に、老作家の庇護者に早急に連絡をとるように言い、老作家の身のまわりの品物をすべて、あとで日本の領事館に送り届けるように命じた。
 三島由紀夫は、オスカー・ワイルドをのせた担架が飛行船に運び込まれるところを後ろから見ていた。瞬間か。そうだ、瞬間だ。しかし、われらには死後の生がある。すべてが瞬間のきらめき、つかのまのものだ。だとしても、われらには死後の生もある。たしかに、ただ、ほんものの美は瞬間のきらめき、つかのまのものであって、死後において語られる言葉のなかにはない。言葉ではない。言葉にはできない。語ることができないものなのだ。それが、わたしには恐ろしい。しかし、言葉は装置でもある。ただ、こころのなかにだけではあるが、美の瞬間を甦らせることができるのだ。つかのまの歓びである、つかのまの悲しみを甦らせることができる装置なのだ、言葉というものは。個人としては、だな。三島は苦笑した。いや、個人を超える伝統というものもまた、死者たちが図書館で語る言葉によって維持されてきたのだった。
 飛行船がゆっくりと上昇していった。


テレスドン(『ウルトラマン』より)

  角田寿星


たそがれの空にひときわ明るく
かがやく星を子どもたちは指さして
あれは ウルトラの星
後ろすがたが
まるで祈りを献げるかのよう

ちがうよ。あれは宵の明星。
きみたちのすぐとなりにある惑星だ。

今夜は
しし座流星群
ながれぼしに願いを三度となえると
必ず かなう
教えてくれたのは地上の友だち
テレスドンのシルエットが
満天の星空を覆い尽くす
瑪瑙 サーチライト 月長石

地底湖に
ほそくながい金剛のすじが射して
二分間だけ月が浮かび 消える
ながい間 ぼくの宝物だった

テレスドン
ふとい腕とながいクチバシ
おまけに全身がきれいな土のいろ
いのちを賭けて
おそろしい光の巨人から護ってくれた

「凄いヤツだ…
 ナパーム弾ではビクともしない

銀色の巨人が放った
ベーターカプセルの閃光は
一瞬のうちに地底帝国を壊滅させた
あの 身も心も焼き尽くす凄まじい光
帝国が元戻りになりますように
みんなが還ってくれますように
眩しすぎる夜空が直視できない
三度願いを籠めるあいだに
流星群は消えた

テレスドンは 光の巨人
ウルトラマンに殺されたらしい
あれほど剛健だったテレスドンが
投げ飛ばされて
雄叫びひとつ揚げることなく
しずかに眸を閉じた という
ぼくはテレスドンをさがし続けた
苔 水晶 カンラン石
石筍 鉱山跡 永久凍土

地上の友だちが見つけてくれた
テレスドンは
目も虚ろで クチバシはぼろぼろ
見事な鳶色の肌はすっかり汚されて
「たたかいによわく
 かったことが ない
信じられない解説のおまけ付き
だった
テレスドンは死んだ
テレスドンは死んだんだ
ぼくは
テレスドンを
忘れた
絶対にわす れない
テレ スドンのきお くはぼくの
こころのお くにのこった
たった ひとつ の たから も


(冬の霧吹山は夜になると
 冷気が貼りついて月明かりさえ届かない。
 いちめんの雲母の闇。消え入るように歩く大きな翳は
 大怪獣 デッドンだ。
 赤黒い血がこびりついた ぼろぼろの背中に
 ちいさな地底人の子どもを載せて。
 眠っているのか デッドンの背中に頬を埋め
 微笑んでいる 退化した眼 土色の頬 泪の痕。
 音もなく霧のむこうに去っていった
 という。


階段

  前田ふむふむ


午前八時
古い雑居ビルの
階段にすわりながら順番を待つ
わたしは九番目だったが
一番目は朝六時ごろに着いたそうだ
エアコンがないので
階段はじわっと湿っていて蒸し暑かった
粘り気のある汗が噴き出てきて
全身を虫のように這っていく

片方の側の壁には
成人病の予防広告が
いくつか貼りついている
いつ貼ったのだろうか
黄ばんで汚れている
そのいくつかは
だらしなく剥がれかかっている

わずかに一つある蛍光灯は
不規則に点滅しているが
いつの間にか切れている

遠くで
船の汽笛が聞こえる
海が近いのかもしれない

一列に並んでいるものは
誰も話そうとしなかったが
ひとりが携帯電話を掛けるために場所を立つと
いっせいに喋りだした
簡単な会話が終わると 
約束事のようにピタリと止まった
後から来た人は黙って
順番に階段の上のほうにすわって並んだ

小さな窓からひかりは入っていたが
電気が切れたせいで
階段は暗かった
他の人の顔もよく見えない
踊り場にある
非常用の火災報知機のランプだけが
異様に赤い

来た時から気になっていたのだが
それは階段の上の方というわけではない
なんとなく
上の方で ざわざわとした 
聞こえるか聞こえないかのような つぶやいているような声の
気配がする
不思議と誰も気づいてないようだが
何者かに見られているようなのだ

そうかと思えば
わたしより先に来た
階段の下の方では 
苦しそうなうめき声が聞こえる
それが動物のように聞こえるのだ
少し怖くなって膝を抱えた

電車が近くを 轟音を立てて通り過ぎる
それが合図のように
少しずつ雨が降ってきた
窓を打つ雨音とともに
まるで夜のように暗くなった

わたしたちが黙りきって
どれくらいなるだろう
一階の入口の柵をどけている音がする
そろそろ時間なのだ
彼らは
エレベーターで五階まで昇り
着替えてから
一列になってぞろぞろと階段を降りてくる
その白い服装をした医師や看護師たちは
丁度 一団でいると
能面を掛けたように
無表情な同じ顔をしているようにみえる
わたしは 今まで見分けがついたことがなかった
やはりわたしは病気なのだ

すれ違いざま
能面の顔をした一人が何かを囁いている




おばあちゃんだよ
おじいちゃんだよ
おまえのお父さんだよ

わたしは少し告別式の時間に遅れてきた 
涙を流して かなしい顔をしていた父さんは 今頃まで何を
していたのだ 早く席に着きなさいという わたしは香典袋
に名前を書こうとすると 父さんは自分の名前を書いてはだ
めだと 涙を流したこわい顔をしていう どうしてだめなの
 自分の名前でなければ わたしの気持ちはどうなるの 父
さんは筆を取ると強引に 全く知らない人の名前を 書いて
これを出せという どうしてこれじゃ わたしが香典を出し
たことに ならないじゃないの わたしには香典を出す資格
がないの わたしは悲しくなって祭壇の方にすすんだ でも
 いったい誰の葬儀なのだろう そうだ 父さんはもう十年
前に死んでいるのだ 母さんと妹たちが見当たらない どこ
にいるのだろう 親族の席には見慣れた人たちが座っていた
 よく見ると みんなすでに死んだ人たちだ 
暗い表情のなかに 悲しみを浮かべてみんな泣いている 恐
る恐る 祭壇の遺影をみると わたしと母さんと妹たちの写
真だった これはどういうことなの 何のまねなの いった
い ここはどこなの 耳を劈くような読経が始まり 親族を
始めとする弔問のひとたちは 祭壇の写真をいっせいに見て
いる そして狼狽しているわたしを見ている 写真のなかに
閉じ込められているわたしを 家族と一緒に閉じ込められて
いるわたしを見ているのだ 助けてとわたしは小声で呟いた
小声で何度も にわかにこのモノクロームの葬儀に耐えら
れずに 嘔吐しそうになった

