祖国を懐かしむ時、
新しい家族を迎える時、
敗れた夢を庇われた時、
傷を抱き竦められた時、
ふれ合う故郷の話に花が咲く
桟敷の二つの椅子に
かの慈しみに何を返せばいいのだろうか、
ふと花束より、
目を
逸らす
同朋より
乖離せざるを得なかった時、
繁栄を極めた彼等が零落してゆく時、
憎しみを許されなかった者達の
逃避行のゆきつく涯を思う時、
先ず私が思い出すのは
故郷を流れる川であり
蒲公英を揺らす
今は無き
旧る風の歌声の流離である、
未だ幼い頃、
泥のなかから、知らぬ隣人に声をつぐんで、
いかがわしげに眺めていた事を、
思い出す
何の理由も意趣も無い
記憶の端切である、
かの頃は
日暮迄
野をゆき、草を摘み、夕餉の待つ家へ
後ろ髪を引かれ乍ら、
帰途へつくのを日々惜しんでいた
いつからか
家族が一人減り、
二人減り、
そして家も人手に渡り
土地とも縁無く為って後に、
かつての親友たちの訃報を聞いた、
不思議にも悔しくも思えず
何の感情をも想起されなかった、
ただ、
凡ての物事は、
留まることなく
押し流されて返らないのだと
現に思う私も
いつか、その時を待っているのだろう、
人間達の黄昏に行き遭いつつ、
_
花を、
或は希望を、
もう一日を、
誰もが口遊める、祖国を
季節を湧き返った、歓声に
流れ止まず、離れては近づける、
花筏の火事を
既に誰でもなくなった、われらに、
春の琴瑟、
蒼褪め
花壁に揃えられ、
三等航海士は錨に搦められ殉せり、
その印章を辿る、細やかな、針の、
死者の喉が、通る、束の間の、
記憶の中の家並よ
何も、憶えてはいないのだった
でも確かに、憶えていたのだった
言葉を、希望を、
脆く、最期にも、憶えていられるもの、祖国、
それは決して国家ではなく
春の脈拍を打つ
流れる懐中の 古き名残、錫の花鉢に降る木洩れ日の、窓よ
永続に
忘失をされた、
異邦 の、
貴き青き罌粟の寓意に
選出作品
作品 - 20201031_181_12185p
- [優] 祖国 - 鷹枕可 (2020-10)
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祖国
鷹枕可