ガラガラと
二階の
重い鉄の扉をあける音が聞こえて驚いた
わたしは眠りかけていたのかもしれない

わたしはこの音を聞くために
今まで屈んだ姿勢で待っていたのだ

ありふれた名の付いたクリニックと書いてある
扉をくぐると
あかるいひかりを帯びた
受付で
九番目の番号札をもらった


タクシー

  uki


黄色が点滅している
なにも起こらないでください
わたしには関係を処理する能力が欠けているから
自分の黄色い手首を見る うす青い血管がでている
あたまのリボンが傾いている
蛇口みたいに止血みたいに あたまの一点 閉めてるリボン
金粉まじりのあきのよる
はだかの噴水まで 1キロ
歩くよりも乗るほうを選んだ
地上から ほんのわずかでも浮いていたい
運賃はワンメーター、ろっぴゃくはちじゅうえん
わたし、ろっぴゃくはちじゅうえんで移動してる
切手ははちじゅうえんだから、
ことばはそんざいよりかるいのだ
かるい かるい かるいのだった。
夜中に、はなうたがかってにでてしまう理由のひとつ
でも わたしは ことばよりかるいはず
いのちさえ きっと
鏡を踏み潰すよりもっとたやすく
風とか空気にあっけなく混入するから
しょうたい不明 そのままがしょうたい
でもどうでもいい
声をださずに口をぱくぱくして
運転手に「ああ?」と言われる
口と耳と目、おもしろい関係、でもわたしは処理できない
そんざいを乗せたタクシーは走る
赤を抜いたとき 盗塁するみたいで どきどきした
歩行者は赤だったからよかった
そんざいのなかで一喜一憂する
そんざい=にくたいではないとあなたは言った
むずかしくてわからないとわたしは言った
かるい かるい もっとかるい むいみはきもちいい
走ってください
赤をこわして
午後の光が風船みたいにしぼんでいく
しろくて赤いむいみのシャワーを浴びる
わたしはこれからあなたをなぞりにゆく


グラウンド・ゼロ

  MANITOU

 私のお腹が出てきたのはいつの頃からだったろうか。いやね、そうたいして出てはいな
いんですよ。家族が言うほどには出ていないと私は思う。でも、痩せていた昔と較べると、
明らかにポコッと膨れてきているから、お腹の中に誰かいるのは間違いない。しょっちゅ
う喋り声が聴こえてくるけど、おヘソに耳を当ててよく聴いてみようにも、上体を目いっ
ぱい前屈して顔を左右どちらかに向け、片方の耳をおヘソに当てるなんて、サーカスの軟
体芸人じゃあるまいし、私にできるわけがない。さてどうしたものかと思案していると、
何処からか一角犀がのそのそ歩いて来て、私のおヘソに片方の耳をピタッと当てると、お
腹の声を状況説明付きで復唱し始めた。「関東甲信越放送のタテヤマさん?」「…oggpox
…gppppx…」一角犀によれば、お腹の中はテレビ局のスタジオになっていて、長身美人キ
ャスターのゼッターランドさんが、現地で取材中のレポーターに呼び掛けているそうだ。
「関東甲信越放送のタテヤマさん?」「…gqqqvv…ppxx…」何でもJR中央本線勝沼ぶど
う郷駅前に、突如としてグラウンド・ゼロが出現したらしい。「関東甲信越放送のタテヤ
マさん?」「…xqqiix…xkkxxx…」あいにく現地は昨夜からの猛吹雪。通信トラブルのせ
いでなかなか中継が繋がらない。「タテヤマさん?」「…wv…viioooiv…」「タテヤマさ
ん?」「…pppuuxxjjoiw…」ゼッターランドさんはいい加減イライラしながら、タテヤマ
さんを呼び続けている。「タテヤマさん?」繋がらない。「タテヤマさん?」やっぱり繋
がらない。「タテヤマさん?」駄目。「タテヤマさん?」「…jqoqoxxwpzzz…」「タテヤ
マー!!!!」おーっと終いには呼び付けだ。「タテヤマー!タテヤマー!」むきになっ
て連呼している。私はタテヤマさんなんて知らないが、ゼッターランドさんが気の毒にな
ったので、つい中継が繋がったふりをして、「…igogviggpoxx…いタテヤマですっ!」と
叫んでしまった。それを聴いた瞬間、ニヤッと笑った一角犀は、おもむろにおヘソから耳
を離すと、私を睨み付けながら言った。「やはりお前がタテヤマだったか」


                         かすみがかったピンク色の空の下
                  火星最大の盾状火山であるオリンポス山の山頂に
                      巨大な合金製の立方体が乗っかっている
         地球の富士山がすっぽり収まってしまうくらい広大な複合カルデラは
                立方体の底面に覆われてしまって見ることができない
      太陽系の最高峰でもあるオリンポス山の標高は優に25,000mを超えるが
                   立方体の高さを足すとその倍近くになるだろう
          鏡のように火星の光景を映し 陽光を反射している立方体の各面に
           時折 その内部から外界の様子を窺う巨大な両眼の映像が現れる
                   まつ毛の長いパチクリしたおめめがキョロリン
                           ハートキャッチプリキュア!
                キュアマリンこと来海(くるみ)えりかちゃんの眼だ


「いや私はタテヤマなんかじゃない!」と叫んではみたものの自信がない。でも私はタテ
ヤマなんかじゃ、タテヤマなんかじゃ……あれ? じゃあ私は誰だっけ? よく分からな
い。私は本当はタテヤマなのかも知れない。どうもタテヤマのような気がしてくる。タテ
ヤマのような気が増してくる。タテヤマのような気がどんどん増してくる。私のタテヤマ
度がどんどんどんどん増してくる。私のタテヤマ度がどんどんどんどんどんどんどんどん
増してくる。タテヤマ度がどんどんど……もうそろそろ私はタテヤマだろう。タテヤマな
のか? タテヤマ? 事ここに至って私は宣言する。何を隠そう私こそタテヤマその人で
ある。一角犀の奴めこのタテヤマに一杯食わしやがった。私のお腹の中にテレビスタジオ
なんか無いのだ。大おんな美人キャスターのゼッターランドさんも作り話だ。私はもとも
と自分自身のお喋りを聴いていただけだったのだ。グラウンド・ゼロなんてどこの駅前を
探したってありゃあしない。「果たしてそうかな?」一角犀が薄笑いを浮かべながら言っ
た。その瞬間、私のお腹の中に核爆発の閃光が走り、黒褐色のキノコ雲が立ち昇ると、亡
霊の如くグラウンド・ゼロが出現した。そこは破壊され尽くして、何も無い、誰もいない
空虚だ。「タテヤマぁ、お前の空っぽなお腹をツンツンしてやる」一角犀が私のお腹を角
で突っつきながら言った。チクチク感がビミョーに心地よい。刺激によって活性化された
のか、お腹のグラウンド・ゼロは徐々に成長を始めている。もしやおめでたか? おめで
たなのか? いったい何が?「もうちょっと膨らんできたらぷにぷにしてあげる」一角犀
が流し目を使いながら幼女の声で言った。ぷにぷにというのは具体的にどうやるのか、私
にはよく分からないが、語感から察するに、それも悪くなさそうだと思った。


キュアマリン応答せよ! 火星のキュアマリン応答せよ!
こちらハートキャッチプリキュア!
希望ヶ花中学校駐屯員にして来海えりかの大親友
キュアブロッサムこと花咲つぼみですっ
成層圏を哨戒飛行中 レーダーで把捉後にオクトパス型探査スコープにて再度確認
JR中央本線勝沼ぶどう郷駅前スーパー銭湯「ゆぴか」露天風呂にて
TIPEタテヤマのグラウンド・ゼロが発生しました!
ただちに対処しないとお腹が→子宇宙→孫宇宙→ひ孫宇宙…へと指数的に増殖してしまう
恐れていた多宇宙に跨る空虚の孵化 ひいては重畳ヒッグス場のVertical崩壊が始まる
指令α-187「ANTI-ぷにぷに」の発令を待っていては遅きに失するかも知れない
キュアサンシャインもキュアムーンライトも砂漠の使徒に捕まって
凌辱のあげくブツ切りにされて土手鍋の具になっちゃったの
あたしはプリキュア史上最弱で有名だし……
だからキュアマリン!
火星のキュアマリン!
いま地球はあなたの力が必要なの
えりか!
早く帰って来て!


no title

  紅月

●ring

青い花が好きだった赤い少女が白い文法の群生する野原を駆けていく夢を見たんだ、と、洩らした傍らの友人は墨のように真っ黒でなぜか直視できない、明け方の浜辺、打ちあげられた魚たちが至るところで力なく跳ねている、その上空を猛禽たちが鋭い目つきで旋回している、その光景を黒い影たちがゆらゆらと円状に取り囲んで眺めている、(そして、遠くからそのさまを観察する何組もの私と友人、)なぜ死は静寂として齎されないのだろう、と、友人は言う、波が嘲るように声をあげる、いきものはひたむきに躰をくねらせるのにどこまでも静寂だ、静寂に色彩を宛がうように、ぐるぐると幾重に俯瞰の渦を巻き、浜辺に打ち上げられた青い少女が昨夜食べた赤い花は文法の白い野原に群生しているんだよ、と、影たちは口々に言う、彼らもまた文法なのか、




●kasou

日記を書く、私が大切に育ててきた庭のくちなしに火を放つという架空の内容の今日、(炎に浮かぶオオスカシバの幼虫は痙攣しながら溶けていきましたまるで焼け焦げて歪む写真の像のように、)やがて炎は私の家をも呑みこみ爆ぜるのだろう、ばちばちと音を立てて炎上する私の家で生活していた私も炎上する、なんの比喩もそこに介在できない、かつてここに私の家があったころたしかに私はここで生活していました、していたことがあります、と、語るための、熱、(黒い父や黒い母が炎の中に揺らめいているのが見えました、知らない人たちでした、)インクで汚れていく日記帳、文字が咲き乱れている、ね、(ふいに羽音が聴こえて顔を上げると煙る空にたくさんのオオスカシバが舞っていました、)火の粉、空から降り注ぐひかりの鱗粉、透明の翅、色褪せる水の深淵から数えきれないほどの羽音が溢れ、色濃い静寂が炎の喧騒する輪郭を舐める、白昼のさなか、




●eyes

外人の青い瞳の中に指を入れてかき混ぜるとします、赤い語彙が溢れますか、そしてそれをあなたは読解できますか、と、教授は私に問う、外人のことなんてなにもわかりませんなぜなら私が殺した人々はもはや外人ではないから、私の黒い瞳のしじまの中に指を入れる私たち、かき混ぜる、あるいは混ぜられる、赤く染まる視界、射精、吐き出された私の血溜まりにはたくさんの外人の瞳が転がっているから、青や、赤、色彩の花畑、文法を摘んでいく少女は傍らで干からびている私の死体には目もくれない、あなたが外人だから、と、教授は言う、私は答えない、答えられない、(外人だから、)

氷晶、幾数の四角形、あざやかな指が延びていく、枝、野原はやがて森になるのさ、




●yagate

かつて、から
たくさんの水は溢れて、
それを血溜まりと呼ぶ外人は歩き去り、
文法が手を広げる色彩の森の中で、
比喩されたいきものたちの、
かつて、に、
相当する言葉もないまま、
黒く透けた母や、父が、
何度も、芽吹いたり、
刈られたりする、

やがて、
しらないひとのくにから、
たくさんの羽音が聴こえるだろう、
俯瞰が群生する水際の、
明度、影が語彙をもつ白昼のさなか、
外人でありたかった私たちの黒い瞳がこぼれ、
外人である私たちの青い瞳がこぼれ、
森の血溜まりのなかに転がる、
転がった、瞳が、
一斉に割れ、
青い瞳から黒い外人が孵り、
黒い瞳から青い外人が孵り、
その上空で
夥しい数の父や母が、
騒がしい羽音を立てる、

(なぜ静寂として齎されないのだろう、)




今朝、
青い花が好きだった赤い少女が白い文法の群生する野原を駆けていく夢を見たんだ、
と、傍らの友人に告げる私の体は真っ黒でなぜか直視できない、
空から淡くひかる鱗粉が降ってくる、
なにひとつ比喩ではない浜辺で、


 


メアリー・ブルー

  熊谷


突然リビングの火災報知機が鳴った
あわてて外の様子を見ると
真っ黒な猫がさっと走っただけで
変わった様子は特になかった
どこかで起こっているはずの見えない火の気は
映画のなかのワンシーンで
燃えている家の前でピースサインをしていた
あるアメリカの唇のぶ厚い女優を思い出させた
その女優はたしか「メ」から始まる名前だった
だけど今はそんなことを
思い出している余裕はなかった





保険会社ではたらく彼女は
地味な見た目と裏腹の
きらきらした名前がつけられていた
なかなか人の名前を覚えられない僕でも
君のことはすぐ呼ぶことができた
どんな保険に入ればいいのか迷っていると
あなたにどんな不幸が起こるのか
分かればいいのにねえと言って
にわかに微笑むばかりだった
ところで君はどうして
僕なんかと結婚したいんだろう
プロポーズされた返事をすることができずに
月日が経ってしまっていた





真ん中に出てきたタロットカードは死神だった
占いのことはよくわからない僕でも
きっと何だか良くないということは伝わった
東京郊外にある駅ビルの
レストラン街にあるさびれた占いコーナーだった
当たり前のことをあたりまえのように
中年の太った占い師は忠告して占いは終わった
だけど問題は当たる当たらないではなかった
この日この瞬間、このカードを引いたという出来事は
現実として起こってしまっていた





寝巻きのままケータイと通帳とはんこだけを持って
玄関に飛び出ると
駐車場から煙があがっているのが見えた
君の微笑んだぶ厚い唇と
占い師のたるんだ頬をふと思い出す
雑誌が燃えていたんですってねえ
という近所のおばさんの話声が聞こえた
野次馬に混じって現場を見てみると
結婚情報誌が半分真っ黒になっていた
Marry Me?という表紙を見て
あの女優の名前を思い出した
彼女の名前はメアリー
けれど何だかまったくすっきりしなかった





君の申し出を受け入れる理由も
断る理由も、どちらも見つからなかった
死神のカードを引いたのも過去のはなしで
放火の犯人も未だに捕まらなかった
わかっているのは
あのメアリーという女優は
年上の男と結婚しDV被害にあってから
まったく映画に出なくなってしまったということだけだった
今日は久々に君とデートの待ちあわせをしている
待ち合わせに5分遅れて走ってきた君は
いつも通りの満面の笑みだった
ごめんね、料理中にやけどしちゃって
手当てしてたら遅くなっちゃった
と言った君の左手には包帯が巻かれていて
くすり指には黒猫の指輪がはめられていた


return

  かとり

ぼうっきれは
水に浮かばずに 沈み 
底のほうに 突ったって 
小魚たちに つつっかれる全身で
虫の卵を育てる 
気泡は 抜け
ほとけて名前になって
投げ出された 銀塩の陽のもとで
乾ききって千々れ 何だかよくわからないまま
発火して
また名前になって


[EOS]


(レースの、カーテンが、睫毛に、ちらちらと触れる 光を、散らす 刻々と、距離を、散らす)
(離れていく、忘れている、名前を、浮かべて、振り付ける、眼が、開いていても、瞑っていても、練習を、続けられますように)
(仕方のない、ものだけを、持ちあげる、腕が、うわずる、そばで、レコードが、選ばれているシーンに、ぴったりの曲が、かかっている)
(バーガー食べたい、7日かけて酸を、吐いてしまった夜 包み紙をひらく所作、手づかみで噛みちぎる所作、罪を伝える所作 ごちそうさま そうつぶやく頃には、前もって受けとったお釣りが泳いでいる)


[EOS]


王国では
日にやけた奴隷たち 使者たちが
預言者の焚火の 筋を見上げて
大臣たち 軍人たち 下女たちも
ぼんやりと覚悟をきめようとしている

卵はつるりと光沢し
不透明度をましてゆく
どうしてこんなにおおきくなった

奴隷のひとりがいきおいよくもどした
時間をだ


[EOS]


はじける アフロディーテの泡
あるいはどこかで 広がる デュオニソスの液体
組成する ペネローペの糸
ふるえる オデュッセウスの言葉


[EOS]


排泄
される皮膚が 酸化する
瞬間を覚えている 真っ赤な
口を開いて やかましい
彫像が移動し 何も知らない
月に重なり


[EOS]


(そしてまた名前になって)


[EOS]


篠田くん
きみは
青い自転車を かかえ
やはり煮え切らない笑顔をたたえている

消えいる 夏の思い出として
かげろうは増殖し
そこいらじゅうがかげろうだらけだ

ペットボトルの 頭をとりはずし
首に食らい付いて 飲み下すと
冷やりと シャツはしめっている

だまれと言う 
そのうちに 二人きりになったら 
自転車に 乗りこんで海へ 
漕ぎだしていく 
何だかよくわからないまま
何も残さないためだけに


[EOS]


[EOS]


そしてそしてを
掻き混ぜる 手つきが
なるべく優しく
あらせられますように


[EOS]


水面に浮かぶ果実のように

  田中宏輔



 いくら きみをひきよせようとしても
きみは 水面に浮かぶ果実のように
 ぼくのほうには ちっとも戻ってこなかった
むしろ かたをすかして 遠く
 さらに遠くへと きみは はなれていった

もいだのは ぼく
 水面になげつけたのも ぼくだけれど


モール

  はなび



ぼくがアスピリンをガリガリ噛み砕くように
あるいている と彼女が言うので

ぼくは立ち止まり噛み砕いた 
しろくて苦くて
ぼそぼそしていて それから

さいきんはやりの唾液みたいな 泡のつめたい
恐ろしいような料理 
の隙間 
を呈した


2時間前にI氏は仕事をぬけ
クリスマスセールに行ったまま
くびにぶらさがった
名札がきゅうに
さかさになって

あんな唾液みたいな泡みたいな
あんたみたいなひとは
灼けたゴムみたいな
いやな匂いだと言った

ぼくは

モールをあるいていると
いつまでもモールが続いていて
でられない

夢を見ると言った

彼女は映画を見て帰ると言う

映画館ではおそろしいくらい古い映画が上映されていて
女たちはしろく 男たちはくろかった

カエルが車にひかれるところで皆
スピーカーから
潰される音が 
しずかに湿って響くのを
官能的と感じて

しばし
うっとりする
空間があった

それは
ある種の
結界かも
しれない


出現する海

  熊尾英治

ずっとそのまま そのままに
遠ざかる
坂道のような木陰は
長く みんなはいつも
碧く眠る 空と

交信士たちの瞬きに
ざりがにの鋏は星の燭光を宿すだろうか
宿すだろう
いつか 恋に戻って行く

知合いなき海岸は
十一月の木枯しの中
乱雑な焼芋のような腕に守られて
空を飛べなくて雲を食んでいる

ピー ピー…
「潮騒に金平糖のような爪を落としたんだ」

曇天は躊躇いがちに指し示していた
モザイクのような模型が時空走行して
いま
鈍い音を立てながら
輝く


Tristar

  白河 蓮実

首筋の痛みで
ぼくたちは何処までも
飛んでいけると思ってた
あなたの優しさや
てめえの軽薄さが、
何よりも好きだ 悪いかよ
硬い路面に、弾まないで
吸着する重い冬を
拾い上げるため生まれた
人たちがいる

足の裏の皮が、
柔らかくなっていった
踵が薄くなるにつれて
街という街から
イルミネーションが絶えていく
あなたが偽物の
星空の下を歩きたがると
てめえは溜息を吐きながら
ぼくたちの手を引いて
上昇していく
 「いてえよ、引っ張るな
 「なんでいてえんだ
 「肩こりがひどいんだ、最近
 「おじいさんみたいだね
 「笑い事じゃないよ……
  とにかく、腕上げらんねえから
ぼくたちの足は、もう
要らないかもしれない
さっき、夜に湿ってしまった
何処かの誰かの洗濯物を
踏んづけて、
やっと足の裏に
触覚が通っていることを
知ったくらいだから

痛みは肩や首筋から
全身へと広がる

筋肉が硬直すると
顎の下や脇腹が
ぞわぞわと、
総毛立つ

てめえが上昇を止めると
空中にいるぼくたちの周りには
何もない
あなたの息が少し弾んでいる
速いテンポで、脈拍が、あなたを削る
てめえはもう一つ溜息を吐く
ぼくたちへの配慮がない てめえは
優しいあなたは眼下に広がる光景を
綺麗だと言う
イルミネーションがなくても、
街は輝いてるんだと
空気の読めないてめえは
当たり前だと言う
ぼくは頭上を見上げる
平らな夜空に配置された
オリオンの、三つ星がずれる
 「見てみろよ、
  オリオン座が欠けていく
  落ちてきてるんだ
 「隕石?
 「ああ、あれは夜景の構成物さ

足の爪先が冷えていく
凍傷になって
指の一本か二本
腐り落ちるかもしれない
でもそれは痛くない
てめえは煙草をくわえる
火をつけてから、
一本ぼくに差し出す
ぼくはそれをくわえて
てめえがしたように
火をつける
そして、
てめえがしなかったから
ぼくは火のついた煙草を街へ
落とした
信じてたのに
煙草は中空で燃え尽きた
信じてたのに

都会の夜空から星は
失われていく
彼らは少しずつ、
街へと吸い込まれる
そうして高層ビルや
住宅に身を寄せて
棲みついたのが
夜景になるんだ
だから、都会の夜空には
もう、星が少なくなってしまったんだ

偽物なんかじゃ、なかった
あなたは墜落する
てめえが息をのむ
削られてささくれだった
あなたが
都会の本物の星空を追う
一度だけあなたは振り返る
てめえがなにか叫ぶ うるせえよ
あなたはそれっきり
真っ直ぐに落ちる

後で、会いに行かなきゃ
てめえがぼくに言う
わかってる
ぼくたちは緩やかに
下降していく
澄み渡る冬に漂ったまま

地上では、私鉄の
始発電車が走ろうとしている
ぼくたちは
地面に降り立つ
膝から下が
脆く、柔らかくなっていて
上手く立てない
立ち込める冷気に凍え
明るみを帯びた空に
目を殴られ
呼応するみたいに
首筋が鈍く痛む
駅のホームから
微かな電子音が
漏れていた
都会に棲みついた星は
もう還らないのだろうか
あなたがいってしまったみたいに
一方通行で過ぎていくしか
ないのだろうか
てめえはらしくなく
後悔している

でもぼくたちは
電車に乗って会いに
行かなくちゃいけない
あなたの住む街へ
あなたの落ちた場所へ
もう一度飛んでいけるように
あなたがもう、
墜落してしまうことの
ないように
券売機に表示されない
隠された切符を手にして
ぼくたちは
始発電車の前に割り込んで
入ってきた電車に乗り込む

ぼくたちは
会いに行かなくちゃいけない
もう一度
そして、還ってこなくちゃ
いけない
声ではない発語がある
てめえがうわっと声を出す
背後には手のひらくらいの
ミニチュアの星が浮かんでる
何という星なんだろうと
ぼくが訊くと
Tristar、そう名乗った
三つ並んだ星を持って、
あなたに会いに行く
てめえはもう、洟啜らなくていいから
馬鹿みてえだから、やめろ
電車は線路を弾き
銀河を渡る
そんなこともあるかもしれない


ブルー

  はかいし

ブルーの絵の具で辺り一面塗りたくって、何も見えないようにしてしまえばいいと君は言う。ぼくには返す言葉がない。きっと君の目の中まですっかり青くなっていそうだから。君の目は地球のように青く、世界を包み込んでいるだろう、辺り一面がブルーになってしまったときには。対話とは何か、と君が言う。そのときまでに考えておかなくてはならない、君が沈黙し続けた分の時間が、ブルーの色彩となって辺りを埋め尽くすその理由を。ぼくには返す言葉もない。これはさっきから繰り返していることだ。どうしても君の質問の意味がわからないからね。本当のことを言うなら、君が喋っているのかどうかさえわからないんだ。君のブルーの唇はその周りのブルーに溶け込んで、白い歯がちらちらと見えているけれども。ただそれだけで、ぼくには何も聞こえない。何も聞こえない状況におかれた人間の不安について君は語るだろうか? 語るより先にこの青々とした道を渡ってみせる方がずっとたやすい。もちろん青を背景に青い体の君の姿はよく見えないけれども。これは見せ物じゃないんだ。これこそが本当の対話なんだと君はぼくを説得しようとする。けれどもぼくにはやはり返す言葉がない。答えてしまったら説得されてしまったのと同じことになってしまうからね。ブルーと言えば昔、青色本というのがあったけど、ひょっとするとこの青々とした世界観は、その本から少しだけ色を借りてきているためなのかもしれない。そう思ったところで何も変わらない。語り得ないことについては沈黙しなければならない。でもそれでもこの青さについては語りうるような気がしている。いやもう十分語ってしまったからこれ以上語れないのだという気がする。なあもう少しだけ口にしてもいいんじゃないか? そう君は言う。そうだなこの哲学的な青さの中で、君は何を語り得るだろう……。


待ち惚け

  腰越広茂



まちぼうけをしている
霊園のお墓のなかで
白白と明ける白骨のわたしは
時時
霊園の枯れた草陰から歩き出して
近くの空き地にいき
忘れ去られてペンキのはがれた木製のベンチで
しずしずとひなたぼっこをしている
来るはずのない薄墨色をした歴史の
ずっとむかしの一点に
咲いたみかんが実るのを
いまも待っているのです
しんと時の尽きるまで
いまも
あなたは
ふしめがちにほの暗くほほえむ
つみとったみかんの花を押し花にして
まちぼうけをしている
白白と明けた白骨のわたしを
のっぺりとしてじんわりとする 青空広く
おひさまがにっこり照らしているか
きらりきらりと 風は透けて
青い草は戦いでいるか
墓石はつめたく苔むして
ひんやりと息をしている
ひっそりとした風光を
記憶した初夏の
木洩れ日は影を孕み いまだ沈黙している


ある年表の一節より

  水野 英一

タンクローリーが国道を悠々と流れていた。
ほかには外灯があるだけで。
蛾や羽根虫が漂っている。
エンジンの音の響き。
船室のなかで眠ったときを思いだす。
音をかき分けるように壁のむこうでパパの声が聞こえる。
コップに浮かぶ滴。
机には飲みかけのジンジャエール。
それにカメラ。
そばにはビー玉。
そのビー玉が落ちる。
アクセルを踏む。
ハンドルを切る。
タンクローリーの横を加速する。
目のなかで、光りが白くなる。
波が足にまとわりつく。
ボールが脛にぶつかってくる。
振り返る。
パパが手を振っていた。
ボールをつかもうと、かがむ。
けど、波に引かれる。
ビー玉は床を転がる。
窓の外をパパの姿が過ぎり部屋を暗くする。
カーブになるとタンクローリーは見えなくなった。


ショッピングモール

  山人


郊外の田は収穫のあと放置され、新しくイヌビエがすでに生い茂り、晩秋の季節特有の屈強なアメリカセンダングサが雨に打たれている。
ときおり雨脚は強くなるが、大雨になることはなかった。
 雨はすべての世界を狭窄してしまうほど憂鬱だ。この雨の中、透きとおるような横顔で通り過ぎる男女の車があり、幼いやわらかな面持ちの子供たちの横顔もみえる。
 バイパスの近くの高校ではなにかのイベントがあるらしく、多くの父兄やらが傘を差し校門に入るところであった。
低山だが、鬱蒼とした連山が峰をつくり出し、少しづつ色合いを増している。それぞれの色、数々の色合いの車たちが峠を越えて街並みに吸い込まれてゆく。

二人きりで出かけることなど今までどれだけあったであろうか、そう思いながら助手席にすわり、雨の街を眺めている。
行楽の季節なのに、台風の到来で遠出は無理とあきらめ、家族連れたちは近くのショッピングモールでやり過ごそうとしているようだ。
むかし、私たちもあんなふうに子供たちの手を引き、あるいは抱きかかえて、店の中に入ったものだった。たぶん君も同じように、遠い記憶をたよりに昔の記憶に寄り添っていたのだろう。
普段あまり会話しないのだが、すこしばかりの安堵と久々の休日で、少し饒舌すぎるのではないかと思うほどしゃべってしまっていた。

広い川に架かる大橋を渡ると、新興都市らしい病院や建物が見えてくる。
巨大なショッピングモールで車を止め、君は買い物があるのだと出た。傘を差して雨の中を小走りに向かっていく。
 いつもそうして何かに向かう君がいた。
夏の、まいあがる草いきれと土ぼこりの中、甲高い声がありきたりな日常をふるわせて生活の時を刻んだ。
未来は少しずつしなだれてゆくけれど、何かを数えるでもなく、君の声はふくらんだ突起物をけたたましく刈り取ってゆく。
そのひとつひとつが、私たちの日々だった。

壮大なイマジネーションがひとつの光源となり、しだいに明確になってゆく。こまかい事柄がさらに複雑な数値をたずさえて、ひとつふたつと入道雲のようにふくらんで熱量を帯びてくる。屈折のない光と直線と空間、とり憑かれたうねりの渦に次々と人々が巻かれてゆく。はじけてころがされた鬱屈が其処此処に黙って潜んでいる。
巨大な建物の中をあらゆる空気が風となって吹き渡る。織り成す生活の地肌がにおいを放っている。

君はいくつもの買い物袋をぶらさげて帰ってきた。ひとつの行動が終わり、次へと向かう時のふと漏らす息遣い、そのようにいくらかの不満を口にし再び運転席に座る。
 雨は少し小降りになる。
私たちの後部には、買い物袋のささやきが聞こえる。
かつて、後部座席には私たちの子供たちが乗り、行くあてのない旅のことも知らず、名もない歌をうたっていた。

すでにバイパス近くの高校のイベントは終わり、郊外に入る。雨はおだやみ、帰化植物のアメリカセンダングサは季節はずれの花を持ち、君の振る舞いのように揺れていた。


ソクラテスのアイロニー 二○一四

  ハァモニィベル

ソクラテスのアイロニー 二○一四


  毎日、何十個もの隕石が地球に向かって降ってくる。1cm足らずの小さな星屑が、地球衝突以前に大気中で燃え尽き、それが恋人たちが見上げる夜空をロマンチックに駆けながら流れ星になる。
  そして数年後、結婚し、ベランダでタバコを喫いながら空を見上げ、毎日、何十個も降ってくる女房の小言が、どうかおさまるようにと、密かに願う時もやはり、星は流れるに違いないのだ、涙と共に。
  だが絶対に、いっそ楽にしてくれなどと祈らないでほしい。その小さな塊が、わずか直径100mになるだけで、十分すぎるほど願いが叶ってしまうからだ。それも驚異的な破壊力で。
  1908年6月30日 朝7時、人類史上最大の隕石衝突、ツングースカ大爆発が、中央シベリアの上空を襲った。太陽の如き火球が炸裂し強烈な火柱と真っ黒いキノコ雲が、遥か広大な森林を一瞬で焼き払った。
  もし同じ隕石が東京に飛来したなら、たかだか100mの隕石が実は、広島型原爆1000個分に匹敵することも、関東平野を全滅させてしまったニュースも聞かぬ内に、人間達は熱風によって燃えるより先に蒸発してしまう。それほど凄まじい破壊力を持つ。
  僅かな妻の一言も、DV大爆発の火柱といい、部屋一面の壊滅といい、一挙にダンナを蒸発させることといい、凄まじい破壊力が秘められている。発したのは僅かな破片にすぎずとも、飛来する衝撃波は凄まじいのだ。
  この規模の隕石は、悲しいかないつ会社をクビになるかわからないのに似て、いつ落ちてくるのかわからないという。数百年に一度らしいが、小さくて地球からは接近が見えないのだ。そして見えた時はもう遅い。
  隕石ならぬ漱石が倫敦から日本へ戻ったのは明治36年(1903年)のこと。帝大のほかに一高でも教鞭を執ったが、生徒の中にあの藤村操がいた。授業中に強く叱責した数日後、このエリート一高生は遺書『巌頭之感』を立木に刻んで、不可解にも、華厳の滝に身を投げた。動機は2つの失恋だったのかも知れなかったし、本当の所はわからない。
  しかし、皮肉なタイミングが漱石に衝撃を与える。翌月から極度にノイローゼを悪化させ、家族とは別居、離婚の危機にまで発展した。そして、後々まで後味の悪さを引き摺ったであろう。漱石は愛情の、藤村は自尊心の〈不可解〉に苦しんだ。小言とは不満な相手への形を変えた愛である。自殺とは時に生き恥を背負つづけることを拒絶するプライドである。事件の社会的な波及力も大きかった。奇妙な流行に後追い185名が投身を図り、40名が遂げている。
  小さな事柄から、巨大な波紋が引き起されるのは全く不可解である。ただ、もうちょっと待ってさえいれば、この年、ライト兄弟がはじめて空を飛んだのを知ることができたのだ。
  大昔。「嗚呼、プテラノドンのように大空を飛びたいなぁ」とステゴサウルスが嘆じることもなければ、夕陽を見て涙するトリケラトプスも居ず、雌のティラノサウルスが「海が見たいの」とわがままを言うことも皆無だった。いきなり噛み付くことはあっただろうが。
  かつての地球の王に知性はなかった。寝不足で疲れたイグアノドンが栄養ドリンクを飲んで、なんだ、これはスティック7本分の糖分で血糖値が上って元気が出た気がするだけじゃないのか、と考えたりはしなかった。だが、その分、適応能力がおそろしく発達していた。だから2億年近くもこの地上に生きたのだ。たぶんあの6千500万年前ユカタン半島を直撃した半径10kmにもなる広島型原爆の10億倍という、M(マグニチュード)13の地震と高さ1kmの津波を引き起こした史上最大の隕石が、外から降ってさえこなければ。
  一方、知性的なはずの人類は、わずか10万年で、自分たち一人ひとりを隕石にしてしまった。わずかなボタン操作で大勢を巻き添えにしてしまう危険を誰もが備えてしまったからである。
  ひと昔前であれば、馬を駆るなら一馬力、四頭立馬車でも四馬力のコントロールで済んでいた。それがいまや500人の乗客を乗せたジェット旅客機を2名で飛ばし、1500人の乗客を乗せた新幹線を1人で走らせる時代となった。ボタンの押し間違い一つで、大惨事が引き起こされる可能性が周囲にあふれている。
  有機リン系の殺虫剤マラチオンは、ダニ・ハエ・アブラムシなどの駆除に使われる。はじめて日本に入ったとき、ヘリで畑に散布されたが、地域の子供たちに平衡感覚の異常が認められたのは7年経ってからだった。マラチオンは、空気や太陽光で、マラオキソンという物質に変化して、毒性が10倍から50倍に増幅する。
  精子数を減少させる危惧もあるマラチオンだが、ポストハーベストとして収穫作物に散布され、少子化を騒ぐ日本への輸入食材の多くに含まれている。
  食のチャイナシンドロームに、「疑わしきは食さず」と、自己防衛を貫けば、コンビニの『タラコおにぎり』の海苔とタラコが食べられない。スタミナGETのうなぎからマラカイトグリーンもGET。成長ホルモンと抗生物質を乱用した異常成長のブロイラー鶏肉の唐揚。冷凍しても死滅しない大腸菌が、農薬や添加物とともに残留する冷凍食品等など。
  安ければ毒でもいいのは、買い手より売り手側の最大多数の最大幸福。微量は大きな被害にならないという言葉を、空高く積み重ねる悪魔の見えざる手。
  一枚の「紙を50回切って重ねたら」厚さはどのくらいになるか、というパズルがある。
  タテヨコ 1m 四方の紙で、厚さを0.1mmに設定してみよう。
      2回切ると、50cm四方が4枚になり、
      重ねると、0.1mm ×4 で、厚さは 0.4mm
  さらに、
      もう2回切ると、25cm四方が16枚になり、
      重ねると、0.1mm ×16 で、厚さは 1.6mm
  どうやら、
       0.1mm ×(2の[切った回数]乗)になっている。
  すると、
     0.1mm ×(2の50乗)が答え=1.13億kmの厚さとなる。

  0.1mmという極薄の紙一枚が、地球から太陽までの距離(1.5億km)に迫れてしまう。
  ただ、こんなに切れるハサミがどこにあるのかプラグマティックな疑問もあるけれど。
  日本料理がユネスコの無形文化遺産に登録された。農水省の推計では、いまや世界に5万軒の和食レストランがあるという。
  早速、ツアーに出かけよう。ロンドンのトラファルガー広場に到着し出会うのはB級中華。ピカデリー・サーカスを歩いて、靴を脱がない炬燵式のテーブル着けば、運ばれるのは激辛の親子丼。
  美食の街パリを訪ねれば、そこにはチョコのように甘い刺し身がトレビアン。バスティーユの歓楽街で供される、生臭ドス黒まぐろに舌が悶絶。
  魚介料理が得意なイタリアで口直しだと、出会ったイタリア美人おすすめの懐かしいオニギリを頬張れば、にぎられてるのは、酸っぱい酢飯。
  ふざけやがってとシェフを呼び、わけを質せば都市だけ栄え、見捨てられた田舎で餓死を横目に雑草を食い生き延びてきた、国も宗教も捨てた悲しき味覚音痴の中国人コック。ここにも食のチャイナシンドローム。無形文化遺産のふざけたパロディの繁殖がクール。
  太陽系の最高峰、火星にあるオリンポス山と山頂のカルデラ湖オリンポス湖が、ユネスコ世界遺産に登録されるのはいつだろう。片道180日、宇宙線被曝量の許容範囲1000ミリシーベルトの半分以上を超えるから、観光は片道切符になるけれど。やがて太陽にやられる地球から逃げるため、むこうで芋虫と毛虫を食べて暮らす火星移住計画は、移住者の第一次審査に日本人10名が合格したということだ。
  いま組織論では、パスゴール理論なるものが重視されているらしい。 有能なリーダーは道筋を示して途中の障害を減らしながらメンバー・集団の円滑な目標達成を促すことが要務だというのだ。
  でも大丈夫だろうか。邪なゴールしか描かない年長者と、少しは苦労した方がいいような年少者の集まりの中で、煽った罪を着せられて、またまたソクラテスが毒杯を呷ったりしては気の毒だ。
  太陽が赤色巨星となり、地球も火星も呑まれるか焼かれるかする数十億年が経つ前に、方舟に乗って皆で太陽系を出なくてはいけないというのに。今はまだクモの糸を取り合うゲームにかまけていても。


隅田川ランドスケープ

  NORANEKO

 東京スカイツリー、その、白い人工の鉄塔を睨み付けるような天工の単眼は、陽炎のように揺らぎ、瞳を黒く満たす。金環の輪郭、錯乱してふるえる、厳かな黙示が、(二羽目を弔った、)あの、半鐘の残響のように、胸のなかで鳴り響いて止まない。
 日蝕に翳る、薄曇りの空を、片目の濁った隼が旋回する。それもやがては癒えるだろう。雷門前の交差点の、まさに「交差点」といえる中心、その◇形の空間に、卵がひとつ、置かれていた。殻が罅割れ、中から、あたらしい鴇の雛鳥が生まれる。
 四方八方から沸き起こる熱気。「私が産婆だ!」という意味の、歓声。雷門前通り、雷おこしのほうからロシア人が、向かい側からは中国人が、神谷バーと、向かいの富士そばの方からはアメリカ人が、各々の言語で異口同音に言祝ぎしながら鴇の前に殺到し、輪になって囲んだ。
 三羽目の嬰児の、新しい暦を告げるひと鳴きを、聴きにきたんだ。

「東方の三博士っぽい」

 ロシア人にぶつかって肩を痛めた俺はぼやきながら、トインビーの論文が収められた文庫本を鞄にしまって、神谷バー方面へ歩き、通り過ぎ、そのまま東武線浅草駅前の横断歩道を渡る。日蝕の瞳が剥がれて、人々の足は営みに赴く。



 朱色の街灯と欄干が目に映える吾妻橋の描く、滑らかな弧に沿って歩く。灰色の正方形を縫うようにはしる白い長方形の描く敷石の模様(パターン)を靴底で叩く。遠くには、首都高速六号線があり、トラックや乗用車が走り抜け、その向こうにアサヒビールの社屋がある。その、墓石のように黒く滑らかな台形の逆立。その頂で尾をたなびかせる、黄金の人魂のような灯火のオブジェ。一体、この意匠は死への叛逆か?



 雨が降りはじめる。



 雨の中、朱に塗られた吾妻橋の欄干から身を投げる女、一人。釵の花飾りが橘で、目に焼き付いてしまう。川面には、待ち受けたかのように鉛の棺があって、女を口に入れてから蓋が閉じ、重く鍵の回る音がして、沈んでいった。
 雨は止んだ。俺は傘を閉じた。



 橋を渡り終えて、左に折れるとそこには、すみだ地蔵尊の御姿が彫り刻まれた碑がある。脇に置かれた賽銭箱に十円玉を放り込むと、鐘のような音がぼんやりと足元を、ほの白く染め上げてゆく。手を合わせる。地蔵様の背には関東大震災の犠牲者と、都内の戦没者を供養する卒塔婆が四本、立て掛けてある。



 スターバックスの「本日のコーヒー」をホットのまま啜りながら、言問橋方面へと歩いている最中、勝海舟に出くわす。石になったままの奴とにらめっこしていると、浦賀の港のさざ波と、一羽目の鴇の声が聞こえてくるようだ。実際には、隅田川のせせらぎと、カモメの鳴き声ばかりなんだが。



 例えば、俺が移動する点に過ぎないとして、軌跡とは点の連続にほかならない。
 俺が言問橋の、桜の絵が描いてあるモザイクを革靴の底でカツカツやっているあいだ、軌跡は滞るだろう。線分の突端で、点描が歪に丸く、濃さを増すだろう。だが、奴らには、そんな暇はなかった。
 俺は水色の欄干と、緑色の、まるい鱗を立てて流れる隅田川の間にある断絶を凝視し続けている。俺の視線をいま、ポイントライトのように色づけして照射したとすれば、それは、昭和20年の(俺たちの暦では1945年の、)3月10日に途切れた無数の人々の軌跡、その幾人ぶんかの消失点と重なっているだろう。(2羽目の鴇の産声が、街に響くのは、そのしばらく後のこと。)
 川の飛沫を孕んだ風が頬を撫でる。俺の頬を焼かない風が。
 

 
 言問橋を撫でる影がある。カモメが悠々と空を飛んでいるのだ。その折、老婆とすれ違う。雀色の半纏を羽織る、丸やかな背筋を伸ばして「あれ、都鳥が飛んでるねぇ」などと一人呟いている。粋な婆ちゃんだ。
 数秒が経ち、背後で沸き起こる悲鳴がある。婆ちゃんだ。駆けつけると、うずくまっている。耳元で、ハエが飛んでいる。払っても、払っても、また、耳元に。「やめてくれぇ〜! もうやめてくれよう〜!」婆ちゃんが頭を激しく振り乱して泣きわめく。目じりを皺くちゃに、顔を真っ赤にして、黄色い歯を口一杯にひん剥いて。叫ぶ。
 俺は蠅を掴み、そのまま潰した。もう片方の手で、婆ちゃんの背中をさすり、耳元で言い聞かせる。「大丈夫だよ。もう終わったよ。終わったからね」
 婆ちゃんが、両肩にしがみついた、あの感触が今も、貼り付いて消えない。


 
 駒形橋付近の観音堂でよく目撃されるそうだが、青白い顔をした三つ目の馬の面を被った男が斧を持って走っている。俺も今まさに遭遇しているが、鼻息が荒い。被り物ではないのか? 右手には、何枚もの写真。一枚が落ちて、見てみると、無人の街中で対峙する、一匹のダチョウと、三匹の柴犬が写っていた。
 青白い馬は怒っている。



「ブンメイコウサロ?」
「ええ。文明交差路なんだそうです。日本って」
「へえ」
「だから、新しい時代の思想ないし、宗教は日本から生まれるのだと、教授が」
「なんか、すごいね」
「ええ、いまいち、実感が湧かないというか」
「ちょっと、大袈裟だいね」
「そんな気はしますね。ただ、条件を満たしているのは確かですが」
「まあ、ほんとにそうなったら面白いやね」
「面白いですね……あっ、」
「青木くん、どうしたん?」
「飛んでる……夜空を、カモメが飛んでるんです。何羽も、ぐるぐる」
「俺、宮沢賢治で読んだことあるわ。銀河鉄道の夜で」
「賢治にも、カモメ?」
「うん。あれでも、輪を描いて飛んでた。」
「なんか、文学ですね」
「いいね、俺らを祝福してるみたいで」
「ええ、外灯に、白い羽毛を光らせて」
「夜も、飛ぶんだね」
「私も今日知りました」
「何mSv/h?」
「えっ」
「カモメを運ぶ夜風は何mSv/h?」
「……」
「今、どこにいるの?」
「駒形橋ですよ。センパイもよく通る、」
「青木くんの頬を撫でる風は、」
「川の飛沫を孕んで優しい、この風は、」
「何mSv/hだろうね」
「今は、やめませんか」
「そうだね……なんかごめん」
「いえ。私もよく、考えますから」
「考えちゃうよね、ふとしたときに」
「雨に濡れて歩く幸せを忘れました、最近」
「俺もだよ」
「復興、できますかね」
「東北は、だいぶ良くなってきたみたいだよ。怪しい話だけどね。」
「東北もそうなんですけど、これからの被災が」
「ああ、そっちの」
「東北が、日本になる」
「あと、何十年後だろうね」
「僕らの骨に、」
「魚たちの内臓に、」
「時限性の花が、」
「復興、できるかね」
「備えるしか、ないですね」
「お金、たくさん貯蓄しないと」
「賠償、ふっかけられるよね」
「購うのは、僕らですからね」
「悔しいやいね」
「悔しいですね」
「でも、文明交差路」
「ええ、ここは文明交差路」
「新しい暦と叡智が、」
「夜を朝に運ぶ風が、」
「吹くね、きっと」
「信じましょう、吹くのを」
「青木君、スカイツリーはどうだい?」
「優しく輝いてますよ。内側は水色で、白い光の繭に包まれて」
「いいねぇ」
「あの辺では、みんな見上げてますよ。老いも若きも」
「みんなの祈りだね」
「ええ、地上から、空へ」
「突き上げて、空には?」
「月が、大きな月が」
「きっと、黄色いんだろうね」
「ええ、ふっくら大きな月が、お饅頭みたいに優しい」
「祝福だね」
「どうでしょうね」
「えっ」
「樹は土の養分を吸い上げて伸びますよね。同じことですよ」
「よくわかんないけど」
「真下の通りに構えてる店、どこも暇そうですよ」
「そういうことね」
「でも」
「そうだね」
「名づけられない暦の鴇が」
「生まれたんだね、三羽目が」
「ええ、僕らの鴇が」
「天上の黙示と」
「地上の祈りが」
「拮抗してるね、この交差点で」
「歩く場所を決めないといけませんね、私も」
「僕も、」
「じゃあ、そろそろ切りますね」
「また、いろいろ話そうね」
「ええ。では、また」
「はい、じゃあね」


ザギミ

  泥棒

ザギミの花が咲いている
青い血管住宅の前、
傘の下、
雨の横、
点滴している

目の前のコンビニが潰れて詩ができた
二階建て
ありふれた二階建ての詩ができた
一階はクリーニング屋
ガラス張りのクリーニング屋
二階は病院
入ってはいけない病院
目の前にある詩が理解できない
病院には
入口さえ見あたらない

クリーニング屋のお姉さんに
来週ザギミの花を届けよう
何か知っているかもしれない

文学極道

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